壱:放棄領域「アバンドン・エリア」・Ⅰ

 政治体不干渉地域と呼ばれている場所は、国連の専門部署が公表している情報では、複数存在していることが分かっている。

 中立勢力による研究開発機関が存在する「シルバーグラス・バレー」や、今クロエ達が走行している、放棄された領域である「アバンドン・エリア」を始め、それぞれに特定の政治体による干渉を避けるべき事情を抱えており、複雑怪奇な存在として君臨していた。

 なお、それが公認戦闘地域内に存在する場合は、国際戦争管理機関が監視することになっているため、進入には同機関の許可が必要になる。


「こうして見ている限りは、穏やかで良い場所なんだけどなぁ」

 窓の外を見ながら、クロエがぼそりと呟く。

「戦場は、どこも一見は穏やかに見えます。特に私達が最初に着く場所は、いつも」

 その隣では、ゼラが静かにノートパソコンを弄っており、目まぐるしく変化する画面の情報を的確に捌いていく。

「まあ、私らは狙撃戦がメインだから、だいたい前線からは離れてるからね」

 その様子を横目で見ながら、クロエは応える。ついでに笑みを浮かべながら。

「そろそろ丘陵地帯を抜けます。クロエ様、ゼラ様。お二人はMFに搭乗してください。運転は僕が完遂しますので」

 すると、運転席に座っている軍服の少年が、そんなクロエとゼラに声を掛けた。


 彼もまた、クロエやゼラと同じく人工的に作られた兵士である。外見が少年のそれなのは、そう言う需要に応えるためのものだ。

 ちなみに、こういった注文の元に作られる兵士一人一人の製造コストは、クロエやゼラのように“高い性能”を要求されて作られたものと比較すると安価とされるが、今、輸送車両を運転している彼のように、用途に合わせて技能を付与ないし強化した人造兵士は、通常のものよりかは値が張ると言うのが常識である。


 車が揺れ、道の向こう側。丘の頂上部分に差し掛かった直後。

「行ってください。境界を越えますから」

 その台詞と共に、新たな景色が開けた。

「これは……」

「おやおや、まあまあ。これはまた見事に……」

 その瞬間に、MFモビルフレームに繋がるタラップの途中で二人が見たのは、それまでの原風景とでも言うべき自然の風景の延長ではなく。


 黒く焦げた、或いは大きく抉れた、或いは大きく損壊した、荒涼とした大地だった。


 二人は、開けた景色の感想を呑み込みつつ、MFのコクピットブロックに乗り込む。

 シートに着いた二人の前に浮かび上がった仮想キーボードに対し、自分自身の情報と、最初に担う役割が操縦担当なのか、情報処理担当なのかを入力する。

 それが終わると、座席に付属している頭部用の情報伝達装置が迫り出し、二人の頭に装着された。それが完了すると、装置を通じて二人の視界に外の映像や計器が投影された。

「運動器官の接続を開始。手足の制御を確認しましょう」

「了解ー。接続開始っと!」

 ゼラの言葉に合わせ、クロエも、座席横と下に出現した装置に手足を入れた。そして、安定した位置にまで手足が入ると同時に、手首と足首にセンサーを兼ねた固定具が接続される。

 それが完了すると、投影された視界の計器に手足の接続状態が表示された。

「本体との動作リンクを開始。クロエ、腕を動かしてください」

「はーい」

 言われるままにクロエが腕を動かすと、MFの腕がほぼ間を空けること無く動作する。

「次に、脚部の関節が正常に動くか、膝を曲げてください」

「ほーい」

 同じく、膝を曲げて屈伸運動のように動かすと、MFの本体も少しだけ上下に浮き沈みを行った。

「問題なし。動作リンク、正常に機能していますね。私の方も正常に処理されています」

「まあ、ここまで来て、もしも動かなかったらヤバいけどね」

 そう言ってクロエは笑い。

「そうですね」

 ゼラは全く表情を変えることはなかった。

 すると。

『割り込みます。ドライバーです』

 二人の視界映像に、運転手役の軍服少年の顔が映る。

『今、“索敵担当の”僕が、遠く離れた場所に不審なMFの反応を捕捉しました』

「MF? それは友好的な相手ー……じゃあ、ないわよね。当然」

『はい。現状、この場所に進入しているフレームライダーはお二人だけですので、確実に敵性体であると認識します』

「それで、反応の数は?」

 ゼラが、MFの出撃準備を進めながら、冷静に続きを促す。

『はい。反応は五機分出ています。大きな反応が一機。それより小さな反応が四機です』

「ご、五機のMFだってぇ……? あのタヌキ親父、またとんでもない場所に来させたもんだね」

 少年のその報告に、クロエが苦笑する。

「ええ。非常に不味い情報ですね。装備している武装にもよりますが、仮に正面からぶつかれば、まず勝ち目はないでしょう」

 対するゼラは、何処までも平静に見解を述べた。

「ゼラは冷静だなぁ。本当に頼りになるよ、まったく」

「ええ。クロエは、こう言った不利な状況でも絶対に切り抜けられると、信じていますから」

「う……。そう言うのは無しにして。照れるし」

 ゼラの真っ直ぐな物言いに、クロエが頬を紅潮させた。

「そうですか? では今度からは、もっと親愛を込めた調子で口にするとしましょう」

「なにそれ、私を本気で照れ殺すつもり!?」

「……さて? それよりも、もうすぐ出撃です。準備は良いですか?」

 顔を真っ赤にして体をもじもじさせているクロエをよそに、ゼラは、装置で隠れている顔に、してやったりと言う表情を浮かべながら、出撃準備を促す。


 そう言っている間にも輸送車両は停車の準備を始め、その時が来ることを、揺れとして二人に伝えるのだった。

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