参:放棄領域「アバンドン・エリア」・Ⅲ
彼女の発言に、クロエの表情も曇る。
「やっぱりそこだよね。それにしても、
そして、気まずげな口調で名前を呼ぶ。
「何ですか? 声が引き気味ですが、どうかしましたか?」
応えたゼラは平静を装ってはいたが、言葉の端には、やはり僅かな怒りが滲んでいた。
「珍しいね。ゼラがはっきりと感情を出すなんて。どうしたのさ?」
「……すみません。少々思うところが有りまして」
ゼラは、クロエの指摘に仮想キーボードを操作する手を止め、一つ、大きく息を吐く。
「少しだけ、話に付き合って貰えますか? クロエ」
「うん? 良いけど、何の話?」
「……クロエは、私達のようなモデルの
そして、そう前置きを口にしたうえで、彼女は話を始めた。
モビルフレームと言う汎用兵器が生み出された当初。研究者たちは、このパイロットとして、当時普及していた通常の量産型クローンを使用していた。企業から、汎用兵器として市場に流通させることが望まれていたからだ。
しかし、初期型のMFに搭載されていたシステムは、情報の処理や、操縦機構が煩雑であり、パイロットとなったクローン兵士に深刻な負荷を与えてしまい、短期間のうちに、全てのクローン兵士が再生処置ないし廃棄処分の烙印を押されることになってしまった。
その後、研究者たちは研究を重ね、二つの方向性に辿り着く。
一つは、MFのシステムに合わせた性能強化型クローンを製造すると言う理論で、これが後に、
そしてもう一つが、MFを無人化し、一個の自立兵器として完成させると言う理論で、これが、先の
しかしその裏で、もう一つの理論に基づく別の計画が進行していた。
「その裏の計画で造り出されたのが、あの『
「それが、私達のような
「はい。コードネームを『
そう説明を重ねるゼラの口調は、抑え込んでいる怒りのせいか、徐々に感情の起伏が消え、平坦なものと化していく。
「なんだろう。やってる事は今と変わんないのに、ひどく非人道的な行いのように聞こえる。あれかな。機械のごとく、事務的に殺しを振り撒くのが気持ち悪いって感じかな」
一方のクロエは皮肉めいた言い方を選び、その口調は、何処か冗談めかしたものとなっていた。
「そうですね。都合が良すぎる理屈を口にしている自覚はあります」
ゼラも、その言葉には頷いたが。
「それはまあ、ともかくとして。どうしてゼラが怒ってるのさ。私達には、厳密には関係無いと思うんだけど」
しかし、この言葉の直後。
「無関係ではありません。ヴラスティ―テルの能力は、クロエと私に分割して付与された能力を統合したものです。つまり彼女を弄ぶ行為はクロエを、いえ、私達二人を弄んだに等しい」
彼女は、口調だけはそのままに、纏う空気だけを一変させた。
「私にはそれが、何より許し難いだけです」
その纏った空気は、例えるなら、自分の誇りがひどく傷つけられた時のような、或いは自分の親友ないし恋人を貶められた時のような、心根からの怒りだった。
「あー……えっと。うん、取り敢えず理由は分かった。それで、具体的にどうしようか? 正面から挑むのは自殺行為でしょう?」
クロエは、そのゼラの直接的で、秘めた感情を雄弁に物語った言葉に頬を掻きながらも、後の事についての話題に切り替えていく。
「はい。ですので、向こうに捕捉される前に、或いは捕捉されても良いように、データ取りをしたら直ぐに離れましょう」
「このエリアの調査の件はどうするの?」
「問題ありません。恐らく“総帥”の目的は、あの機体の生死の確認です。知っていますか?
「秘匿コード?」
「はい。
「ちょっと、それって……」
「表沙汰になっていない情報からの、ただの憶測です。さあ、始めましょう。操縦は任せます。データ取りは私が」
「……はいはい」
会話はそこで打ち切られ、クロエは機体本体を、ゼラはその他機材の操作に没入していく。
はずだった。
「「ッ!?」」
それは突然に起こった。
一瞬、機体の電子表示にノイズが走ったかと思うと、次には戦域図に表示されている紫の光点が赤、つまり優先的に殲滅すべき敵対勢力を表すものに変わり、それと同時にコクピット内には、ロックオン警報のビープ音がけたたましく響き始めた。
「いったい、何が起こって?」
「分かりません。ただ、戦域図の表示から、あちら側が、私達を敵と認識したことは確かです」
「でも何故、こっちの位置まで把握して……」
混乱こそしていたものの、クロエは手足を動かして次の行動に移っていた。
「ともかく。急ぎ離れましょう。遠距離ロックオンの次は……」
「遠距離砲撃、ってね。初期型の、それも秘匿されるようなMFに搭載されている砲撃兵器。十中八九、ロクな物じゃあないわよね?」
「ええ。あっ、警告! 敵MF
「
四脚走行から低空飛行状態に移り、高速で後方に飛んでいく景色を見ながら、クロエが叫ぶ。
「まさか大量破壊兵器を、こうもあっさりと使ってくるとは……」
ゼラもまた慌てたように、仮想キーボードをいつも以上の速度で打ちながら、発射された弾頭が及ぼす予測加害範囲を計算していく。
「予測加害範囲、半径5キロメートル。このまま加速を続ければ回避できます」
「了解! それ聞いて安心した。でも、二発目が来る前に急いだ方が良いね」
戦域図に、ゼラの手によって表示された被害予測円を横目にしながら、クロエが通信回線を開く。投影された画面の右側には、通信相手の顔を表示するための新たなウィンドウが現れ、固定される。
するとすぐに、そこに輸送車両のドライバー担当の少年兵が映った。
『こちらドライバーです。クロエ様、どうかしましたか?』
「良い? 一度しか言わないから、よく聞いて。不測の事態が発生した。直ぐに緩衝境界線の外へ出て! 合流地点を、緊急退避ポイントに再設定!」
『了解しました。緊急事態発生につき、合流予定地点を緊急退避ポイントに再設定します。非常時につき復唱は致しません。どうか御無事で』
「そっちもね。通信終わり!」
表示が消え、コクピット内にはけたたましいビープ音だけが残った。
「ゼラ。弾着までは?」
「あと十秒です。なお、影響範囲内からは離脱していますから、こちらが被害を受けることはありません」
「それは何より! なら、あの禁止兵器の威力を、安全圏から拝むことが出来るってワケね。あまり見たくないけど」
「同感です。ですが、情報収集の観点から、見ておく必要があると判断します」
言葉に合わせ、二人の眼に投影された視界が、後方を振り向くように動く。同時にカメラが起動し、その瞬間を捉えようと着弾予想地点へと向けられる。
そして。
「弾着まで、五……四……三……二……弾着……今!」
一瞬、何かが光ったかと思うと、その光を中心に周辺空間が歪曲。先程までクロエ達が居た場所を含めた丘陵地帯の森が、その空間歪曲の瞬間に圧し潰されて破砕され、炎も無く黒焦げに焼かれ、巨大なクレーターへと姿を変えてしまった。
「はは、冗談……でしょ? あんなもの、
「……地形ごと、敵対勢力は全滅できますね。その後は、流石の国際戦争管理機関も、早期再生が不可能になると思いますが」
その光景に、二人ともが戦慄した声を上げ、そして歯噛みした。
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