第12ー5話二人の愛情と成長へ向けて

 一度そう言う訳で、秋と母親が押しつけて来ていた宗教と、どう向き合っていくのか話をしてみた事があります。その時の彼女の発言はこうです。


「うん、月夜の話とか聞いたり、借りた本とか読んだらさ、宗教ってこれって最適解としての正解が絶対にあるんじゃないって言うのがわかって、母さんの言うのはかなり極端だったんだなって認識してね。だから、月夜からももっと色々な事を教わりたいんだ。どう言う風に宗教と向き合っていけばいいのか、それとも何を信じるように転換するのか」


 そう聞いて、宗教が前提になっている秋の頭を少し危ういと思ったので、もうちょっと示唆しても構わないかなと思って、わたしはこう言ったのです。


「あのね、別に信仰を持たなくてもいいのよ。思い詰めなければ、夏目漱石が書いた様な選択しか用意されてない訳じゃないんだから。それに読書だってわたしの話だって、もっと批判的に取り組まないと駄目よ。鵜呑みにしてたら、何にでもコロッと騙されちゃうんだから。

自分の中に複眼的な批判思考を作って、色々な角度から検証出来るようにして、自分自身すら常に批判的に見て疑う方法を知って、その上で土台を作っていきながらの信念を形作らなきゃ。

今の秋はどうも怖いのよね。でも同性愛者を認めない宗教者が多いから、そこは注意して構えているのは、慎重になる分には大丈夫だと思うから、そこは肝に銘じておいて」


 やはり一気に言ってしまう癖があるので、わたしの言葉が全て伝わっているか不安でしたが、どうやら理解を示してくれたようで、秋はわたしの手を何故か握り、語りかけて来ます。

 ヤバい、いつもの事ながら、スキンシップをされるとドキドキしてときめいてしまいます。


「うん、結構月夜って難しく言う癖があるけど、要するに自分の頭で必死に考えて、知恵を絞る訓練をしようねって事でしょ。うーん、やっぱり私なんかよりも月夜が大人に見えるなぁ。体だけ成長してるみたい、私って。月夜の小さい体には、いっぱい遺産が詰まってるんだね」


「小さいって言うのを強調しないでよ。わたしだって成長はしてるんだから。でも確かに、わたしって伝える力が壊滅的に駄目だから、そこは鍛えないといけないわね。その為に、感想文とか書いて、読んだ本に抱いた事を纏めるトレーニングはしてるのだけど」


 はははと秋は笑って、わたしの頭を撫でます。そうされたって誤魔化されませんよ。そうやって、事あるごとに手なずけようとするんですから。


「わたしだって、まだまだ勉強中だし、未熟なのは秋と一緒。それに学校の勉強は、秋の方が理解度は深いし、秋のように基礎知識がしっかり身についてるなら、そこからの鍛錬はやりやすいと思うけど。わたしみたいなポンコツと違うんですからね」


 ちょっと拗ねてみて、こんな言い方になるのですけど、秋はニコニコしています。


「そんな事ないよ。月夜だって、別に赤点取る訳じゃないし、学校ではそんなに苦労してる風はないじゃない。前に砂糖ちゃんに勉強教えてあげてたそうだし、勉強のノウハウはどこで覚えたの?」


「別にエミリーに自学自習の要点を叩き込まれて、姉にもやり方を学んだくらいで、大体が独学で色々やって来たわよ。塾とかに行く体力もないし、かと言って家庭教師も体調崩す時があると呼べないしね。そう言うそっちはどうなの」


 やはりつっけんどんになるのは、もうこれは悪癖ですが仕方がないのではないでしょうか。それも個性として受け入れてくれるなら、無理して素直にいつもならなくてもいいのでは?


「そうだなぁ、結構母さんがスパルタだったから、それでいつの間にか自然にいつも勉強はするようになってたなぁ。効率が良かったのかも。暗記とかも苦にしなかったから、それで応用するのも大分楽だったし。あんまり遊べなかったのはちょっと辛かったけど、そう考えてみたら、母さんにも感謝しないといけないのに、あんな事になって本当に残念・・・・・・」


 少し遠い目をする秋。

 確かに母親から受けた教育も無ではなかったのですし、なにがしかの秋の知的遺産の礎になっているのであれば、それ以上のマイナスで評価は下がっても、最悪なケースではなかったと言う事かもしれません。


