第10話
第10ー1話秋の対決の時
10
春休みになって、わたしは次の学年になったら、秋と同じクラスになれないかなと思いながら、暖かくなって来たので、少し体調も良くなって、ちょっとは小説を書けるようにもなっていたのもあって、小説サイトに投稿したりなんかしていました。
あまりいい評価を最初から受けているとは言えないのですが、少しずつ読まれてはいるようで、どれだけわたしの奇天烈な世界が伝わるか心配でしたが、一応は読者がいてくれるのは励みになると言うものです。
そうして、秋が外出して帰って来るのを待つ間に、ジェネシスとかジェントル・ジャイアントとか好きな音楽を聴いていたら、結構時間が経っていたので、秋の帰ってくるのが遅いなと思っていたら、外で何やら話し声が聞こえて、どうやら言い合っているようですが、片方は秋の声です。
何だと思って、ドアを開けるとそこに秋によく似たシュッとした中年女性がいたので、思わずわたしはドキッとしてしまいました。
この原稿を秋に見せていたら、秋にはそんな事思ってたのとちょっとムッとされたので心苦しいのですが、とりあえず書ける範囲の事は出来るだけ網羅していこうと思っているので、あまり重要でない箇所と勝手にこちらが考えている所と危険な描写以外は書いていく所存ですので、このように秋に抗議される事態にもなってしまうのは仕方がない事ですね。
で、その女性が秋に迫っているのですが、わたしが秋の名前を呼ぶとこちらを二人が向いて、秋が助けを求めるようにこちらに駆け寄って来ます。
「月夜~、母さんに見つかっちゃった。あまりにも父さんの所にいるのが長いから、おかしいと思って、外で見かけた時につけて来たんだって」
はあ、そりゃあそう言う事にもなるでしょうね、とわたしは冷静でしたが、どうも秋にはこの親の言うなりにはなろうとはしない意志を強く感じるので、出来るだけわたしも力になりたいと思って、秋を家に入れます。
普通に秋の母親もついて来るのですが、どうも拒む事も出来ないまま、中に導いてしまいます。
一度、対決と言うか、ちゃんと向き合わないといけないと思うのです。
「この家にお邪魔してたのね。迷惑だったでしょう、あなた。しかし、あなたも秋を誘惑しないで貰えますか。秋は今大事な時期なんですからね。変な情報を与えられては堪ったもんじゃない」
「母さん、月夜を悪く言わないでよ。家になら帰ってもいいから、とにかく話を聞いて」
秋が家に帰る?
それはわたし達の蜜月が終わりを告げると、そう言う事でしょうか。
しかし確かにまだ高校生ですし、親が帰って来いと言うなら、家から学校に通う方がいいでしょうが・・・・・・。
「当たり前です。ああ! あの時、もっとハッキリ言っていたら。こんな危険な情報源になるお友達なんて、もう付き合っちゃいけませんよ。あなたが勝手に堕落するのはいいけれど、うちの秋を巻き込まないで頂戴。全く、汚らわしい」
何て酷い言われようでしょうか。わたしが誘惑したんじゃなくて、秋が最初に食いついて来たんですけど、まぁそれはどうでもいいのでわたしが黙っていると、秋が反論してくれます。
「だから月夜の事を悪く言わないでったら。月夜に謝って。それにもう私、母さんの言いなりにはなりたくない。自分の好きに自由に生きるんだ。月夜に会って、私何もない自分から変わったんだから。母さんみたいに他人の考えを全部排除していくのなんて、絶対に間違ってる」
月夜の母親は、クラクラとした仕草をして、少しばかりショックを受けているようでしたが、キッと向き直って秋に強く言います。
「いいですか。神様の為に生きようと思えば、とても厳しく道徳的に生きねばいけないんですよ。神に間違いがありますか、ありません。全ては神の思し召しであり、神の為に人間はあるのですから、こんなに現代社会の毒に塗れていてはいけないのよ。あなた、ちょっとこの耳障りな音を消しなさい」
ああ、と思いついて、わたしは絶賛現在も音楽を掛けている事に気づきました。
今再生されているのは、ジミヘンのシングルコレクションの意味合いもある存命時に出たベスト盤だったので、確かにうるさいと言われるのもわかります。
わたしはエミリーに言って、音楽を停止して貰います。
わたしが言うまで、エミリーが秋の母親の言葉で動かなかったのは、凄く頼もしくてわたしのUSAIであるとわたしが誇らしくなるほどです。
