第13ー6話菊花と電話をする月夜

 帰宅して神無先生にサイトのアドレスを貼り付けた、短いメールを送った後、ぼんやりしていた時に、まだ秋は帰って来ないかなと思いながらも、そうだ今日の事を菊花さんにも話してみようと考えて、そうだせっかく電話番号も教えられたのだし、ちょっと電話してみてもいいかな、そんな軽い気持ちで通話してみるのです。


 しばらくしてから、向こう側に菊花さんが出てくれます。


「もしもし、月夜さんですか。何でしょう、早速掛けてくれて嬉しいですね」


「あ、はい。今日、神無先生に会って来たんですけど」


「何ですと? 羨ましいですー。あ! それで神無さん、わたしを遠ざけてたんだ。音楽スピーカーで聴かされてたんじゃないですか?」


 それでわたしはいきさつをつらつらと語ってみたのですが、何となく一石を投じるのに気後れするかのように、音楽の話は意図的に回避する事にしました。


「へえ、そうですか。確かに一神教の概念で、人間のあれこれを現代で説明するのも難しいのは当たり前ですよね。マイノリティだからこそ、経典のおかしさにも余計に目が行きますしね。でも珍しいですね、神無さん、普段ならいつもスピノザやアインシュタイン的な無機質な神の概念とか語るのにな。一元的な汎神論って言いますか。神無さんに言わせれば、そこから西田哲学の一部の価値観も導き出されるそうですが」


 西田哲学って言うと西田幾多郎でしょうか。京都学派。哲学の小道。アインシュタインの物理学者的な一神教の世界観から出て来る法則としての神や汎神論的な認識。


「えーっと、神についての一元的な見方が、世間に蔓延してる事に結構怒ってた感じでしたよ。もっと神について思惟せよ、みたいな感じで」


 ふふ、っと思い出したように笑う菊花さん。声は確かに低めですが、やはり可愛らしい人だとこう話していて感じます。


「そりゃあ、もっと神にももっとメスを入れろって、しょっちゅう言う人ですからね。聖典の過度の尊重や原理的解釈が未だに存在してしまうのが、どうもいつの時代に生きてるんだってくらいに理解出来ないみたいですから。でも不自由な世界で生きる方が、規律は確立されて、自由に自己責任で不条理に投げ出されて生きるよりは楽ですからね。反抗なんてしんどいでしょう」


「それって、カミュですか。意味のない世界に投げ出された人間は、生きている意味を原理的に見出せないけど、それに抗って死ぬまではとにかく生きてみせようって言う?」


 嬉しそうに菊花さんの声が弾みます。こんな会話を神無先生以外と出来るのが楽しくて仕方がないと言った感じです。即座に反応が返って来る快楽は、確かにあるかもしれません。


「そうです。一冊の本で言えば、シーシュポスの神話ですね。あれでは、スタブローギンについての作中の見立ても書かれてますか。あれは他の論説だったかな。一面的な見方は人間では出来ないし、多様な思考が流れているものですよ。

わたしもよく正反対の事を考えて、その都度考えが変わったりしますし、月夜さんも絶えず変化しているでしょう。

そして、自分でも認識していない自分。それは夢だとかも含みますけど、本当に解釈出来ないほどブラックボックスなんですよね。

それを無理に解釈し尽くそうって言うのが無理な話ですから。そう言う意味づけを拒否したのが、カミュだって覚えて置きたいと思いませんか」


「うーん、自分なりの視点で考えを作ってはいきたいとは思いますが、何か偏って変に凝り固まりたくはないですから、意味って物は慎重にならないとなとは思いますが。でもやっぱり神無先生に付いているだけあって、菊花さんも凄いですね。大学でも成績いいんじゃないですか?」


 ぶーと言う菊花さん。何が不満なんでしょう。


「そうでもないですよ。人に評価されるのは苦手ですし、杓子定規な試験なら割と出来ますが、わたしの持っている視点が中々他人に理解されなかったりもするので、そことの自分なりの対話の積み重ねだったりします。月夜さんは、人付き合いで苦労されませんか」


 あー、そうですね。かなり苦労して来ました。


「そんなのしょっちゅうですよ。わたしも同好の士とか共感してくれる人なんて、全然いなかったんですから。今は菊花さんの神無先生みたいに、わたしにも大事な理解者がいますけど」


「えー、惚気ですかぁ。わたしより甘々な感じがするんですけど、深くは突っ込まないであげましょう。・・・・・・えっと、そろそろ切りますか。電話代とか大丈夫ですかね」


 そうですね、結構話していますか。プラン的にそんなに携帯代は掛からないと思うのですが、まぁここらで切るのが適当でしょう。


「そうですね。ありがとうございました。また今度会えたらいいですね」


「ええ、今度はわたしが神無さんを独占してしまいますからね。月夜さん、またね」


 そう言って向こうから切ってくれましたので、こちらからどのタイミングで切ればいいのか考える必要もなかったので、ちょっとホッとするくらい助かりました。


 そうこうしている内に、秋も帰って来たので、夕食の準備も手伝わなきゃなと、気持ちを切り替えて生活に戻って行ったのです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る