 呪縛、と言うとわたしも同じであるかもしれませんから、強く何か教える事は出来ないですが、わたしが得た教訓が自分には活かされていなくても、他人の示唆になるかもしれないですから、わたしは秋にもう少し言おうと思いました。


「呪縛から逃れるには、治療的に考えても相当難しいのは、わたしが実証ずみでもあるんだけど、一つ違う見方を提供すると、仏教の空の概念をどこかわたしは大事にしてる所があるんだって言っておきたい。

どうしてもそれは実践出来ないのだけど、この理念だけはかなり気に入っていて、つまりはどんな偏りもしないって事なの。色即是空・空即是色って言うでしょ。

この世界は現象であって実在なんだけど、絶対普遍の真理の世界ではないみたいなイメージかな。不生不滅なんかの用語もあるわね。

だから偏見と常に自分自身が戦って、自分の苦しみを撥ね除ける為にも、どんな事からも距離を置く。それは空を信じるって事からも距離を置くのでもある。

フラットに理性的に判断して、何者にも依らずに生きる、それが悟りなのよね。でもこんなの現実には無理。そう言う訳だから、わたしは絶えず新しい自分に更新していって、それで知性を磨いていって、もっと世界を認められるようになりたいの。

それに秋は一役買ってくれてる。秋がいたら、段々わたしも皆から嫌われる事が少なくなった。秋には、人を繋ぐ力があるから、もっと他の人とも交流したらいいと思う。わたしはどうもコミュニケーションが苦手だから、秋みたいにわかってくれて包み込んでくれる人じゃないと、心を開けない。

だから、さっき言った事を心の隅に置いておいて、誰も崇拝したり信じすぎる事のないように、ってそれはわたしもだよ、それでこれも覚えておいて欲しいの、自灯明法灯明の前者の部分、自分をこの世界を泳いでいく道標であり地図にする、そうやってお互いが自分を信じて、自分を信じている相手を信じて支え合っていきたい。

その為には、もっと宗教の事も勉強して、出来れば秋のお母さんも説得出来るくらいになれたらいいなって思わない? 仲直りが親子で出来ないのはきついよ。あなたのやった事は、トラウマだからこれからはもっと自由に生きたい、娘の自主性を尊重して欲しい、柔軟な思考で物事を一緒に考えたいって」


 無茶苦茶にぐちゃぐちゃに、一気に言ってしまって、ああわたしはいつもこんなに捲し立てるように相手の気持ちも考えないで、どんどん言いたい事を言ってしまいます。でも、それでも秋はじっと耐えていつもわたしの話に耳を傾けてくれます。だから、わたしは秋といられるのです。


「何だかわかんないけど、今の言葉はずっと大事にしなきゃいけない月夜の気持ちがこもってるって事はわかるよ。月夜はやっぱりどこかで責任感じてるんじゃないかな。私を駆り立てたのは自分だってずっと思ってる。

そんな必要全くないのに、月夜はいつでも自意識に縛られて悩んで苦しんでる。

それは昔の傷が尾を引いてるのもあるだろうけど、どうも劣等感と罪悪感がくっついてるようだよね。私も無知で自分の殻を破れなくて、言いなりになるのは嫌でも言う事聞いてたら、間違いはないんだって思ってやって来たから、凄くわかるよ。

こんな風に言ったら、多分月夜は全然わかってないって言うかもしれないけど、確かに私なりの理解でしかないかもしれない。

でも月夜が自分も傷ついてしんどいのに、私を守ってくれて癒やしてくれて、前に進む手助けをしてくれてる。それも自分も辛いのに突き放して、出来るだけ私が月夜に依存しないようにしてくれてる。

だから、私はもっとしっかりしなきゃいけないし、他人とも関わっていくべきだろうし、その上で月夜を守れる女になりたいんだ。相互に守れる関係がいいでしょ。ね?」


 秋も静かにゆっくり語る口調でしたが、つらつらと思っている事を伝えてくれます。だから、わたしは秋と一緒に歩んでいきたいと本気で本当に思うのです。


「うん、じゃあお互いもっと尊重し合えるように、二人とも高めあわないとね。どこか心理学とかに引きずられてるから、馴れ合いになりすぎるのは駄目だと思うし、既にそれが強くなっちゃってるから、もう少しわたしが強くならないといけないよね。秋は誠実にわたしに向き合ってくれてるんだから」


