研究記録:モビルフレーム「騎兵の王」の開発
壱:紅顔の王と無貌(むぼう)の兵・Ⅰ
それは、某月某日、午前十時三十分のこと。
国際公認戦闘区域の端にあって、あらゆる政治体の干渉を受け付けない地域があった。
その表層を灰色のガラス質結晶体に覆われていることから、通称『シルバーグラス・バレー』と呼ばれている大峡谷が、それである。
その大峡谷を、一機の二脚型
『……の追従性能、規定値を上回っています。これまでで、最高の統率力を発揮しています。“王”は、このまま実験を継続してください』
『敵として、疑似戦闘部隊のMLを配置。“王”は“兵”と共にこれを撃滅し、その後、格納区画へと帰還してください』
毅然と進むMFのコクピット内部に、男女複数人の入り混じった声が響く。
それを聞いているのは、全身を強化装甲装着型ラバースーツに包んだ二人の若い女性。年の頃は十代後半。
片方は特に感慨も無さそうな無表情で。もう片方は、鼻歌を歌いながら愉快そうに、装置に接続された手足を動かしている。
「ねえ、プリンテッサ。終わったあと、ご飯食べにいこっか」
その愉快そうな表現を見せている女性が、自分の後方で機器の制御担当している物静かな女性に向けて声を掛ける。
「そうね……。静かな場所での落ち着いた食事なら、歓迎するわ。それよりも、スルーガは機体運動の挙動制御を宜しく。MLは私が」
その物静かな女性プリンテッサは、作業の手を全く緩めることなく応じて、ついでに、愉快そうな女性スルーガに釘を刺した。
「あーらら、ラーメン屋さんは嫌い?」
向けられた反応に、スルーガは苦笑を浮かべる。
「いいえ。ラーメンと言う麺料理はとても美味しかった。ただ、あそこまで騒々しいのが好きじゃないだけ」
「ふぅん? まあ、いいや。なら今度は、人民連合の別の料理屋さんにする? コース料理もあるし、落ち着いて食事ができると思うけど」
雑談はしているが、スルーガは目の前に投影されている視覚映像に対応して、頻りにMFの走り方を変えている。
岩場や、峡谷に多数存在する裂け目を軽快に越えていく様子からは、中のパイロットが戦闘とは関係ない雑談に興じているなど想像もつかないだろう。
「そう。なら、楽しみにしているわ。それよりもルートと攻撃行動の修正案、送ったんだけど?」
「はーいはい……って。このルート案、かなり無茶してない? 確かにこれなら最短距離で敵機を全滅できるけど、私はともかく、そっちには相当キツイと思うんだけど」
電子情報に目を通したスルーガが、少しだけ心配そうに意見を述べる。
すると、プリンテッサは数秒ほど沈黙したあと。
「信じてるから。スルーガを」
そう言って、優しく笑ってみせた。
「あー……うー……。そう来ますかぁ。はいはい。仰せの通りに、
スルーガは、それ以上の反論を行うことはせず、体温のわずかに上昇した顔を隠すが如く、操縦に集中し始めるのだった。
その後に行われたプリンテッサとスルーガコンビの戦闘は、実に奇妙な経過を辿りながらの展開を見せた。
否、起こっている事象そのものは、何の変哲もないただの部隊単位での交戦だった。
それぞれが己の装備している武装を適切に、或いは都合よく拡大解釈して運用しながら、敵性部隊を粉砕していくという流れだったが、その戦闘の最中に交わされていたヒトの声は、プリンテッサとスルーガの二人を除けば、二人を監督している支援員や責任者の物だけだった。
全ての工程が終了した後の事。
プリンテッサとスルーガの二人が帰還した施設の一室で、何人もの白衣姿の男女が、二人のもたらした戦闘データを嬉しそうに見ていた。
「これにて状況終了。“王”と“兵”の機体、並びに「騎兵の王」は無事に収容されました。ドクター、実験成功ですね」
その内の一人が集団を離れ、集団の外側から様子を見ていた初老の男性に声を掛ける。
「ああ、そうだな。これで次の段階に進める。喜ぶべき話だ」
ドクターと呼ばれた初老の男性は、口元だけで笑う。
「人の介在しないMLを操り、犠牲を最小限にする計画。これでまた一歩前進ですね。ワクワクしますよ。本当に「命の失われない戦争」が実現するのかと思うと!」
嬉しそうに語る研究者の様子に、ドクターは静かな微笑を浮かべて見せた。
「そうだな。無為に命は失われず、資源のみで全てが事足りる。商業化を果した戦争の革命と言えるだろう。では、私は本部に報告してくるとしよう。後は任せたよ」
そう言いながら、ドクターは集団に背を向けて独り、部屋を後にした。
「……」
廊下を歩き、乾いた足音と共に幾つもの扉を通過。そして、その奥。大仰なセキュリティに守られた一つの扉の前で、彼は足を止めた。
「無人化による、人命と言う希少資源の節約と言う答えを得て、商業化された戦争は革命され、完全に娯楽と化したゲームとなる……。それで良いのかね? 総帥」
そして、そのような呟きをセキュリティ解除の音に溶かしながら、彼は、開いた扉の向こう側へと姿を消すのだった。
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