第13ー11話神無先生ご立腹2

 はー、でもそりゃあ愚痴も言いたくなるのは、神無先生がLGBTではないマイノリティだからなのも関係しているかもしれません。

 LGBTはLGBTQと括る事もありますが、基本的には世間の人にその四つ以外のセクシャリティは周知されていないのが現状なのではないでしょうか。

 Xジェンダーとかクエスチョニングの意味がわからない人とか、これを読んでいる人の中にもいると思います。


 そして、許されない欲望を持ってしまう脳の器質の人は、絶対にマイノリティに含めたくない人も多いのは、気持ち的にそうだって言うのもわからないではないですもん。

 本質的に多様性を認めて、どんな性向の人間がいるかわからなくなるのは、混乱を呼びもするので、混沌を混沌のままに出来ない質が人間ですし、物事を単純化したがって、自分達の都合のいいパターンに当て嵌めてしまうのではないかと思うのです。


 だって、世間の反応見てれば、LGBTにしたって型に嵌まったそれとわかるマイノリティの姿を皆求めているから、それとちょっとずれた女らしくないトランスジェンダーの女子なんかを理解しなかったり、ゲイやレズビアンにもステロタイプであるように要求するケースって往々にして存在しているのは、嫌な事で改善して欲しいですけど、ある程度仕方がないのも事実なのです。


「それだけじゃないぞ。まだある。

これは発達障害なんかに関する差別が根強く残る証左だと思われるんだが、識字障害の俳優が台本読むのに苦労した話は美談にされるのに、言語理解が覚束ない政治家が、言葉の間違いや読み間違いをすると、もしかしたら今言った可能性もあるかもしれないのに、人々はこぞってその政治家を揶揄する言葉も投げながら、批判以上の誹謗中傷をする。

この場合、きちんとした対応も必要だし、もしかしたらそんな事例が出たのなら、適切な診断をして貰う為の受診を勧めるべきじゃないだろうか。

もちろん、かなり前からそんな学習障害ではない子供でも、国語能力が相当低下している報告なんかもあるんだが、ますますデリケートな時代になって、まだまだ批判されていい相手となれば、差別も厭わない人間が多すぎる。

その政治家の政策の善し悪しとは、恐らくその手の問題の扱いに関わる事は別なはずだろうと思うんだ。

コミュニケーションが苦手な人間だって、簡単にキモいと言ってしまっていいのか。それは脳障害に起因するものである可能性はないと言えないだろう。

科学的事実が明らかになるにつれて、今まで無茶苦茶に言われて、犯罪者予備軍だとか社会不適合者だとか、迫害されて来た人間が、それをしたら差別だとなって来つつあるのに、ある種の人間に対してはそれを止める気配もないのが、私は残念な気分でならないよ」


 まだ堪ってる鬱憤は晴れないようです。でも、これだけ他人に吐き出す事もまた必要じゃないかと思うのです。

 だから、わたしも認識を変更出来ましたし、神無先生もある程度整理出来たんじゃないかと思いますが、怒りは発散しないと結構堪らなくなって来ますからね。


「いや、でもまぁ言いたい事はわかりますよ、神無さん。わたしも怒りを感じる事は、日常でも沢山ありますからね。

それは同じトランス女子の自伝なんか読んでて感じる事ですが、レズビアンかどうかに関わらず、中々わたし達を同じ女子と認めない人も多いですよね。

男子にも物凄く差別的な考えの人も多いんだけど、中にはお姫様扱いしてくれる人もいたんですよ。

女子も勿論、仲良くしてくれる子も沢山いますけど、ノンケだと勿論、レズビアンだとしてもわたしが好きになったりしようもんなら、避けるようになって遠ざかって行きますし。

