終:帰るべき場所は安寧の地にあらず
この日、クロエとゼラは依頼を終え、愛機と共に、所属しているクランの拠点がある領域へと帰還していた。
MFを積載した輸送ヘリが徐々に高度を下げ、着陸前の準備態勢に入る。空気の抵抗による風切り音と、飛行時特有の体感重力の変化が、機体の中で休息している二人の体を包む。
「機体制御を全面的に再開。降下に備えましょう」
クロエの後方で、ゼラが仮想キーボードを打ち始める。周囲にある計器とモニターが、必要最小限の状態から通常の状態へと復帰し、再起動していく。
「……」
その中、座席の背もたれに体を預けているクロエは、一切動かない。安定した呼吸をしているので、彼女が問題なく生きていることだけは分かる。しかし、上半身の一部と手まで機械で覆われているので、外側からは様子をうかがい知ることが出来ない。
ゼラは軽くため息を吐くと、仮想キーボードを打つ手を止めた。
「起きてくださいクロエ。着きましたよ」
声を掛ける。ついでに足先で、背もたれの頭に当たる部分を軽く蹴った。
すると、効果があったのか、クロエが身動ぎを始めた。
「……うーん。ま、起きてたんだけどね。機械を使って意識レベルを下げていただけで」
「でしたら、すぐに取り掛かってください。私だけにやらせるつもりですか?」
「ほーい」
再度、ゼラが打ち始めた仮想キーボードのタイプ音を聞きながら、クロエも、装置に覆われた腕と足とを動かして、機体の各所にしっかりと指示が入力されているかの確認を始めた。
すると、彼女の視界を覆う投影画面に、折り畳まれた脚部や腕部など、機体各所の動作の状態が反映され、それぞれが映像内で点滅することで、正常に動作していることを伝えた。
「こっちは大丈夫みたい。そっちは?」
最後に着地時のシミュレーションを起動しながら、ゼラの端末へと、モーションオペレーター側のチェックで、機体本体に何も問題が無かったことを伝えるデータを飛ばす。
「問題ありません。背部のスナイパーキャノンを含め、腕部内蔵火器も収納状態で正常にロックされています。腕部兵装も、弾切れで廃棄したマシンガンと小型グレネードランチャー以外は正常動作を確認……」
クロエから受け取ったデータを横に据えながら、自分の担当する火器管制周りのチェックを次々に開始する。
各部に装備されている火器の状態と、内部に収納されている内蔵機器の状態を示す膨大な数の項目を、口出し確認も行いながら捌き続け、完了し次第、項目ごと消していく。ゼラの視界を埋め尽くしていた文字の大雨が、徐々に消え、晴れやかなものに戻っていく。
「内部機器も正常に動作。オールクリア。クロエ、最終確認を願います」
「りょーかい、了解。こっちにデータ飛ばして!」
そうして、互いにチェックしたデータをクロエの下で統合し、全てが一致しているかの確認が行われる。クロエが機体への動作を入力し、それとデータとを照らし合わせ、正常に機能するかの最終的な判断を下すためだ。
「本体動作、正常。火器管制、正常。機体動作の最終確認、完了。オールクリア! もし着地の瞬間を襲われても大丈夫だよ」
「不吉なことを言わないでください。前にもありましたからね?」
そのような事を話していると、今度は外部から通信が入ったことを報せる表示が、二人の視覚映像に現れる。
『そろそろ降ろすから、準備してくれ。お二人さん』
通信に出ると相手は輸送ヘリのパイロットだった。
壮年の男性で、彼はクロエ達が所属するクランを運営している企業連合の職員である。彼は兵士ではなく民間人で、妻帯者でもあり、高校生になる娘がいるらしいことを本人の口から聞いていた。
彼は、この時勢にあって、戦闘に巻き込まれて死ぬことの無い人種だった。
それには国際協定が関係しており、これを故意に、ないし事故で破った場合には、国際戦争管理機関から相応のペナルティが課されることになっている。
『見えてきた。ようやくだな。疲れただろ?』
彼の陽気な声と共に、徐々に滑走路らしき場所へと近づいていく。
ゆっくりと速度と高度が落ち、滑らかにアプローチを行っていることが分かる。
「脚部展開を完了。着地準備オッケー。おじさん、いつでも切り離して良いからね」
折り畳まれた脚部が開かれ、いつもの重装四脚が地面に迫る。
『馬鹿言うな。せめて格納庫までは連れて行ってやるさ。すぐ休みたいだろ?』
「ありがと。いつも律義だよねー、おじさんってば。娘さん気分?」
『それだったら真っ先に家に連れ帰るわ。それよりも準備しとけよ? この後もあるんだろう?』
「ほーい」
互いに通信で笑い合いながら、その時を待つ。
さらに接近する地上に、クロエは錯覚と分かっていても、何やら重力に引かれるような感覚を覚えるのだった。
『さて、そろそろ切り離すぞ。お疲れさん。また宜しくな!』
そして、格納庫の見える位置まで接近したヘリは、クロエ達の機体を切り離して降ろすと、そのような通信を残して飛び去っていくのだった。
依頼を請けて、或いは襲撃されて戦いに赴く彼女たちは、今日も生還した。
だが明日は、明後日は、その後はどうなるか。そんなことは誰にも分からない。
それでも彼女達は、他の人々は、戦わなければならない。
それが、人々に必要とされる限りは。
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