壱:少女は静寂に祈る

 ある日。クロエとゼラの二人は、ある企業からの依頼を請け、愛機のMFと共に、公認戦闘区域内にある丘陵地帯『グレート・グリーンヒル』を訪れていた。

 その名の通りに、なだらかな起伏と草原とがどこまでも広がる清々しい区域で、しかし、その広大で美しい景観の中に、各基地や拠点を結ぶための軍用舗装道路が通されていたり、ところどころに戦闘の跡が刻まれていたりと、諸々の悲しさを背負った場所でもあった。

 そんな中にある起伏の一つに、二人の乗った機体は潜んでいた。坂に貼り付くように四つの脚それぞれを開いて姿勢を低くし、露出面積が少なくなるようにしている。

「うーん……。何て言うか、ここって良い場所なんだよねぇ。色んな意味で……」

 搭乗席で、装置を通じて、機体の視界と自分の目をリンクさせたクロエが、辺りの景観を見回しながら呟いた。

 視線を動かせば、空に時たま鳥の群が横切り、遠く平原の林を見やれば動物の姿も確認できる。加えて、耳を澄ませば、その動物たちの声が聞こえてくるかもしれない程に、静かだった。

「ここまで穏やかであれば、木陰で休みながら読書をするには最適でしょう。この場所が戦闘区域でなければ、ですが……」

 後方の席に座るゼラもまた、電子情報として周囲の風景を画面に取り込んでおり、頭に被った装置から投影された映像に目を光らせている。

 その視界の左右には、周辺地形の状況や敵対勢力の有無を始めとした、戦場において必要な情報が数字や記号、或いは地図上の点や線として表示されており、それらの情報もまた、周辺の状況が平穏そのものであると告げていた。

「しかし。情報では、もうじきこの辺りを敵対勢力の戦闘部隊が通過するはずなのですが……。クロエ、目視で何か見えますか?」

「んー? いや、何も見えないね。平穏無事そのもの。車のくの次も見えない感じ」

 クロエのその言葉に合わせて、機体の頭部センサーカメラが上下左右に動く。

「なるほど。こちらの戦略画面も音沙汰無しですし。これは踊らされましたかね?」

 踊らされる。つまり偽装された情報に振り回された危険な状態である。

 ゼラは大きくため息を吐き、仮想キーボードに指を走らせ始める。

「いや、それは考えにくいんじゃないかな?依頼主だって馬鹿じゃないから、もし偽装で別ルートを通ったにしても直ぐに分かるはず。私達を試すための空打ちでなければ、だけど」

 クロエも軽くため息を吐きつつ、有視界上に映る全ての映像に目を凝らしていく。

「もしも依頼の空打ちだとすれば、二度と私達を雇えなくなりますけどね。まあ、そんなデメリットを被ってまでやるとも思えませんし、待ちましょうか」

「さぁて……。鬼が出るか蛇が出るか……」

 互いに視覚に映る情報を目の端に据えつつ、それぞれがこなす役割に応じた仕事に再び集中し始めた、その時だった。

「ん?」

 ゼラの視界に映る情報に変化が起こった。

 左右に振り分けて表示していた戦略画面の一つに警告の文字が現れ、次いで、何かの領域を示す円形範囲が地図上に表示された。その円の内側には、赤い光点が複数個、明滅しながら映っている。

「クロエ、飛ばしていた偵察用ポッドリコンに反応がありました。全てに友軍反応なし。敵対勢力のものです」

「やっと来たかー、待たせ過ぎだっての。それで、種別の内訳は?」

「ちょっと待ってくださいね……」

 そう言いつつ、偵察用ポッドリコンから次々に送られてくる情報を、仮想キーボードを打ちつつ次々に処理していく。

「種別……でました。装甲戦闘車両が十両、戦車が四両、兵員輸送車が四両と……これは!」

 送られてきた情報表示に、ゼラが興味深そうな声を上げた。

「なに? どうしたの? 珍しい声出して……」

「クロエ、彼らが遅れてきた理由が分かりましたよ。これを見てください」

 そのゼラの言葉と同時に、クロエの視覚画面にも偵察用ポッドが掴んだ情報が表示される。そこには、車両についての情報の他にも光点による表示があり、その集団の中に別の何かが居ることが示されていた。

