第11ー10話マグカップを巡る二人の問答~月夜のこだわりの巻
ふふふ雑貨屋さんにやって来ましたが、今日のここには紺さんはいないようなので、お互いのセンスが問われる審判の時であるみたいですね、と意気込んだはいいのですけど、どうやってあの事実を伝えればいいのか、それの暗示するものを教示するのは、もしかしてかなり恥ずかしい類の告白に思えて来て、でもこの鈍感イケメン女子には思い知らせてやらないといけないのは確かだから、わたしよ勇気を出すのです、と自分で自分を励ましながら、とりあえず棚を眺めていると、秋が何気なく昼間の話の件について疑問を素直に提出します。来た。
「ねえ、さっき言ってた無視してる事って何なのかな。私、本気で何を月夜にしちゃったのかわかんなくて混乱してるんだけど。機嫌を損ねたなら謝るから、何で怒ってるか教えてくれないかな」
どうやら混乱こそ我が墓碑銘とまではいかないようですが、戸惑いを隠せないと言った所でしょうか。そう言う時に男子が相手だと、そんな所が駄目なんだ、自分で何が悪いか考えろと言うべきって発言は目立って語られている気がしますが、わたし達は女子同士。
それはいいとして、しかし秋の巧みな責任回避能力には多少ムっと来るものがありますが、ここで怒っていてはビタミンが足りないと某ボーカルに言われてしまいます。ならば、素直に照れないように事実を突きつけてやるのが筋ってもんです。
「いい、あのグラスのコップ。あれのわたしが意図したものに気づかないでずっといるのが問題なの。せっかく紺さんが機転を利かして選んでくれたのに、もう。あれはね、ウサギが餅つきしてる十五夜の風景が絵になってるでしょ」
「う、うん。そうだね・・・・・・」
まだ何も理解していないと言う顔です。ちゃんと皆まで言わなきゃわからん、鈍感女子なのですから、もう手取り足取り教育しないといけないのは骨が折れますけど、覚悟している事です。
「だからね、そこの所に文字も書いてるのよ。あれ、英語で書いてるんだけど。ここまで言ってもわかんないかな」
「いや、そんな部分ちゃんと見た事なかったから、わかりません。教えて頂けるとありがたいです、月夜先生」
何だか畏まってますが、あなたコップのデザインを見てなかったんですか。そりゃあ気づくとかの領域にまで行ってない訳です。引っ張りましたが、言ってやります。
「その文字にはね、わたしのには月の夜。秋の方のには、秋って書いてあるの。こう言うとどうも照れくさいけど、秋の事ばかり考えるようになって、お揃いに出来るならこんな風なピッタリの物はないと紺さんに見せられた時に思った訳なの。だからここまで用意周到にしてるんだから、もうちょっとロマンチックなイメージを持って欲しいって事なの」
のを多用した言葉遣いになってしまってますが、比較的熱を帯びた発言になってしまっているので、許して欲しいです。
そう言って秋の顔色を伺うと、初めて納得した、あのコップにそこまでの意図があったのか、今まで無頓着でごめん、って言うかそれじゃ確かに無視してると思われても仕方ないよね、みたいな申し訳なさそうな視線と顔色です。
「本っ当にごめん! 全然私気が利かないよね。あ、もしかして何か冷たい飲み物入れたりする時に不自然にジェネシスの『月影の騎士』を掛けてたのは、そんな意図があったのかな。とにかく謝るから、許して下さい。ごめんなさい・・・・・・」
いや、そこまでされたら、こっちが恐縮してしまいます。頭を上げてよ。って言うか、そんな選曲してましたか、わたし。
無意識で嫌がらせみたいな事やってたわたしに、今自己嫌悪に染まりそうですが、別にそれを言うとおかしな事態を広げそうなので黙っている方が良さそうです。
「あのさ、だから今日は何か私が選ぶよ。・・・・・・そう! コップがあるから、湯飲みかマグカップにしよう。あ! これなんかどうかな、猫だよ。可愛くない?」
