弐:火を噴く銃口 輝く死地

 その日、クロエとゼラの二人は、ある中堅企業からの依頼で、愛機と共に、沿岸に展開されていた海洋基地を練り歩いていた。

 その周囲にある主要な倉庫群は既に破壊されており、数々の無人兵器の残骸と共に瓦礫と化していた。

 その基地は、依頼主と競合している別の企業が、兵器や火器を貯蔵し、輸送するための設備であり、同時に、自社で製造した新式の無人兵器やMLメタルレイバーを防衛戦力として配備して守らせ、その技術力をアピールするための宣伝材料として利用していた場所でもあった。

「これで最後だね。確かに新型はそれなりに動いていたけど……」

 クロエのそんな声と共に、四脚のMFが、手に装備していた実体弾射突式の近接兵装をパージする。

 未だ煙のように湯気を立ち昇らせている鉄の塊は、今しがた、目の前に転がったばかりの歪な残骸たちと同じように、重厚な音を立てながら沈黙していく。

「さて、敵はこんなところでしょうか。それにしても、この射突式のブレードが役に立つとは。本当に世の中は、何が幸いするか分かりませんね」

 センサーアイを通して投影された、映像としての視界の足元に転がっている鉄の箱、射突式ブレードのパーツを見やりながら、ゼラは心底意外そうに意見を述べた。

「都市部とかでは、意外と重宝するんだよ。これ。光学式ブレードと違って、ボタン一つで即座に威力を発揮できるし、物理的な衝撃で物を壊したりもできるからさ」

 ゼラの評価に、クロエが異議を唱えて有用性を説明していく。ゼラはそれを特に口を挿むことも無く黙って聞き入れ、一言なるほどと頷いて見せた。

「そう言うものですか……。ただ、有用であることは分かりましたが、普段の私達には無用の物ですね」

 しかし、彼女はすぐに、周辺警戒のための情報収集へと気を向けていった。

 クロエは背後で聞こえ始めたキーボードの音に苦笑しつつも、仕方ないかと呟く。

「ま、私達って砲撃とか狙撃とか、遠距離から叩くのが主な仕事だしねー。今回みたいな例外は、そうそうないか」

 彼女もまた機体の操縦へと意識を向け、背部に接続されているスナイパーキャノンを操作する。

 すると、砲身全体が複数のパーツに折りたたまれ、弾頭を装填する部分は肩上に担ぐように砲身を展開する形から、脇の下に砲身を通す構造へと変形していく。そして装填部の移動、変形、固定が終わると、今度は折り畳まれた砲身が移動し、再び装填部へと接続された。

 加えて、後方の装填部から、銃でいう所のグリップに当たるパーツが別に出現し、腕部パーツのマニピュレータで握り込んで支持出来るよう変形していく。

「これで拡散系の弾頭も使えるようになったっと……。そっちはどう?ゼラ。何か見える?」

「いいえ。今のところは。あと、依頼主からも作戦完了に感謝する内容のメールを頂きましたよ」

 仮想キーボードを叩きつつ、ゼラが報告を上げていく。

「ならもう、このまま帰っても良いわけだ。ほぼ無人基地で、見える範囲での人死にもなし、破壊する映像もバッチリ納めただろうから、上で見てるメディアも満足だろうね」

 頭部センサーアイを使って周囲の様子を見渡しながら、実に詰まらなさそうにクロエがぼやいた。

「ええ、そうですね。未成年も見られる形で放送されるでしょう。まさに時代ですね」

 そのボヤキに同調するように、ゼラも淡々と感想を述べた。

「そんじゃあまあ、帰りますかー!」

 クロエがそう言い、装置に覆われた手を動かしながら機体を前進させ始める。

 四本の脚が規則正しく、滑らかに動き、接地面を適切に移動させながら上半身の重量を適度に分散させていく。

 そうしてそのまま、基地の敷地外へと出ようとした、その時だった。

 突然、二人の視界映像に警告表示が現れ、長音のビープ音が流れ始めた。

 間髪入れず、周囲に仕掛けていた偵察用ポッドリコンからの情報が集約され、伝えられた警報の種別及び脅威の内容が、文の羅列で表示されていく。

「ミサイル・空爆警報?ゼラ!再確認!」

 突然の警報にも慌てず、クロエがゼラに情報の報告を促す。その間にも、彼女は背部のフレア、及び機体脚部のブースターに火を入れ、いつでも回避や高速機動に移ることが出来るよう待機させた。

