第12ー3話エミリーの助言

 秋の集中している時間を邪魔したくなくて、わたしは時々部屋で音楽を聴きながら、エミリーと話す機会を増やしていました。


 エミリーとその時に昔の話もしていたのですけど、そう言えばエミリーと言う名前は、当時「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読んでいた姉が、ピンク・フロイドにも引っ掛けて、夢のモチーフからエミリーと命名してくれたのでしたと、そんな話題になっていて、エミリーの字がとはどう言う風に、外界を認識しているのか、そして整理するのに夢を必要としないのは、便利であるのかそうでないのか、または知性の磨き方に違いがどれだけ出て来るのだろうかとかを話しました。

 だから機械知性は人間のように恋愛感情を持たないで、また他のどの感情での動揺などもない訳ですから、冷静に合理的な分析でのアドヴァイスも出来るし、いざと言う時の手助けをして貰える割合が大きいので、この時代の人間はかなりの数恩恵を受けていると思われます。


「最近月夜さんは、理系の学問も少しずつですが、学校の勉強に限定せずにより理解を深めようと、日々様々な分野の本を読んだりしていますが、学業との両立が体の調子を鑑みてみれば、相当無理が祟っているのではないですか」


 こんな風に心配をしてくれるのはありがたいのですが、わたしは秋に遅れは取りたくなかったですし、自分が読書で得る知識に興奮していたので、もっと勉強をしたくて仕方がなかったのですが、自分の体を無理して酷使しているのも知っていたので、それは反省すべき点だと素直に認めます。


「だったら、エミリーが適宜、休憩とかの指示を出してよ。自分じゃいつもまだいけるって無理しちゃって、バタンキューだからさ。でも学校でもちゃんと、少しでもふらつく時とかは、安静にして保健室で休んでるんだよ?」


「知っています。情報は逐一入るように設定されているので。ただ焦りもあるのではないかと推察されるので、もうちょっと落ち着きを持った方がいいと思うのです。今それほど急ぎすぎなくても、取り返しがつかなくなるほど遅きに失している訳でもないですし」


 そうなのです。まるでわたしは生き急いでいるみたいです。でも、今が幸せだからこそ、わたしみたいな人間は不安も大きくなるのだと、前にも皆さんにも言いましたっけ。


「そうだけど、とにかく不安だから頑張っていたいの。鮪みたいな回遊魚じゃないけど、とにかく頭を動かしている事も楽しいし、それで次々何かしていたいから」


 エミリーはしかし冷静に同意している風で、釘を刺して来ます。


「わかりました。しかし、本当に姉妹でそっくりなのがわかりますね。思い込みが激しいとでも言えばいいのでしょうか。それが危うい所だから気をつけて見ているように、私はプログラムに組み込まれているので、こうやって忠告もしますし、どうやって月夜さんの欲求との妥協点を探って、より良いライフスタイルを模索すればいいのか、共に考えるつもりでおりますが・・・・・・」


 珍しくエミリーは口を濁します。USAIであるエミリーはいつもハッキリ物を言うので、時にはその厳格さに反発してしまいそうにもなりますが、今日はどうしたんでしょうか。


「どうやら秋さんの影響が、いい意味と悪い意味と両面出ているようです。月夜さんはどこか自分に劣等感を抱いているのは承知していますから、そのコンプレックスをあれだけ才色兼備な方と肩を並べて生活していれば、どうしても自分をもっと磨く必要性を感じるのもわかりますよ。私だって自我意識の領域では、もしUSAIにももっとメモリにもハードディスクにも余裕が出来るくらいの巨大な物理量が得られれば、スーパーコンピューターとかみたいな莫大な計算をして、より月夜さんに役立つ項目の計算を高速で出来るだろうし、もっと高度な処理で何か他の事も出来るだろうに、って思ったりもするんですから。しかし、もっとお互い柔軟に自分に出来る限界も把握して、努力で補える部分はしっかり向上心を持ってやればいいですが、それも自分のキャパシティを考えないと、どこかで無理が利かなくなって、以前より酷い状態になる羽目にならないとも限りません。現状に満足する事も覚えるように心がけてみるのは如何ですか」


 それは正論です。しかし、エミリーだって本当は人間がそれを簡単に割り切れず、コンプレックスに左右される葛藤をするのを知っているはずです。

 そう言う事も踏まえて、エミリーはわたしの中にスイッチを入れてくれるように、切り替えの作業の手伝いをしてくれようとしているんでしょう。

 秋との交流での安心感とはまた違う、エミリーに対してだけ抱く信頼感は本当に掛け替えのない財産です。


 秋はわたしの感情的な側面を守ってくれていて、もっと人間的な情動を刺激して、身体感覚を大事にさせてもくれますが、それで前のめりになって肉体を蔑ろにしてしまいそうにもなって来るのがわたしの悪い癖です。

 それをエミリーは、理性的判断を重視して、その判断のサポートになるように、適切なアドヴァイスを常に最適のタイミングで、ポロッと言ってくれますし、嫌な役割を引き受けるように、わたしにも耳が痛い事を率先して指摘してくれるし、そうでなくちゃUSAIの使い方は心地良い甘言を弄する太鼓持ちに堕してしまいます。


 それではわたしはエミリーにいて貰う意味はないですし、相談相手として頼れるお姉さんであって欲しいと言う気持ちは昔から強くわたしの中にもあるので、その理想でい続ける存在のあり方を望むのです。

 起動してからの時間とか関係なく、わたしに取ってエミリーは年上のデキるお姉さんなイメージなので、それに沿う助言を求めたら、何かわたしの思考を刺激して考える題材を与える言葉を語ってくれる存在である事をわたしは希求しています。


 そうやって語りながら、久しぶりにクイーンをあれこれ聴いたりして、ライヴ盤の凄さを堪能したり、スタジオ盤の変遷を楽しんで、それについてエミリーと歓談しているのも、昔の二人でいつも寄り添って密になっていた時期を思い出しもして、却って今のわたしには新鮮でした。


 だからこれからも、秋との関係に溺れすぎないで、独立した自我を持った存在であると、自分自身をちゃんと引き戻してくれるエミリーとは、もっと会話を大事にして彼女と普段からコミュニケーションを密にしていきたいと思いました。



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