グイグイ来ます、秋さん。わたしはちょっとたじろいでいますが、言う事は言っておかなくてはいけないでしょう。しかし、その種類のチョイスはありだと思います。
「えーと、悪いんだけど、わたし猫って皆が好きでも顔がグロテスクに見えて好きじゃないんだよね。だからネットでもSNSとかで出来るだけ猫画像に遭遇しないように気をつけてるくらいだから」
あ、やってしまった、と言う顔をまたする秋さん。
いやあ、わたしの我が儘なので、ここはわたしが気まずく思っているんですが、今度はなんか凄く気配りがされて、全然何も進んでいないのにキュンとしてしまいます。
「ああ、私って何て無神経なんだろう。そんな月夜の事知らなかったなんて。じゃあ、これは?」
今度は椅子にギターが立て掛けてある凝ったマークのマグカップ。
何でこんな商品があるんだと思惟して、ここ変な商品置きすぎじゃないかと思考して、ついにこれあのロッキング・チェアのアルバムのジャケットみたいじゃないと思念してしまい、興奮が抑えられなくなります。
「これ、何でこんな凝ったデザインのがあるの? 印刷かな。描いてるんじゃないだろうし、これ二つで椅子とギターの位置と向きが逆じゃない。左に椅子向いてる方取っていい? 今日は帰ったらハウリン・ウルフ掛けよう。ヒューバート・サムリンのギターも、サイケなウルフが嫌ってるって書いてるアルバムも聴こう。これにしましょう。秋ったら、ナイスじゃないの」
一気に捲し立ててしまったので、秋は若干引き気味のように見えます。でも何だか意味がわからないけど、喜んでるとわかって嬉しそうに顔を綻ばせました。
いや、だからどうしてこちらが歓喜してるのか、もうちょっと頓着して下さいな。それが悪い所ですよ。
「こ、こ、これ。あ、あのさ、アルバムジャケットに似たのがあるのよ。そ、それでね? 偶々秋がこれ咄嗟に選んでくれたから、ああ何でこんなに秋はわたしの好きな物をわかってくれるんだろうって思ったら、運命感じちゃって。でも、秋がいいと思う物じゃないといけないわよね。別のも探しましょ、わたしの我が儘だけで選んじゃ駄目だよ。二人とも気に入ったマグカップじゃないと」
ああ、そう言う事かと得心がいった様子で、ははははと笑いかけてくれます。
「いや、これでいいんじゃないかと思うな。だって、格好いいよこれ。コップが可愛いのだから、こっちはガツンとしたのがいいよ。我ながらナイスチョイスかなぁ。月夜が気に入ってくれて良かった。じゃあ、お会計してくるね。待ってて」
そうやってレジに向かう秋の後ろ姿を見ていて、何でかわたしはスカートの下から覗く生足が綺麗だなぁとか、不届きな事を思っていたのですが、変に秋がタイツとかルーズソックスとか違う方面のお洒落をしていなくて、普通のサイズのソックスで足が普通に見える姿で良かったなぁと妄想はエスカレートしそうで、秋の制服姿に目を転じてみて、いやぁ格好いい女子の女子用制服はこんなにもいい眺めなんだと、またもどうしてこんな時にこんな事を思うのか、そんな風に疑問を自己提出してみると、秋がスパッと素晴らしい態度でわたしのハートを鷲掴みにして、テキパキした行動を見せてくれるのが、わたしの乙女心にキュンキュン来ると言う、何とも単純でいかにも簡単な女だと思われないか心配ではあるのですが、よく考えれば秋はそんな風な邪な思考法をする人ではないのがわかっているので、安心していいでしょう。
と言うか、わたしは何一つ役に立ってませんよね。
秋にチョイスを委ねるだけで良かったのかと、頭を捻りますが、そう言えば前のも紺さんの選択じゃないと思い当たり、ああわたしって何かを選ぶ力がないくらい、優柔不断って言うか決断力がないのかなと、不安にもなりそうでしたが、そんなに考えないようにして、あのマグカップを眺めながら音楽を聴く事に思考を向けようとしました。
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