 ふふっと、わたしは苦笑い的に笑いますが、秋もそれに応えて爽やかにニコリとしてくれます。


「そっか、月夜はもっと自立した大人になりたくて、必死に成長を目標に頑張ってるんだね。私は自分も含めてまだまだ子供でも良くて、甘えられる相手に甘えてもいいと思うけど。だから楓さんや淡雪さんにはお世話になってるでしょ。それに私も月夜に頼られるようになりたいんだよ」


 うーん、そうなのです。過剰にストイックに何かを達成しようと、抑圧を強めて苦しんでしまうのが、わたしと言う人間です。体もダウンしてしまいます。

 秋はそのバランスをやっぱり上手く取ってくれているのだと思います。わたしには欠けている所があって、それを秋が補ってくれているし、もしかしたらわたしも秋に同じ事をしてあげたいだけではなく、そう出来ているのではないでしょうか。

 だから愛し合うわたし達は、相手の気持ちをちゃんと考えて、言いたい事は言い合って、それで不満が出来るだけないように、上手く付き合っていけているのだと思いたいのです。


 そして話を誤魔化すかのように、先程母親の事を聞いたから、もう一つ現状も確認しておきたくて、こうも聞いてしまいます。


「まぁそれはそれとして、そう言えば最近お父さんには会ってるの? 住民票移す時に、戸籍も変えないかって言ってくれたんでしょ。ああでもしなきゃ、今は中々父親の側は親権取れないもんね。お母さんの方がそれに、稼ぎは良かったんだっけ。お父さんは出世コースから外れちゃったって前に言ってたけど」


 ああ合点承知と秋は、その事にすぐに切り替えてくれます。それで有耶無耶にしてもいいのか、余りさっきの甘えの関係の話は終了の気配で助かりました。


「うん、養育費もこっちに振り込んでくれてるみたいだし、裁判所なんかでも母さんはネグレクトと認定して、父さんが保護者って事になるみたい。でも父さんは確かに薄給で可哀想だし、最低限の養育費でも苦労するみたいだし、学費とか進学の分は月夜の両親にお世話になってもいいのかな。苗字は将来どうするかわからないけど、でも変えるとなると色々ややこしいし、別にドイツ系だとか変な創作苗字が嫌な訳でもないから、別にいいんだ。本当は月夜と結婚して同じになれたら一番いいんだけどね」


 ふーんと思って、ふと思いついた妄想を話してみます。


「じゃあ、うちの養子になるとかなんてどうなのかな。それなら同じ苗字に出来るけど」


 そう軽く言うわたしに、あーそれは駄目と、秋は釘を刺して来ます。


「だってそれだと、将来同性婚が認められるようになった時に、月夜と結婚出来ないじゃない。そんな些細な事でそんな重大な手続きは踏めないよ。昔のゲイのカップルは、お互いを養子縁組とかで親子関係を作ったりしてたらしいけど、パートナーシップ制度もあるのに、そんな昔の変な慣習を踏襲するのは馬鹿らしいよ。だからそんな事はもう言わないでね、全然私は気にしてないんだから」


 ・・・・・・窘められました。でも秋にめっとされるのも悪くないです。少しショボンと反省するにはしますけど、何だか説教する秋も魅惑の感性でわたしの萌えポイントを刺激されます。

 こう言う意外な顔を時々見たいですし、これから先も様々な秋の側面を覗き見たいものです。


「じゃあ、慣習的にって話なら、表向きの名前みたいに、年賀状とかの時だけ二夜秋って書いたりするのならいいんじゃない。ああっ、何だかそれだとでも新婚さんみたいで、恥ずかしいな。でもでも秋と新婚さんかぁ、そうしたら色々してあげたいなぁ」


 妄想の中に入るわたしに、秋は苦笑しながら、それはいいアイデアかもと言って、撫でてくれます。本当に秋に可愛がられるのは悪くないどころか、良さしかないです。

 だからと言って、逆にわたしが秋を可愛がりたいとも思ってはいるのですが、どうもその作法とでも言うのかやり方が、気恥ずかしさもあるし、それにわたしに格好いい態度なんか出来ようはずもないですし、流石に受け身の状態でいる関係が続いているのもどうかと思いますが、段々秋が積極的になってくれてるのは喜ばしい兆候で、それにわたしが内気であり不器用だし素直じゃないし、そんなの普通の恋人関係じゃ許されないと思いますが、秋は寛大なのでわたしは甘えてしまっていてもいいと考えているのでは駄目なんでしょうか。