どこまで行っても、わたしはどちら側にも立てない中途半端なポジションしか与えられないんだなって、絶望的な気分になりますよ。女子扱いしてくれない時ありますから」


 菊花さんの苦しみは、ぽつぽつと姉が告白してくれた内容とも似通っていて、それは例えばDSDという性分化疾患の人は実際にいるのに、局部が付いてたら女子と認められなかったり、体の構造の為にスポーツの記録が剥奪されたり、まぁ色々な差別があるのと同じで、トランス女子にしろ男子にしろDSDにしろ、無知から来る無理解も多いでしょうし、肉体を性の基準に置きたい人達も未だに数が相当数存在するんですよね。


 これからそう言うジェンダーが多様化した時に、スポーツの性別の分け方ってどうなっていくのかと、少し不安になりもします。

 もっと広い価値観を認めた分け方をして欲しいですが、それで記録が乱れるのもスポーツ界は困るでしょうし、何より競うライバルが怒るんだろうなと予想出来ます。


 じゃあ、もっと階級とか分類を細かく設定してしまえばいいのにと思いますけど、そうならないのは旧態依然な形態を維持したい保守的なスポーツ界だからと邪推してしまいます。


「ああー、ムカつくー! どうしてちゃんとした知識に基づいて、実証主義的な捉え方を誰もしないんだ。反ワクチンとか阿呆だろとしか思えないぞ。

子供同士近づいて感染させれば、免疫力がつくだとか、ワクチンの副作用で自閉症になるだとか、嘘っぱちもいい所だ。

そりゃあ、ワクチンには副作用はあるし、まだ発覚してない副作用もあるよ。でもそれを逆手に取って、何でもかんでも滅茶苦茶に言って、摂取を怠る事による感染症の拡大で死亡する児童の増加の懸念とか、何も考えないのかね。

子供の為に、却って良くない行動を取ってるんだから。だって、病気に罹って熱が出ると、障害が残るケースもあるだろう。ヘレン・ケラーとか知らんのか、って聞いてやれよ。

ああだが、そんな風に無知な人間を騙す知識人がいるのが許せんよ。無知は罪ではないだろう。そんなに勉強ばっかりしてられんし、普通の人間は日々の暮らしに精一杯だからな。

だから社会認知に時間は掛かるし、支持を得ながら理解されていくのは難しいのはわかるんだが、何故扇動する奴が後を絶たんのだ。

あいつら絶対にわかってて煽ってるぞ。無知な大衆は馬鹿だから簡単に信じる、とか思ってる。だからムカつくんだ~!」


 神無先生は、先程まで飲んでいた物とは別に、今は紙パックのいちごオーレなんかを飲んでいます。


 なんかキレてるのに、可愛いですね。

 そうやって、憎めないキャラでいてくれると、どれだけ怒れる大人であっても安心出来ます。


「神無さん、とにかくもうそれくらいにしましょう。あ、そうだ。フォーク掛けましょう。それなら落ち着きますよ。月夜さんも聴きますよね」


「ええ、フォークは好きですけど」


 そう言って、菊花さんは操作をして、音楽を流します。

 どうやら、アン・ブリッグスをチョイスしたみたいで、随分渋い所を突いて来たなと思いながら、黙ってそのアコギの世界に浸る事にしました。

 そうこうしている内に、ゴロッとした神無先生は、


「もういい。これまでとやる事は変わらんし、学生は真摯に授業受けてくれてると、信じたいからな。フェアポート・コンヴェンションとかも後で掛けてくれるか、菊」


「はいはい、わかりましたよ。何でもして欲しい事、言って下さいね」


 そんな風に大分ふて腐れていた神無先生を宥めながら、わたし達は苦笑し合いながらも、確かにこの世は問題が多すぎて、原理的に困難に陥るケースをどうすればいいのか、それを非人道的にならないように解決する方法を探らないといけない、難題を突きつけられた世界に生きなくてはならない羽目になってしまったのは、嘆かわしい事ではありますが、それでも一人一人の努力も必要だと痛感した次第です。



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