 それらの表示を見て、クロエはにやりと笑う。

「これ、もしかしてMLメタルレイバー? まーた面白いの連れてるんだ。全部シールド装備の重装型みたいだけど、主力としての輸送と護衛の兼ね役かな?」

「恐らく、そうでしょうね。そしてこの数。全部で八機も居ます。これらの足に合わせれば遅れるのも当然と言うものです。確かに防衛戦力として信頼できる機体ですが……」

 表示を見ていたゼラが小さく溜め息を吐く。

 MLメタルレイバーとは、誤解を恐れず大雑把に表現するのなら簡易製造された単座型MFモビルフレームのことである。

 換装能力や本体性能を一方向に限定することで、安価に提供することが出来るようになった商品として有名な兵器で、MFを用意できない勢力にとっては、数が準備できるこの商業兵器は、まさに救世主のような存在であった。

 しかしながら、その性能においては当然、MFには大きく及ばない。

「あいつら足遅いもんね……。まあ、良いか。ゼラ、特殊榴弾の準備をお願い。MLは機能停止できないと思うけど、目標物の車両ならこれで十分」

 そう言うと、クロエは装置に覆われた手を動かし、機体上半身と共に肩上の砲塔を標的の居る方角へと向ける。摩擦を感じさせない滑らかな挙動で、砲口と視界が動いていく。

「了解。砲塔の弾倉を榴弾に切り替えます」

 次いで、ゼラの操作により、背面接合部付近にある弾頭用弾倉が回転。内部に特殊榴弾を装填していく。

 それらの動作が終了した直後、二人の視界に機体からの報告が表示され、動作と装填が完了したことが告げられた。

「これで良し。あとは向こうが来るのを待つだけ。向こうが防衛警戒範囲に入るまでの時間は、どれくらい?」

 報告の表示を確認したクロエは、視界に浮かび上がった射撃予測の線と情報に目を向けながら、微調整を始める。

「あと二分ほどで到達します。有効射程に関しても問題なし。恐らく迎撃や加速はするでしょうが、偏差で三発ほど撃ち込めば、まず車両は沈黙するでしょう」

 一方でゼラは仮想キーボードを打ちながら、クロエの行った微調整に、周辺環境によって生じる誤差を加え、補助していく。

「その後は、残ったMLを破壊して終わり、というとこか」

「はい。MLの出現は想定外でしたが、それで今回の依頼は完了です。いつも通りに……」

 二人はそこで会話を止め、真剣な表情で計器類へと目を凝らすのだった。


 一方、その頃。

 舗装道路上を行く車列は何事も無く道路上を走っていた。周辺は車両とMLの駆動音で騒々しいものの、それ以外は平和そのものと言って良かった。

「まるでピクニック気分だな。最初MLを連れてくとか言った時はどうなるかと思ったもんだが、こうまで何もないと、逆に退屈だ」

「おいおい、滅多なこと言うなよ。さっき偵察用ポッドリコンが飛んでたんだ。いつどこで狙われるか分からんぜ?」

「まさか! 無理だろ。今の敵勢力は、参戦企業とはいえ中小規模だ。重装型MLで固めた俺らに手なんて出せるものか。それよりもお前、例のオペレーター女、口説いたのか?」

「バッカ、お前! ここでその話振るなよ! 今、あの人が後方車両で聞いてるかもしれないだろ!」

 その内の戦車に搭乗している兵士たちが、雑談に花咲かせている。それを怒る上級兵も居らず、そこが戦場とは思えないほどに全員が笑い合っていた。

「さあ、お前ら。そろそろ敵勢力の防衛警戒領域だ。気合入れろよ? スポンサー様が見てるんだからな」

「分かってるって。良いとこ見せて給料アップだぜ!」

 その場に居る全員が意気込みを新たにし、自分たちの認識する戦場へと進入していく。

 そして、車列全体が防衛警戒領域へと進入を完了した、まさにその時だった。

 遠くで、ドンと言う低い音が聞こえた。

「この音!長距離砲撃か!?」

「おい、嘘だろ!?砲撃陣地なんて、この周辺には無いはずだぜ?」

 その音が意味するところを知っている兵士たちが慌て始め、一斉に通信機器がオープンになる。

「落ち着け!どっちでも構わん。全車加速!予測を狂わせてやれ!」

「りょ、了解!」

 それでも冷静さを保っていた上級兵は、通信機に向けて大声を飛ばし、全ての車両が、戦闘車両を皮切りに急加速を始めた。兵員輸送車両と戦車は一歩出遅れたものの、特に問題なくそれらに続いた。

