第11ー2話保健室での出来事

 最初にクラス表を見るのは、新しい年度になれば恒例ですが、わたし達が行った時は人だかりがまだ解けておらず、中々見る事が出来ずにやきもきさせられました。


 ようやく順番が回って来て、順番に眺めていると、三組の欄に二夜月夜の名前を発見して、担任もまた桐先生だったので、まさかと思うと野分ちゃんも砂糖さんも鬨子さんの名前もあったので、ははあ先生は新規に生徒の情報を覚えるの嫌さにこんな構成にしたんだな、しかし授業では様々な生徒を相手にしているんだから、そんなに新鮮なクラスになっても苦労しないんじゃないかと思うのですけど、物理の授業は選択制でもありますし、そう言う訳にもいかないんでしょう。


 それでつらつら眺めていると、ヘルプストナハト秋と言うのを見つけて、ああなるほど苗字から書くのを徹底させないと変な事になるから、わざとにそう言う表記にしたんだな、ダブルだったりする人の外国名の苗字も大体が苗字から表記していると納得して、ちょっとの間を置いてからわたしは秋と同じクラスになれたのをじんわりと噛み締めました。


 そうしていると、秋がギュッとして来て、一緒だーとか言うので、秋の香りがふわりと漂って来てクラッとしたので、変に強く気を持って、


「そうね、良かったわ。皆一緒だと、気を遣わないでいい相手が何人もいて」


 と何ともいつものわたしの対外関係への能力を大概にしとかないとってほど、発露してしまっているのはもう秋も慣れているはずなのに、


「えー、もっと喜ぼうよ。こんな時までクールに決めなくてもいいんだよ」


 なんて真面目に返すので、秋を振りほどいて、教室に向かいます。二年は場所がまた変わるようで、最初はまだ戸惑いがあります。


「あ、待ってよ」


 と言う秋がついて来るのを嬉しいのを隠している訳ではないですが、何だか表向きは不機嫌な人間みたいにしながら歩いて行ったのです。


 それで後は式やら、気怠そうにする桐先生の挨拶やら注意事項、去年もそうでしたがもういきなり委員を決めたり、ジェットコースターのようにやるので疲れるのは毎度の事ながら、もうちょっとゆとりが欲しいなと思ってしまいますよ。


 だからかちょっと休んでから帰りたいって事で、秋に付き添われながら保健室に行きますと、杏子先生が通常営業で微笑と共に待っていてくれています。


「あら、二夜さん。やっぱり今日は疲れちゃった?」


「はい、少しだけ休ませて貰っていいですか。あ、それと今年もお世話になると思いますので、よろしくお願いします。先生に一番面倒かけてるのわたしですよね」


 わたしの自虐にふふっと杏子先生は笑って、またこの子は変な事気にしてと言う感じで、ニコニコを崩さずに語りかけて来てくれます。


「そんなのいいのよ、これが私の仕事なんだし、二夜さんはちゃんとフォローがされるからってこの学校を選んでくれたんでしょう。それに今では、至れり尽くせりな王子様がいるみたいだしね」


 少しのからかいを忘れないのが、やはり大人の冗談なのでしょうか。わたしは妙に杏子先生にそれを知られている事に、極度の赤面をしていた記憶があります。


「いえ、あの、秋は別にそんなにアレって訳でもなくて・・・・・・」


 モゴモゴ言うわたしの言葉は誰も聞いていません。仕方がないから、それは気にしないように努めて、秋と一緒にソファに座ってから、ふーっと腰を落ち着けます。


 それでわたしは一人でぼんやりしていたら、秋は同じようにしているのかと思いきや、じっとわたしの顔を眺めているのです。

 よく飽きないなと思いますが、確かに好きな相手の、しかも恋人の顔なら幾らでも観察出来る自信はわたしにもありますから、当たり前の事ではあるのですが、ちょっとこうも先生のいる所であからさまにされたら、さっきの事でまだ意識しているのに落ち着けないではないですか。


