弐:紅顔の王と無貌(むぼう)の兵・Ⅱ

 某月某日、午後一時四十分。

 政治体干渉不可地域シルバーグラス・バレーの演習場にて、プリンテッサとスルーガの操作するMFモビルフレーム一機と、それに従うように随伴する八機の四脚型MLメタルレイバーを用いた実験が行われていた。

『では、本日最後のテストを行います。プリンテッサとスルーガ、お二人のMFを“将軍”として登録し、“兵”である無人制御型MLを指揮しながら課題をクリアして頂きます』

「了解。MLコロニアの制御を、私、プリンテッサが受け持ちます」

「はーい。体も温まってるし、何でもドーンと来いってんだ」

 頭部に装着している装置から流れる研究員の声に頷きつつ、コクピットの二人は、それぞれが専門として受け持っている領分の作業を進行していく。

「MF本体の推進機能、チェック開始ー」

 スルーガが手足を動かす度に、MF本体の各部に装備されている推進装置や動作の補助装置が連動。さながら準備運動でもしているかのように動作する。

「MLコロニア、全八機の動作を掌握。試験運転を開始……」

 一方、プリンテッサが手足を動かすと、随伴しているML八機が次々と連動した動きを見せ、彼女の指示に従った複数の陣形の展開を開始する。そして最後には、元の配置に戻っていった。

『“将軍”と“兵”の間の動作連動を確認。十五秒後、補助管制を解除。それ以後の管制はローカルで行ってください。課題は既に転送済みですので、確認するように』

 直後に、再び研究者からの声が入った。

「プリンテッサ、了解」

「スルーガ、了解ー。後は好きにやるよ?」

『羽目は外し過ぎないように、お願いしますね。以上』

 そして、二人の回答への反応と同時に走った僅かなノイズと共に、通信は切断された。

「……さぁて、と。始めるけど、準備は良いよね? プリンテッサ」

 通信ノイズが完全に消えたことを確かめるように、手元にある装置を動かしていたスルーガが振り向く。

「ええ。それにしてもコロニア、か」

 見ると、プリンテッサは頭を動かし、すぐ横の映像に目を向けている。

「ん?」

 スルーガも、網膜に投影されている映像の一部をプリンテッサの視界に追従させる。そこにはMLコロニアがはっきりと見えていた。

「あれが、どうかした?」

「どうというよりも。なぜ、と言うところかしら。あの研究者達、正気とは思えない」

 装置の隙間から唯一見えているプリンテッサの口元が、微かに歪んでいる。

「それは、どういう意味で? MLの無人化は、倫理的には喜ぶべき事象だと思うけど?」

 その様子を見ているスルーガもまた、口元を苦笑気味に歪ませた。

「スルーガも分かっているでしょう? MLを無人化するという事は、MFも何れそうするつもりがあるという証拠だわ。そうなったら……」

「今取引されている商品『下級兵士』『現場指揮官の上級兵士』を始め、私ら『フレームライダー』すらも無用の長物となる」

 言葉の最後を、スルーガが引き継ぐ。

「そう。企業からの反発は必至。倫理的にも『造った命を物のように廃棄する』ことの是非が問われかねない」

 話しながらも、二人が行うべき作業は次々と滞りなく進行していく。

「ま、フツーに考えて。正気とは思えないわね。後でドクターに聞いてみる? 今はこっちを終わらせないと、怪しまれるから」

「そうね。ごめんなさい、スルーガ。集中するわ」

「へへっ。気にしない、気にしない。それじゃあ、まあ……」

 そう言うとスルーガは、少し離れた場所に見え始めた、空挺降下している無人MLの集団と輸送機の姿を見据える。

「やりますかっ!」

 そして、手と足を接続している装置に推進力の上昇を入力するのだった。


 今回の戦闘もまた、異様な光景だった。

 プリンテッサとスルーガ以外のヒトの声が一切交差しない戦場で、通常の戦闘と遜色ない機動を見せるMLコロニア達。

 遠距離用の射撃武器や砲撃武器を装備しているコロニアは、すぐに砲撃陣地を形成。一定距離を越えて接近してくる者が無いかと目を光らせ、近距離用の武器を装備しているコロニアは、プリンテッサとスルーガの護衛を行うように展開して戦闘に参加した。

 降下してきた無人ML達もまた、基本に則った陣地の形成を行い、積極的な行動を開始したが、無人制御ゆえか、プリンテッサが管制しているMLコロニア程の柔軟な動きは出来ず、交戦開始からすぐに劣勢に追い込まれ、そのまま圧倒されてしまった。


「今のコロニアの砲撃で、六機目を撃破っと。やっぱ有人制御のような柔軟性は発揮できないかぁ。疲れ知らず、恐れ知らずな点は脅威だけども」

 望遠用センサーの映像を見ながら、スルーガは呟く。一方、プリンテッサは訝し気に首を傾げた。

「そうね。でも、最後のMLが見せた動き。昨日のスルーガの動きを真似している?」

「え? ホント?」

 その発言を聞き、スルーガは慌ててMFに保存されている映像記録を呼び出した。

 網膜に投影されている視界に、戦闘中の、MLコロニア砲撃仕様機によって録画された敵MLの動きが再生される。

「……あ、本当だ。クラックを跳び越えて進む動きとか、私の機動そっくり。モニターしてたとは言え、よく気が付いたね?」

「……私は、その。私はこれでも貴方のパートナーなんだから。分かるの」

 驚きの声を上げたスルーガに向けて、少しだけ恥ずかしそうな気配を漂わせたプリンテッサの声が届く。

「……ふふ、そっか。ふふふ」

 嬉しそうに笑みを浮かべて、終いには声に出して笑うスルーガ。

「笑わない。もう言わない……」

 それに何処か拗ねたような反応を見せるプリンテッサ。

「えー」

「……ほら、帰還準備。急いで。そろそろ研究者たちが通信して来るから」

「仰せのままに、我が皇女様プリンテッサ

 そう言うと、互いにクスクスと笑ってから、スルーガはMF本体の制御に、プリンテッサはMLコロニアの管制に、それぞれ集中し始めるのだった。


 その一方。戦闘の様子を監督していた研究所の一室。

「状況終了ですね、ドクター。無人制御のML達も、見事にスルーガの機動を模倣していました。これでまた、無貌むぼうの兵計画が大きく前進しますよ」

 副主任を示すバッジを身に着けた女性研究員が、ドクターの方へと視線を送る。彼は、その老いてもなお活気を燃え滾らせている瞳を、目の前のモニターに向けている。

「そうだな。だがまだ終わりではない。油断なく研究開発を継続するように、部署全体に伝えておきなさい」

 そして、一分ほどそれらを観察した後で指示を出し、研究室を出ていくのだった。


 一人、廊下を歩き、今度はMF及びMLの格納施設へと向かう。

 格納庫側に設けられた窓からは、先程プリンテッサとスルーガが搭乗していたMFと、MLコロニアが数機ほど駐機されている様子が見えた。

「……“騎兵の王”に騎乗する、皇女プリンテッサ侍女スルーガか。うん?」

 ドクターがそれを見ていると、廊下の奥から何者かが接近して来る気配が、彼に伝わる。顔を向けると、そこには若い女性が二人。

「お疲れドクター。ちょっと話、良い?」

「唐突に申し訳ありません。少々、大事なお話でして」

 パイロット用スーツを身に着けたままのプリンテッサとスルーガが立っていた。

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