 ここでもう一度、遠くでドンと言う低い音が響く。

 それに合わせて、車列の側面を走るMLが、一斉にC-RAM対砲撃用迎撃兵器を使用し、防御を開始。散開しつつ、音がした方角の空に向けて防御網を展開していく。

 加速による回避、MLによる防御、対砲撃用迎撃。全てを織り交ぜての万全の態勢を整え、これで完璧だと誰もが信じた、次の瞬間。

 空でパッと何かが輝いたとほぼ同時に、車列の先頭集団が、白い光に包まれた。

 一瞬、その場に居た全員が、何が起こったかを理解できなかった。

 白い光が消え、視界が回復した兵士たちが目にしたのは、焼き払われた道路上に転がる、装甲の溶け崩れた戦車や装甲戦闘車、そして黒焦げに焼き尽くされた兵員輸送車両の無残な姿だった。側面に居たMLも、シールドや外殻装甲が一部溶解して焼け焦げている。

 車列が停止する。その時に状況を理解できなかった、全てが停止した。

 しかし、MLの搭乗員だけは状況が飲み込めたのか、シールドを構えたまま、砲撃音の聞こえた方角へ前進していった。

 そして、再び空がパッと輝き……。


「目標消滅。C-RAM対砲撃用迎撃兵器による迎撃を受けましたが、問題なく着弾した模様。ただし、MLは、車列の防御に入った二機以外は生存している模様」

 淡々とした報告が、ゼラからもたらされる。

「了解、了解。依頼主製造の、弾頭分離式エネルギー榴弾は成功ということか。でも、こんなものMFでしかまともに使えないから、実際の実用性はどうなのやら……」

 戦略画面に表示された、特殊榴弾による加害範囲を表す円を見ながら、クロエは苦笑を浮かべた。

「それを考えるのも有意義ではありますが、今は残存したMLの排除が優先です。弾頭の切り替えは完了していますから、いつでも狙撃できます」

「はいはーい。それじゃ、仕上げに入りますか」

 一度外した装置を頭部に装着し、クロエは再び狙撃モードに入る。

 視界に射撃予測が表示され、弾道予測、命中率、対象を撃破出来る確率等など、必要な情報が飛び込んでくる。

 程なくして、拡大された視界の先に、シールドを捨てたことで速度を増したMLの集団が映る。

 クロエは、見えたうちの先頭に立つMLに対して狙いを定め、そして、装置と直結した手を動かして、引き金を引いた。


 それから少し後。

「反応、全て沈黙」

「ん、終わりか」

 映像の先で、搭乗席を撃ち抜かれて爆散したMLを見届けながら、クロエはゼラの声に応じた。

「車両群も全て消滅。偵察用ポッドリコンが確認しましたが、生命反応の残存も確認できません。目標の完全消滅と認識します。任務完了です」

「そっか。うん、これで良いんだ。今のご時世、兵士も“量産”出来るからね。一時的な戦力減にしかならないだろうけど、しばらくは、ここも平和になるかな……」

 ゼラからもたらされた任務完了の言葉に、クロエは大きく息を吐くと、何処か悲しげに、そう口にした。

 すると。

「クロエ、もしかして、怒ってますか?」

 ゼラがそう口にした。

「んー? なんで?」

「いえ、言葉が感傷的だなと思いまして……」

「んー……」

 心配そうに尋ねるゼラの言葉に、クロエは少しの間、目を瞑って思考にふける。

 十秒、二十秒、三十秒、そして一分。或いはもっと長く時が過ぎた後、彼女は目を開けた。

「いや、仮にそうだったとしても。今し方、躊躇い無く引き金を引いた私に、その資格はないさ。出来る事と言えば、悼むくらいのもので……。でも、有難う。ゼラ」

 そうして、彼女は装置に隠れたままの顔で、微笑むのだった。

 依頼の完了と報酬の入金を伝える、携帯端末の乾いた着信音を聞きながら。

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