 敢えて無視してぼーっとしようと努力していると、教室の戸が開いて、


「ああ、もう嫌。疲れた。杏子、紅茶入れてくれ。あれあっただろ、あの甘いやつ買って来てたよな、冷たいの。常備してるの知ってるぞ、ここはいいよなあ」


 とかダラダラした聞き慣れた声が聞こえて来たので、入室した人物を見ると、やはり円座桐先生その人でした。


「はいはい、桐さん今年も担任ですから大変ですよね。でもまだ部活の顧問とかやってないだけマシですよ。最近は外部委託が増えてますけど、先生で負担していらっしゃる方もおりますし、もうちょっとシャキッとしても罰は当たりませんよ?」


 うぜーと言う様な顔をして、ヒラヒラと桐先生は手を振ります。


「お説教なんて聞きたくねーよ。とにかく私は面倒事が嫌いなんだよ。ストレス溜まったら、お前の所に来るしか癒やしがねーんだから。ああ、今日もお前の家に行こう。それであれこれ紅茶の飲み比べして、盛り上がろうじゃないか」


 紅茶を飲んで夜二人で過ごすって、桐先生面白いなぁと感じてしまいますわたし。


 わたしは睡眠導入剤とか軽いのでも飲んだりしているので、お酒は基本的に飲めないので、人の事は言えないのですが、普通大人ならその場合家ででもビールくらい飲みそうなものですが。


 それにちょっと待って下さい、あなた達しょっちゅう家に通う関係なのですか。


 わたしがはあーっと思っていると、桐先生はこちらに気づいたようで、


「何だ、二夜にヘルプストナハト、いたのか。ああ、確かに初日はきついよな。私もやんなるよ。でも休憩したら、さっさと帰れよ。終わってから部活もないのに、ダラダラ学校に残っても仕方がないしな。それに今のこいつは、もう私のモンだ。お前らに割くリソースはない」


 うん、何か血迷った事おっしゃっておられますね、先生。

 なるほど、普段から低血圧みたいに無気力に過ごしている桐先生ですが、杏子先生の前だとこうなるんですね、覚えておこう。

 秋も圧倒されているようで、かしこまっているようだけど、杏子先生が桐先生をたしなめて我に返ります。


「駄目ですよ、まだ職務中なんですから。二夜さん達、まだいていいからね。授業はわかりやすくするって評判なのに、どうしてこうもだらけるのかしら」


「うるせー。楽する為には、理解しやすいように噛み砕いて説明しなくちゃ、後で面倒な事になるんだよ。あ、そうだ。ヘルプストナハト、お前の事情はお父上から聞かせて貰った。ちょっとどう言う対応をするべきか学校も困るんだが、一応その件についてはお父上と二夜の家とは話はついてるんだな?」


「あ、はい。あの後、月夜のお母さんと父が電話で話して、ちゃんと決まりました。とにかくあまり迷惑は掛からないようにしますので、変に目を付けないでいてくれると助かりますけど、そうもいかないですよね・・・・・・」


 ああー、と顎を掻きながら、桐先生は嫌な事引き受けちまったなと呟いて、


「いや、それならいい。学費が本当に困るようなら、ちゃんと奨学金の書類も揃えてやるから、何かあったら幾らでも相談に来い。二夜の事見てたら、お前もこの学校はアフターケアが行き届いてるのがわかるだろう。まあ、保健委員には負担掛けてしまうんだが、そこの改善点をどうするかはまだ未定なのでな」


 やはりキリッと生徒の事を考えてくれている時の桐先生は、惚れ惚れするくらい格好いいです。

 これだけクールに対応して気を張り詰めているから、杏子先生との間では息を抜けるんですね。甘えられる相手がいると言うのは、とてもいい事だと思いませんか。

 杏子先生はいつもと変わらず丁寧ですけど、二人きりになったらどうなるのか、ほんの少し気になってしまうのは人情と言うものですが、野次馬根性とも言われそうではありますね。


「二人の邪魔しても悪いし、家でゆっくりしよう、秋。家でなら幾らでも、わたしの事見ててもいいからね」


 そう言い、鞄を持って立ちます。秋はそうだねと言って同じようにします。

 おい、と桐先生が言うのも構わずに、そそくさとわたし達は教室を後にしました。他に生徒が来る事もないでしょうし、存分に二人でいちゃついて下さいな。

 普段の授業が始まれば、結構な頻度で杏子先生はわたしが独占する事になるでしょうしね。



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