「はい。これは、敵性MFモビルフレームによる襲撃です。三十発以上の垂直発射型SSM地対地ミサイルが、この基地に向けて降下中。ロックオン識別のコードは無差別。つまり敵味方関係なくロックします」

 ゼラは、集約された情報を即座に読み取り、必要なものだけをクロエへと伝達。ついで、退避するのに適切なルートを割り出し、戦域図へと反映していく

「なら、こっちに来たものだけ迎撃して、後は無視を決め込むのが正解って感じだね。回避と迎撃は私がやるから、ゼラは敵の割り出しをお願い!」

「了解しました」

 不測の事態にあってなお即座に役割分担は決定され、自分の行うべき行動指針に沿った動きを始める。その動きには一切の迷いも淀みも無かった。


 一方、その頃。

 赤いカラーリングを施された一機の二足歩行型MFが、ブースターを吹かしつつ、クロエ達の居る海洋基地へと急いでいた。その背部にはミサイルポッドを積んでおり、使ったばかりなのか、射出口からは陽炎を立ち昇らせている。

「おう、どうだ!サワギ。ミサイルは落ちたか?」

「まだ降下中。あと十数秒で着弾。奴らもただでは済まないだろう」

「トーゼンだ!あいつら人んちの庭で暴れやがったからな。身の程ってーやつのオトシマエはきっちりつけさせてやらねーとな!」

「そうだな。それでいい。“パウダーバッグ”」

 機体の搭乗席の内部では、男二人による会話が行われている。

 前側で機体制御を担当しているのは、パンクファッションに命を懸けているかのような服装と髪型が特徴のキレた印象を受ける男で、後部座席で、火器管制を担当している控えめな印象を受ける男サワギからは、彼はパウダーバッグと呼ばれていた。

「着弾まで、三……二……一……」

 そのとき、高速で移動を続ける機体の前方に、幾筋もの流星群が降り注ぐ様子が見えた。

「着弾、今!」

 声と同時に、それら一本一本が地面へと吸い込まれるたびに、盛大な爆音と炎、そして煙が噴き上がる。

 何かが爆発したり、炸裂したりする轟音も、そこに彩りを加えている。

「爆発を確認。後は何かに誘爆して連鎖的に爆発を起こしたようだ」

「ヒュー!これだけ叩き込めば、まずただでは済まねぇだろうよ!」

 海洋基地近くまで近づけた位置で機体を停止させた“パウダーバッグ”は、高揚感を剥き出しにした様子で、興奮冷めやらぬ口調のまま、目の前で派手に燃えあがる基地を見ていた。

 機体色の赤に、その景色とが合わさって、端から見れば、“パウダーバッグ”達は、まるで地獄の光景を嘲笑う亡者か魔物のように見えたことだろう。

「だが油断するな。微かだが、迎撃の反応があった。まだ生きているかも知れん」

 場の空気に酔いしれている“パウダーバッグ”に向けて、サワギが釘を刺す。

「分かった分かった!ま、そんな心配はいらねぇだろうけどな!いつもの必勝パターンだぜ」

 その忠告を聞いているのかいないのか、彼は機体を基地の方向へと進ませていく。


 その様子を、基地の近くにある地下道への搬入口に身を潜めながら、クロエ達が観察していた。

「あれは“パウダーバッグ”だっけ?」

 スコープカメラ越しに機体を見ているクロエが分析を口にする。

「はい。この基地の持ち主である企業、フストリーニヤ重工業の専属フレームライダーです。ミサイル兵器を偏執的なまでに愛好し、それで敵地を焦土にする作戦を好む方です」

 その後方で仮想キーボードを叩きながら、ゼラが、カムフラージュのために、電子情報を欺瞞する攻撃的な偵察用ポッドリコンの運用を行っていた。

「会うのは初めてだけど、確かにそれは“火薬の詰まった袋パウダーバッグ”のコードネームに相応しいね。さて、と……。何処を狙おうか。出来れば一撃で仕留めたいね」

 スコープ越しに、街を練り歩く“パウダーバック”の赤い機体を観察しながら、視界映像内に武装の一覧として表示されている中から、どの弾頭を使うかの選択を行う。

「そうですね。では今、クロエが見ている場所の近くにある、何故無事だったか分かりませんが、比較的損傷の少ない保管倉庫を燃料炸裂弾頭で撃ち抜けば、効果的な、そして壊滅的な衝撃を生み出せます」

