鉄風雷火のフレームライダー ~少女の機影は遥か~
ラウンド
戦闘記録:クロエとゼラ
序:ある蒼空の下で
その音は、防衛拠点の兵士にとっては恐怖の象徴だった。
何処からともなく、低い音と共に赤く輝く球体が撃ち出され、狙い澄ましたように目の前に突き刺さっては炎を上げる。
一度、その低い音が聞こえてしまえば、十数秒後には、何処かの建物か防衛兵器が破壊されるか、或いは数人の人影が塵となって、消えてなくなる。恐怖以外の何物でもない。
ドンと、また低い音が遠くで聞こえた。そこから少し遅れて、もう一つドンと言う音が響く。
瞬間、周囲が騒がしくなり、車両は移動し、人々は遮蔽物に隠れていく。それにどれほどの意味があるかは分からないが、それでも止まれない。可能性にすがるだけでしかないとしても。
それを見やり、遮蔽物に隠れたとある兵士も、次の瞬間には消えているかもしれないという恐怖を自覚し、覚悟をしていた。
時間が長く感じられる。赤い球体がたどり着くまでの十数秒間。ただじっと耐える。
五秒、十秒、十五秒。そして。
「………?」
その時は、来なかった。炸裂するはずの赤く輝く球体は飛来せず、周囲には何も起こらなかったのだ。
(外れた?)
誰もが最初はそう考えた。もちろん、そう言う事もあるだろう。
(いや、おかしい)
次に、一部の者はそう考える。これまで、あの赤い球体が自分たちを恐怖に陥れていたことを考えれば、これも正しい感覚だと言えた。
考えているうちに、誰かが身を乗り出し、恐る恐るではあるが外へと出てきた。その兵士は周囲を確認して、何も被害の無かったことを確かめると、今度は遠くの空を、もっと言えば、赤い球体の飛び出していた方角の空を見た。
「おい! あれを見ろ!」
そして叫ぶ。また数人が何事かあったかと飛び出し、その最初の兵士の下へ。そして同じように空を見る。程なく、その変化に気が付いた。
「球体が、撃ち落されている?」
遠くの空に、例の球体が上空で爆散したと思われる、煙と炎が散っている様子が見えたのだ。
そこで再び、ドンと言う低い音と共に、赤く輝く球体が射出される様子が見えたが、程なくしてもう一つ、ドンと言う低い音が響いたかと思うと、今度は兵士たちの頭上を白く輝く球体が通過していった。
それはそのまま、遠くに見える赤い球体へと吸い込まれるように直撃し、これを撃墜、爆散させた。
「おお……!」
歓声が何処からともなく起こり、直後。
「うおお!やったぞ!?」
まるで押し込まれていた感覚を解放するように、それは大きなうねりとなって場を包みこんだ。
歓声は喝采となり、場は活気に包まれ、兵士たちは先ほどまでの消沈ぶりが嘘のように息を吹き返していった。
その頃。活気を取り戻した防衛拠点の近くにある森丘の中で。
そこの開けた空間に、一つの巨大な機械が鎮座していた。外観は、ずんぐりとした四角い鉄の塊で、そこに二本の太い腕、四本の大型脚部、そして、背面に接合部を持つ長大で重厚な砲塔が付属しているという風情だ。
見ると、砲口からは一筋の煙が立ち上っており、後方には、これまた重量のありそうな空薬莢が落ちている。それは放熱現象のためか、湯気のような物を立ち昇らせていた。
「……命中確認。対象、消滅しました」
「よっしゃ。取り敢えず、最低限の仕事は出来たってところかな。次が来るまでどのくらい?」
「予測では、二分ほどで次弾が発射されます。防衛拠点を攻撃するのなら、ですが」
「あー…。まあ、こっちを狙ってくるかもね。次を撃ち落としたら移動しよう。根元断たないとだめだろうな、これ」
「了解。射撃後、直ぐに周辺の状況を再収集します」
その機械の内部では、二人の若い女性が通信のやり取りを行っていた。
後方席に座る一人は、仮想キーボードを打ちつつ、計器類に表示される機体状況と戦況確認用のモニターを、無表情にチェックしている。
もう一人は、内部モニターに投影されている映像を見ながら、装置によって覆われ、固定された腕や頭を動かしていた。それに合わせて機体全体が動いている。
「それとも、弾頭を榴弾に切り替えてやっちゃうのもアリだね。届くでしょ?」
挙動制御係の女性が、ニヤリと笑いながら、画面に表示されている砲塔の情報を参照し始める。
その女性の言葉を受け、情報管理の女性は無表情に仮想キーボードを打ち、兵装情報と射撃の履歴を確認していく。
「……はい。
その上で、可能だと結論を下した。
「そうだねぇ。まあ、やるとしたら拠点への攻撃を防いでからかな。準備だけはしといて」
「了解」
「さて、と。そろそろ次が来るね…」
言葉と同時に、横に見える砲塔が動き始める。砲塔と、それを固定している接合部も同時に稼働し、弾頭用弾倉内にある砲弾を砲身へと送っていく。
「装填完了。さあ、来いってんだ!」
準備万端と意気込みを口にする。
すると、二人の見ている画面に警告と、その種類が表示され、同時に長音のビープ音が鳴り始める。
「来た……って、拠点と私の同時狙い!? 欲張り過ぎでしょ。ゼラ!」
そう言って苦笑を浮かべながらも、クロエは手元の操作端末を動かし続ける。
「既に予測照準は完了しています。弾倉切り替えの準備も大丈夫。あとはクロエ次第です」
ゼラと呼ばれた後方の女性もまた手を動かし続け、情報の処理と出力を凄まじい速度でこなしていく。
「上等……。やって見せるわ」