 ハッ、そうだ、これも甘えているんだから、そうだと言えばいいですよね。


「あのさ、ちょっとアレなんだけど、わたしが何も出来てなくて、秋がいつも頭を撫でてくれたり、ぎゅってしてくれたり、優しい言葉でトロンとさせてから甘いキスしてくれるのだって、何だかいかがわしい一歩手前の事だってして貰うばっかりだし、それがわたしの秋への甘えだと思うの。

だから、もっと先にはわたしがリードする様な事になれるように、徐々に頑張りたい。別にどっちがリードとか気にしなくていいけど、わたしもわたしのテクニックで秋をメロメロにしたいもん」


 口に出してから羞恥で真っ赤になって、モジモジしているわたしに、秋は顔を輝かせて抱きついて来ます。

 うん、やはり秋さん、抱きつき魔でもあるんじゃないですか。


「うーん、やっぱりそうやって必死に何かやろうとしてくれる月夜は、とにかくどんな女の子より可愛い!

私はそんなわたしを思ってくれてる月夜が好きで堪らないよ。月夜って悪態をつくのは誰に対しても変わらないし、それは私相手でもおんなじだけど、でも愛を育んだらとことん一途で、ずっとパートナーの事愛して愛して愛し尽くしてくれるタイプだよね。私は月夜の愛を受けられて幸せだなぁ。私ももっと月夜にお返ししなくちゃ」


 もうどう言ったらいいのか、最大限にいい方にしかこの人は解釈しないので、わたしは恐縮しきりと言うか、相手の善意にわたし自身の醜さを顧みれば、穴があったら入りたいくらいの気持ちになります。だからこう言うのです。


「それは秋がいっぱい愛情を注いでくれるから、わたしだって幸せで、もっと好きになっていって、秋にもわたしを好きになって欲しいから、何でもしてあげたいし、でもわたしは思うように出来ないから、好きって言葉を伝える事しか出来ない。でも秋は広い心で、わたしを包んでくれる訳でしょ。それでわたしは、もうそれを受け取る事しか出来ないのよ。って出来ないばっかりね、わたし」


 ふるふると秋は首を振ります。どうやらまだ言いたい事、反論するべき事がある様子です。


「そんな事ない。月夜は私の人生の師匠だよ。私を自由にしれたし、私に新しい何かを与えてくれた。

それにこんなに包み込んでくれてるのは、月夜の方だよ。月夜からは、強く母性も私は感じるな。そんなだから、誰かにさらわれないか心配になっちゃうくらいだよ。

だって、最近は私との仲が公認で、レズビアンを嫌悪してる人以外は仲良くしてくれてるけど、まだまだ影で月夜は男子の人気が隠れファンが多くて高いって話だよ。私なんか女子人気しかないけど、月夜は男の子にも人気あるから、余計に気を揉むんだから。でもずっと私がついてるからね」


 何だか変な話になって来ました。

 そんなに男子に好かれても困るのですけど、どうやら秋はそんな群がらない遠巻きの群れから守ってくれようとしているみたいで、素直にそれは嬉しいのです。

 しかしわたしとしては、女子に人気あるのも嫉妬の対象なのですけど。


「そ、それならもっと気をつけるわよ。嫌われる必要もないかもしれないけど、媚び売る必要もないから、これまで通り素っ気ないわたしでいる。わたしが女の顔を見せるのは秋だけなんだから。秋自身それがいいって言うんだから、感謝してよね」


 またも照れ隠し発動は、これまで読んでくれている人にはお馴染みですよね。皆さんの周りにもひょっとしたら、素直になれない症候群の人がいるかもしれませんよ。

 そんな人には出来るだけ、お気持ちを鑑みて優しくして見守ってあげて下さいと、一言添えて置きたいです。


 わたしがそれで損する性格であり、誤解もされて、色々酷い目にあった時も、上手く対処出来ないでいたので、そう言う不器用な他人を放っておく事は出来なくて、そんなまともに対話が出来ない人も受け入れられている理想を持ちたい訳だし、それを一つ胸に刻んで頂きたいと言うわたしの願い。


「ふふ、本当にどの月夜も、本当に本当に可愛くて素敵だよ。私のフィアンセ、お姫様」


 そうやって軽く口に人差し指を当てられるのでした。


 それ初めてしてくれて、何だか感激って言うか、そう言う行為がこれほどまでに嬉しいと思っていませんでした。

 どんどん格好良さに磨きがかかって、口説き文句もわたしの価値観では洗練されて、わたし用にアップデートされている様な錯覚を覚えるほど、わたしを蕩けさせる術を心得ているではないですか。



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