弐:護る者として・Ⅱ

「……まー、そう陰謀論風なシリアスをキメて言ったけどもー」

「ん?」

 また唐突に、引き締まっていた空気を弛緩させた彼女の言動に、イディウムが小首を傾げる。

「イディウムも分かってると思うけど、まずこの流れはない。もしあったとしても、そんな奇策を出すような指揮官が居たら、こんな事態に持っていかないからねぇ、フツー」

 プラエスはそのような、もう一段階脱力したような声を出す。彼女は手近に置かれた飲料用ボトルを手に取ると、ストローチューブを咥えつつ、シートに身体を預けた。

「まぁね」

 プラエスの突き放したような物言いに、イディウムが笑う。

「メディア向けと言えなくも無いけど、広告費用としては想定される被害が大き過ぎるし。敵にMFでも出てきた日には、見込みだけでも、甚大な損害が出るだろうね」

「そーゆーことー。ま、依頼主が自爆とかの自棄を起こさないことを祈りつつ、私らは中心地から距離を置いた位置で、前線部隊を支援する。コレだね」

「なら、輸送車両カーゴから出たら、向こうに到着の報告と状況データの譲渡を伝えて、さっさとエリアギリギリの位置で待機。そんな感じで良い?」

「オーケー。ならこっちは射撃と状況分析に専念するわー。移動判断と僚機の機体制御はよろしくー」

「要するにいつも通りでしょ? 任せなさいな」

 それ以降、二人は会話を交わすことなく、下部から伝わる心地いい揺れに身を委ねながら、時を待つのだった。


 そうして、二人が戦場に到着したときには、現場では既に戦闘が始まっていた。

「これマジ?」

 呆れたような、或いは楽しそうな声を上げるプラエス。

「あー、まあ、そうなるよねぇ。どっちがフライングしたかは知らないけどさ」

 一方、戦域図の動きを見ていたイディウムは、特に何の感慨も無さそうな声で応じると、既に暖機を終えている機体の最終確認を行っていく。

「プラエス。輸送車両から降りたら、速攻で向こうの丘に移動するよ」

「上から狙うってワケか。りょーかい」

 その言葉が終わると同時に、二人ともが頭に視覚投影用の装置を装着する。程なくして、それぞれの網膜に戦域図と勢力図とが表示された。

「網膜投影、良し。視覚情報調整、良し……」

 そこから数秒遅れで、友軍や国際戦争管理機関が公開している情報が流れてくる。

「友軍とのデータ同期、良しっと。イディウム、あとは宜しく!」

「ほーい」

 戦闘態勢に没入してしまったプラエスに代わり、イディウムが制御を引き継ぐ。

「機体各部情報、確認終了。ドライバー、輸送車両カーゴのハッチ開放を宜しく」

『了解。MFモビルフレーム用ハッチ及びMLメタルレイバー用ハッチを開放します』

 彼女の声に少し遅れる形で、「ドライバー」と呼ばれた若い女性の声が耳に届いた。

 直後、機体背後にあった壁が上へと折り畳まれるように上昇を始めた。無骨な格納庫の風景から、一部が外の景色へと置き換わっていく。

『出撃準備、良し。いつでも出られます』

「ありがと。私らを下ろした後は、いつも通りの隠密行動を取ってね。それじゃあ、また後でねー」

 笑みを浮かべたイディウムが、装置と接続されて一体化している手足を動かす。

 機体の全身に装備されている排熱・排気機構が軽く動き、それに次いで、脚部の無限軌道による後退が開始される。グンと前へ体が揺れる。その後に、彼女らの視界が光の中へと投げ出されると、一瞬の浮遊感と共に、機体が着地したことによる振動が伝わってきた。

 すると、輸送車両の向こう側から一機の、ふっくらとした造形を持つMLが姿を現した。

 関節が通常とは逆の形に設定されている脚部を持った機体で、肩には口径の大きなスナイパーキャノンを一門、腕部には近距離戦闘用のブレードと機関砲を装備している。

『こちらイディス・ナイン。マスター、指示をお願いします』

 そして無線に、先程のドライバーとは違った若い女性の声が届いた。

「イディスは、私らと十字砲火を組む形で前線を援護して。脅威度の高い目標はこっちで受け持つ。そっちは大天ダーティエンインダストリー側のML部隊を、一つずつ確実に潰して」

 イディウムは、イディス・ナインと名乗った声の主に指示を与え、必要な情報を素早く纏めて渡していく。

『了解しました。データ同期後、作戦行動を開始します』

 そう言うと、イディス・ナインの機体はふくらはぎと背部のブースター装置を展開し、匍匐ほふく前進でもするような低空飛行で、静かに木々の向こうへと姿を消した。

「気を付けてねー。さて、と。私も!」

 その背を見送った後で、イディウムも機体を木々の中へと突入させていった。


 行動開始から少し後。

 順当に配置に就いたイディウムたちは、背面に接合部を持つ大口径スナイパーキャノンを展開したうえで、前線で展開されている戦いの様子を注視していた。

「やっぱり前線を支えているのは、大河ダーフゥ重工主力量産型MLのベンパオか。火力はそれなり。ローラー走行とブースターの合わせ技による良好な運動性……」

 そう言っていると、視界の向こう側で、最前線に突出していたベンパオの一機が、蜂の巣にされて爆散した。仕留めたのは、大天インダストリー側の設置していた、自動迎撃機能を持った機銃だった。

「そして特筆すべきは、その破格の安さと、下手をすると歩兵用火器でも抜かれかねない脆弱な装甲ってね……。気の毒にねぇ」

 そう言っているうちに、もう一機が蜂の巣にされて爆散していった。しかし、今度は機銃側も爆散し、相打ちの形となった。

『マスター、迎撃陣地を沈黙させますか?』

 すると、イディスから通信が届く。

「いや、そっちよりも、大天側のML部隊を優先してあげて。どっちも似たような性能だけど、相手の方が機体の数が多いから」

『了解しました。MLベイ・イージィを優先的に撃破します』

「お願いねー。こっちは、向こうの重MLジョン・ドゥエンをやる! プラエス!」

「はいよー。もう狙ってるー。バッチリ見えてるってね!」

 言うや否や、大口径スナイパーキャノンが火を噴く。

 砲弾が白い閃光のようになって射出されたと同時に、弾倉からは空薬莢が排出される。それは湯気のようなものを立てながら地面に落下、重い音を響かせた。

 それから程なくして、戦域図から重MLジョン・ドゥエンの反応が二つ、同時に消失した。

「よっし! 上手い具合に巻き込めた」

「良い感じね。次撃ったら移動するから、そんな感じで宜しく」

「ほーい、りょーかーい」

 そこから更に、互いに受け持った役割をこなしつつ、次の行動へと向かっていく。


 戦いはまだ、始まったばかりだ。

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