そしてクロエが、その言葉を口にした頃には、砲塔の旋回と射角調整、及び固定が進行しており、更にゼラのもたらした情報を加えた微調整が行われていく。
「砲塔準備、よし」
微調整が済んだ砲塔が固定される。
「照準、よし」
クロエの見ている映像に、砲塔による射撃の予測とその結果が表示される。
それ等を全て見渡し、クロエは笑った。
「射撃準備、よし。まずはこっち!」
言葉と同時に、肩上に見える砲口が、轟音と共に火を噴いた。白く輝く弾体が射出され、目標に向かっていく。後方からは、金属質の何かが地面に落下する音が聞こえた。
(脚部ロック解除。多分当たんないと思うけど、念のために回避行動かな。ここは)
クロエは即座に手を動かし、頭脳を回転させる。それに合わせて機体の四本の脚部にある固定装置のロックが外れ、同時に、脚部と背部のブースター装置が点火。青い噴射炎と共に機体全体が浮遊。ホバーするように前進を始めた。
一瞬だけ、砲塔を展開している側が沈み込むが、直ぐに調整されて平行になる。
「ゼラ。向こう側への射撃を任せるよ。私は機体を流すから!」
それらの操作をこなしつつ、クロエが己の仕事を伝達していく。
「了解。引き受けました。照準、修正開始。砲塔への装填弾頭を榴弾に変更…」
ゼラもまた手元を動かし、次々に集約されていく情報を処理。そこに自分の行いたい作業の情報を滑り込ませ、機体に伝達していく。
それに合わせて砲塔が稼働。背部との接合部付近のパーツが回転して、装備されている別の弾頭用弾倉を装着させた。先ほどまでの弾倉は上の方にスライドするように移動している。
「榴弾、装填完了。照準修正、よし。クロエ」
「もう少し待って。防衛拠点の近くで根を張るから!」
ゼラから送られた作業の情報を片目で確認しつつ、クロエは機体を前進させ続ける。低空飛行気味に森を抜け、開けた草原に出ると、前面に見えてきた防衛拠点に向けてホバー移動で接近。車両用道路の近くにて停止した。
「ここからなら、ほぼ直撃行けるでしょ?」
脚部を動かし、本体を沈み込ませ、機体全体で衝撃に備える操作を行いながら、クロエが笑った。
「もちろんです。一発で仕留めて見せます……」
ゼラもまた、真剣な面持ちへと変わり、目の前に表示されている射撃予測に目を光らせた。
それは突然訪れた。
敵の砲撃が来ず、活気に包まれた拠点の少し離れた場所に、ずんぐりとした人型の胴体に四本の脚を備えた鉄の巨人が降り立ったのだ。
「MFだ! みんな! MFが来てくれたぞ! くそ、呼べるならもっと早くに呼びやがれ!」
「しかも四脚の砲撃型だ! これは頼りになるぞ!」
誰かが興奮した様子で声を上げている。それも一人二人ではなく、複数人数の兵士が同時に歓声を上げ、驚きの声を上げている。そして、基地の上級兵に怒鳴られて持ち場に戻っていった。
その鉄の巨人は『MF』或いは『モビルフレーム』と呼ばれている。
それは人型に類似した胴体に、強力な装甲と様々な武装を搭載できる汎用型機動兵器の総称。軍事力の衝突が商業化した今の時勢における戦場の切り札。複座型で、火器の制御や、機体本体の操縦に特殊な才能を要する物もあると言われている代物。
そして、それを駆る者たちのことを『フレームライダー』と呼んでいた。
「あれは……」
改めて見れば、そのMFは今しも肩上の砲塔を動かし、何かを狙っている。そして、その数秒後。砲撃によって周囲に轟音を響かせた。
「……着弾、確認。戦場表示から、敵砲撃部隊の表示が消えましたね」
砲撃の後、ゼラが、変化したモニター表示の情報をクロエに伝えた。
「あ、本当だ。脅威度が急速に下がってる。これなら、お仕事完了かな?」
送られてきた情報を視界の端で確認しつつ、機体の耐衝撃体勢を解除していく。
「ちょっと待って。依頼主から連絡が来た」
「え?まさかの追加注文とか?」
「……半分正解。このまま終わっても問題なく全額支払うけれど、追撃して、敵部隊にさらに打撃を与えてくれたら、追加で報酬を支払う、だそうです。これが依頼文書です」
ゼラがそう言うと、クロエの視界の端に文章が表示される。
依頼者の名前、電子認証印、依頼内容と支払い金額の詳細等など、見慣れた文字列。
「これ、このタイミングで吹っ掛けてくるってことは、実質やれって言ってるようなもんだよね。まあ、いいや。ゼラ、残弾は?」
依頼文の電子情報を消し、再び周辺の映像へと切り替えた。
その後方ではゼラが仮想キーボードを打ちながら、都度クロエの視界に飛ばしていく。
「両腕武器、左残弾30。右残弾450。肩部スナイパーキャノンに特殊徹甲弾が7発と特殊榴弾が9発ありますね。戦闘続行は十分に可能です」
「まあ、ほとんど使ってないからね…。良いでしょう、受けましょう。そう伝えといてー」
「了解」
「さて……」
そう呟くと同時に、機体が歩行を始める。合わせて腕のパーツが稼働して、マウントされていた武器を手に取った。
砲撃の後、その四脚歩行型のMFは、肩上の砲塔を折り畳むように背部へと収納しながら、敵部隊の居る方角へと去っていった。
(あれが……MFか。つまりこの場所も、どこかの誰かが見ている、という事か)
兵士の一人は車両に乗り込みながら、その背を目で追う。この後、そのMFが敵に回らないことを祈りながら。
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