 ゼラは情報を整理すると、すぐにクロエの視覚情報へと飛ばす。

 彼女の分析に従った加害範囲の試算と、対象への有効打になり得るかどうかが、これまでに蓄積された情報との比較を含めて表示されていく。

「ですが、それだけでは確実性に欠けますので、直前に特殊徹甲弾を用いて脚部を破損させましょう。中量の二脚型、しかも相手の動きの癖から、奇襲すればバランスを立て直すのには時間が掛かるでしょう」

「なるほど。中々えぐい作戦を思いつくね……。でもMFを確実に倒すには、それくらいしかないか。気付かれてミサイルでもばら撒かれたら、殆どこっちに勝ち目ないしね」

 ゆっくりとスコープを動かし、工場から、赤い機体の脚部へと真っ直ぐに照準を定めた。

 かの機体は、出力のあるブースターを軽く吹かしながら、ゆっくりと基地内を見て回っており、それはまるで遊覧飛行でも楽しんでいるような雰囲気だった。

 MFと言う兵器の性能を考えれば、今更、MF以外の敵が出てきたとしても問題としない以上、その態度はある意味で当然のものと言えた、が、しかし、見えている振舞いは、状況にはあまりに相応しすぎるとも言えた。

「もう少し……。目標地点まで、あと百メートル……」

 その様子を静かに、淡々と狙い続けるクロエは、敢えて経過を口に出しながら時を待った。

 彼女の目線の移動と共に、一切のずれもなく対象を追う無機質な照準は、対象の定まった運命を物語っているようで、それは今のクロエとは対照的に、どうしようもないほどに静かだった。


 そこから、待つこと数十秒が経過した、その時。

一発の砲撃の音と、少し遅れて金属の塊が盛大に衝突した音が、辺りに響き渡った。


 赤い機体は脚を撃ち抜かれた。破壊こそされなかったが、そこに装備されていたブースターが暴発。その衝撃で燃え盛る基地内へと墜落した。


 その墜落から遅れること十数秒。さらにもう一発の砲撃音が響き渡った。

 白く輝く弾体が、基地の外部から墜落現場へと飛翔していく。

 そして、付近の建物へと突き刺さると、それは、弾けるように膨張した熱と光の球体となり、辺り一帯を飲み込んでいった。


「燃料炸裂弾頭、正常動作を確認。弾頭によって生じた焦熱領域、順調に膨張中」

 ゼラの声が静かに搭乗席に染み込んでいく。

「うん。見えてるよ。分かってはいたけど、凶悪な威力だね。ゼラ、目標は?」

 クロエはスコープアイを外し、投影映像を通常の視界映像へと切り替える。赤く、或いは白く染まっていた視界は、多少は違う色を含む、今もなお燃え盛る基地全体へと変わった。

「目標は……」

 画面の情報を確認し、新たに情報を収集しようとしていた、その時。一段と盛大な爆発現象が発生。先程膨れ上がった白熱火球に倍する範囲の瓦礫、火災、全てを飲み込み、消し飛ばしてしまった。

「……目標の反応消失。あの爆発については、対象の装備している火器と、周辺に残されていた弾薬類への引火、誘爆が原因と推測します」

 飛散した瓦礫の破片が方々へと飛んでいき、クロエ達の潜む場所にも、細かい物が降り注ぎ始める。

「ご愁傷様、と言うところね……。これで任務完了かな?」

「はい。これ以上ないほどに。依頼主も、MF撃破という事で、報酬にボーナスを惜しまないと連絡を寄越しています」

「それはまあ、そうだよね。事前情報なしだから、それくらいは弾んでもらわないと。それじゃ、更なる誘爆が起こる前に退散しましょうか!」

「了解……。機体の情報隠蔽を解除。移動にエネルギーを回します」

 言葉と同時に、機体周辺に埋め込まれていた偵察用ポッドリコンが、超過稼働を終えて自壊した。


 そして、まるで空爆でも受けたような炎の景色を背景に、クロエ達のMFは、ブースターの噴射によるホバー走行で姿を消すのだった。

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