参:紅顔の王と無貌(むぼう)の兵・Ⅲ

「実験終了直後の状態で大事な話とは、何やら穏やかではないね」

 二人からの突然の申し出にも、ドクターは特に顔色を変えることも無く受け入れる。むしろ、その彫りの深い顔に微笑すら浮かべていた。

「あー、うん。ほら、アレ絡みの話だからさ」

 そう言って、スルーガは横の窓に視線を滑らせた。そこに映るのは、先ほど彼女が乗っていたMFが一機。

「アレ……。『騎兵の王エル・キャヴァリア』の話かね」

「そう言う事だからさ。場所。人気のない場所に変えない?」

「良かろう。プリンテッサも、それで良いかね?」

「もちろんです。ドクター以外の研究者には聞かせられませんから」

「ほう? それはまた……。では、私の書斎に行こうか。ついてきなさい」

 二人の向ける眼差しを軽く受け止めながら、ドクターは二人の横を通過していく。その足取りは軽快で、年齢の高さを全く感じさせないものだった。

「個人の書斎、この研究所にそんなものが?」

 その背を見ながら、プリンテッサは首を傾げる。

「まあドクターだしねぇ。国の研究所だろうが何だろうが、ひっそりと私室を作ってても不思議じゃないね」

 一方のスルーガは、その背に苦笑を向けながら、その背に続こうと歩き始める。そうして、未だ作業の音が聞こえる廊下から、三人の姿は何処かへと消えた。


 数分後。三人の姿は、資料保存室の最奥にある、流失厳禁の資料を収める保管庫の扉の前にあった。

「ここ、ですか?」

「ああ。ここには私か、私が許可を出した者しか入れないからね。ちょうど良いのさ」

 そう言うとドクターは、白衣のポケットからカードキーと普通の鍵とを取り出し、それぞれを使うべき鍵穴へと向けていく。

 まずはカードキーを通す。すると、扉の表面を滑るように幾何学模様の光の線が広がり、何やら大規模な、施錠が解除される音が四回聞こえた。

 次に普通の鍵を通す。こちらは一般的な鍵とそう変わらず、回した瞬間にガチャリという音が一回聞こえただけだった。

「さあ、開いたぞ」

 ドアノブに手を掛けたドクターが、扉を開く。

 見ると、気密調整用の空間の奥に、幾つもの本棚やガラスケースが並んでおり、それぞれにナンバーだけが振られた札が付けられていた。

「行くとしようか。目的地はこの部屋の、更に奥だからね」

 そう言い、ドクターはさっさと中へと足を踏み入れていく。同時に内部の照明が点灯し、ドクターの歩く道を照らし出した。

 そして、プリンテッサとスルーガが後に続いて入ると、もう必要ないだろうとばかりに扉が閉じた。次いで四つの大きな施錠音と、小さな施錠音が一つ響き、彼女達に奥に進むよう促した。

「何だかワクワクするね。冒険気分だよ」

「そうね。秘境に来た感覚があるわ。実際に行ったことはないけれど」

 思い思いの感想を口にしつつ、二人はドクターの背に続く。

 照明に導かれるように奥へ進むと、もう一つの扉の前へと辿り着いた。そこにもカードキーと通常の鍵による二重のセキュリティが掛けられており、扉の向こう側を隠しておきたいという堅い意志を感じさせた。

「厳重ですね」

 プリンテッサの素直な感想。

「当然だろう。この場所は、外に出したくない研究資料の保管場所としての役割のほか、私が、誰からも邪魔されずに休むため、ようやく得た秘密基地でもあるからね」

 そのドクターの言葉と共に解除される、二重のセキュリティ。扉が開くと、やはり機密調整用の空間が造られていた。

「趣味と実益を兼ねた措置ってわけね。ドクターらしいわ」

 その徹底した構造に、スルーガは呆れたような苦笑を浮かべる。

「ははは。さあ、入りたまえ。お茶を用意しよう」

 呆れられた反応を気にすることも無く、ドクターは二人を伴って部屋の中へと入るのだった。


 そして。

「飲み物は行き渡ったかね?」

 研究室の一角に設けられたテラスのような空間で、三人は一つのテーブルを囲むように座っていた。目の前には、ドクターの淹れた紅茶の注がれたカップが置かれている。

「では、話を始めるとしよう。アレについて、言いたい事とは何かね?」

「あー……。まあ、そんなに難しい話でもないんだけど」

 話の開始を促され、その話を持ち出したスルーガは軽く頭を掻いた。そしてチラリとプリンテッサに視線を送り、相互に頷いた。

「ねえドクター。今のこの無人MLの制御実験。実験の終着点と言うか、最終目的は何? 正直なところ、現行の社会倫理からは外れてる気がするんだけど」

「そうかね? 人道的にも倫理的にも、商品兵器の無人化は喜ばしい事だと認識されているが? 資金提供者も、研究者たちも、この実験に大喜びだ」

 懐疑的な苦笑を浮かべるスルーガに対し、口元に微笑みを湛えるドクター。

 すると。

「でも、ドクターはこの実験を喜んでいない」

 表情を引き締め、半ば確信めいた口調でドクターの言葉へとスルーガは切り込んでいく。

「ははは。私は研究所の長兼研究主任だ。何故、そう思うのかね?」

 特に動じた様子も無いドクターの表情と口調。

「何故も何も、ねぇ?」

「ええ。昔に私達に聞かせて下さった話でもそうですが。先程の“認識されている”などと言った表現をされる時のドクターは、否定的な立場に立っておられる時ですから」

「忘れたの? ドクターと私らって、もう何年も一緒に生活してるんだから。それくらいわかるよ」

 二人は、やはり何処か呆れた、しかし、それを表に出しても大丈夫と信頼しているような、さながら身内に向けて話している雰囲気を漂わせている。

「なるほど。いや参ったね。流石に身内は誤魔化せんか」

 その反応を見たドクターは、観念したように頭を掻くと、今度は顔全体に苦笑を浮かべて立ち上がった。そのまま壁に映る外の映像の前へと移動する。

「その通り。確かに私は、この実験には否定的だ。だが同時に、『騎兵の王エル・キャヴァリア』の性能を完成させる好機とも考えている」

「完成? 今の状態でも、相当に高性能の機体に仕上がっていますし、無人MLの円滑な管制は行えていますが」

「ああ。だがそれを証明する機会が必要なのだ。今の実験の最終目的は、有人制御のMFに率いられた無人MLと戦闘した際に、無人制御機体のみで編成した部隊でこれに拮抗すること。つまり無人機が、有人制御機と遜色ないものであると証明することが目的だ」

「まあ、そうよねぇ。そうじゃないと見向きもされないでしょうし。んで、それとこれとが、どう関係してるの?」

「単純なことさ。そう。とても単純な……」

 そう言うと、ドクターは首を傾げている二人に向けて向き直る。

「本当は、もう少し実験が進んだ後で明かすつもりだったが、ちょうど良い。今、話してしまおう」

 そして、そう前置きをしたうえで。

「この実験の最後。無人制御機との実証実験の際に、この無人制御機に干渉し、支配下における機能を『騎兵の王エル・キャヴァリア』に搭載する。二人には、これを使いこなしてもらいたい」

 彼は力強く、そう言った。

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