第11ー13話二人のデートは勉強デート

 エスコートなんて言うから何をするのかと思えば、当日にいつもわたしが外に出る時に、暑すぎてやってられない為に差している日傘を、あろう事か秋はわたしが荷物も持っているからと言って、傍で持っていてくれたのです。

 だから相合い傘にはなりようはないのですけど、二人で並んで歩けたのもあって、いつも以上に幸せでした。


 ふと思い出すと、姉はわたしの今の状態を喜んでくれるだろうかと、少し気になってしまうのですが、それは自分の事のようにわたしに寄り添ってくれた彼女だから、当然祝福してくれると確信して、ちょっとはトラウマとも向き合えて来たかもしれません。


 紺さんの経営する〈ヴィレッジ・グリーン〉に入ると、適当な席に陣取って、注文するのですが、紺さんがそわそわしてるので何かと思えば、そうでした。楓ちゃんと交流して刺激を受けたのか、絵画を壁に掛けていたのです。

 と言っても名画を教えられているので、その影響でか当たり前にレプリカを色々掛けているみたいです。


 しかし楓ちゃんからの伝授だからか、チョイスが少しおかしいのではないかと思ってしまいます。

 セザンヌの「三つの髑髏」とかピカソの「座る女性」、それからマティスの「窓」にキルヒナーの「月下の冬景色」やカンディンスキーの「白いフォルムのある習作」なんかが並んでいます。

 その中に何故かジェントル・ジャイアントのファーストアルバムのジャケットとか、グリーンスレイドの一枚目と「ベッドサイド・マナーズ・アー・エクストラ」が並んでいるし、ボブ・ディランが描いた絵を使っているザ・バンドの「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」とか、どう言うチョイスなのか恐らくこれは紺さんの趣味なのでしょうね。

 そう言うのが存在して、しかもどれも拡大されているのですが、何だかどう言う店なのかますますわからなくなってしまいます。

 更に流れている音楽は、初期のフリートウッド・マックだし、随分渋い所を攻める所が融合している感じなのですが。


 そうやって見渡してから、わたしは何気にどう言えばいいかわからなかったので、


「楓ちゃんの趣味大分出てますね。でも混交させすぎて、かなり統一感はなくなってますけど、これってお客さんには受けてるんですか」


 なんて言ってしまいます。そりゃあ、名画と言っても変なのばかりだし、あのおじさんのジャケとかどう言う意図なのかとか不思議で仕方がないくらいですし。そうすると、紺さんの言うにはこうだとか。


「いえ、色々な奇妙な絵を展示してみようかと思いまして。時期によって、違う物にしてみるつもりですし、そうすると美術館の展示替えみたいでいいでしょう」


 と冷静に言われてはどうする事も出来ません。客足が途絶えないで、ちゃんと経営出来るのなら、わたしのように常連客でもない人間が口出ししてはいけないのでしょう。第一、楓ちゃんのセンスを共有する紺さんです。その運営方針について来てくれる人も多いのでしょう。


 そんなわたし達のやり取りをぼんやり見ていた秋は、ハッと我に帰って紺さんに注文をしてから、勉強道具を取り出します。

 わたしも紅茶のレモンを注文して、早速宿題をまず開始します。紺さんはそれを受けて、すぐに作ってくれて、素早く注文が出て来ます。

 紅茶を作らずに飲めるなんて素敵ですね。と思って、とにかく素早くこちらもノルマの宿題を終わらせてしまいます。


 その後は、最近わたしも秋の影響下にあるからか、秋の使っているテキストを借りて、ドイツ語の勉強なんかを始めているのです。

 並行して英語ももっと勉強しようとしているのですけど、結構文章を読むのは骨が折れるのがわかって、結構宿題よりもしんどい気がします。

 学校の英語では、そこまで生きた英語で読解してないと思うので、形式的にやっているかもしれなくて、普通に色々英語を触れていると、ああこう言う言い方するのかって発見もあるから面白い事は面白いのですが。


 そうそうドイツ語でしたね。

 これは将来的には文学作品が読めるようになりたいなと思っているのですが、格変化とかを覚えるのも最初だからか大変だし、動詞なんかも変化の仕方が色々あるし、文法構造もあまり英語ほど規則的ではなかったりする上に、単語も全然わからないから、例文を読んだ時に辞書を引いて訳文と照らし合わせたりするのも難があるのです。

 しかし、敬称の二人称があるのも驚きましたし、結構柔軟な言語なのではないかとも思ったりもしましたが、実際はどうなのかはまだよくわかっていなかった時期なので、今から思えば日本語にももっと向き合うきっかけにもなったし、異なる言語体系にはその中で色々な言い回しがあるし、その言語の良さはどんな言語にもあって、大変視野が広がっていったので、秋がドイツの血を引いていて、その勉強をしていたのは、わたしに取ってもいい影響だったので良かったと思っています。


 秋は出て来た時に、砂糖とかを入れてくれたりして、それくらい自分でやるのにと思ったのですが、どうも今日は何から何までやってあげようと言う、微妙に勘違いした意識になっているみたいで、それを突っ込むのもどうかと思ったので、黙ってそれに甘んじる事にしていました。


 ポール・バターフィールド・バンドやらストーンズの初期みたいな、ブルーズ・ロックがやたらと今日は掛かるようで、ちょっと集中力もあがった気がします。

 紺さんの気配りなのかと考えてしまって、何やら楓ちゃんから伝わっていて根回しによる工作が済んでいるのかもとか疑って、まぁ恩恵を受けているのだからあまり気にしない事にしました。


 ドイツ語を小一時間やって、また他の宿題に取りかかって、それからまた休憩を入れながら、ドイツ語をやったりして、結局夕方までみっちりと勉強が出来たのですが、これって果たしてデートと言えるのでしょうか。


 そうして夕方で暑いながらもちょっとはマシになっていたので、傘は差しながらも秋の手をしっかり握って帰って、そう言えば昨日はああ言ってたし、行き帰りに手を繋いでくれているのは約束通りだから、義理堅い性格でもある秋に嬉しい気持ちで帰路に着いていたようです。

 だから世間的に言うデートかどうかは、わたしも秋もそんなに頓着せず。



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