「ごほん。とにかく、こんな家にいるのは、吐き気がしそうなほど危険なの。秋はそれが嫌ってくらいわかってるって思ってたのに。こんな時代だからこそ、清く正しく生きるのは、相当覚悟がいる事だし、難しいわ。でもだからって、神に背く享楽なんかに身を委ねてはいけないのが何故わからないのかしら。聞いてるの、秋?」
秋は強ばって黙ってしまいます。今なら、わたしにも秋が何故あれほどまでに、性に臆病で慎重だったかがわかります。
この母親の強い呪縛があってこそなのです。ある意味で淡雪さんに近いかもしれないと思います。なので、わたしが少し言ってやろうと思って口を挟みます。
「あのお言葉ですが、お母様。神の事を盛んに述べられますけど、それは何によって担保された正当性なのでしょうか。神が命じたからとか、神は全知全能だとか、神だからとかトートロジーを聞きたいのではありませんよ。だから、悪なる概念はどんな世界にもあったとしても、何か不公正を糾す正義ですら、何物によっても絶対的に保障される正当性なんてないのではありませんか。だから慎重に皆で言論によって討議をしなければいけない。それによって絶対知にたどり着く訳ではなくても、必死に前に進んで来たのが、今の世の中です。それを神の時代の価値観に戻してしまえば、先人が血の滲む思いで克服しようとして、今もまだ頑張っている我々の世界を、全部引っ繰り返してしまいますよ。聖書の時代はもう古いんです。進化論を教えない学校なんて論外でしょう」
こう一気に言って、わたしが一息入れていると、秋の母親はわなわなと震えています。よっぽど、わたしみたいな小娘に反論されたのが悔しいのでしょうか。それよりもどう言ってやろうかと思っているのかも。
「・・・・・・あなたのような、何の信念もない人が侮辱していい存在ではありませんよ。それは罪な事なのがわからないの。神を信じていれば、全ては上手くいくと言うのに。享楽に耽り、神の掟に背くから、ソドムの村は滅ばされたのがわからないのかしら!」
ふー、わたし、ちょっと頭が痛くなって来そうです。
「あのですね、あの話も例え話ですよ。それにその論理でいけば、自然災害で被害を受けた場所は、全て神の怒りによってなされたとか、戦争で死んだ人間は罪人だったとか、そんな一言で言ってそれこそ許されない発言に聞こえますよ。
何者でもない自然による法則が支配しているからこそ、この世はままならないし、思うようにコントロールしようとする実験や試行錯誤がされるんでしょう。
秋にしたって、どう言うのが堕落だって言うんですか。わたし達が享受している文化が何かも知らないで、偉そうに昔のPTAみたいに抑圧だけするとか止めて欲しい。こんなに侮辱されるなんて、わたしの方が腹立たしいです。秋の母親なら、秋をもっと理解してあげて下さいよ」
「まあ、何て事を言うんでしょう。そんな文化があるから、様々な古来の美しい世界が破壊されてるって言うのに。あんな馬鹿げた音楽を聴くんなら、バッハやモーツァルトを聴きなさいな。そうやって私は秋を教育して来ましたよ。あなた達は、人間から尊厳を奪う為に、あれこれ工作しているんだわ。だから、神が罰を与えるのよ。そうして荒廃して来たじゃない、この世界は。聖書の教えに戻らないと大変な事になるわよ」
わたしの言葉にも懲りずに反論して来ます。と言うか、反論ではなくて、自分の言いたい事言ってるだけですよね。そうやって誤魔化して何が嬉しいんでしょう。大体、そんな事言うこの人が聖書の内容を、キチンと聖書学として理解しているかも怪しいですよ。
「それはあなたが守ればいい話で、秋には関係ないですよ。秋には秋の良心の自由ってものがあるし、信仰の自由だってある。それを親であるあなたが、思い通りにコントロールするなんてあってはならない事なんですよ。それでは虐待です。
それにバッハを引き合いに出すのは止めて欲しいですね。バッハが素晴らしい音楽を作った事はわかりますが、ロックミュージシャンの中にだって影響を受けたり、バッハの曲を下敷きにした曲を作っている人だっているし、音楽の歴史を鑑みないで、ちょっと電気楽器を使っていたり過激だったりする物を、有害指定するなんて馬鹿げてる。そうやって表現規制にまで手を出したら、酷い結果になった時期をご存知ないはずはないのに」
何だか、わたしの息も荒くなって来ます。どうやら、これだけ腹が立ってイライラしているからか、少し心臓の鼓動もおかしいようです。
パニックになりそうな気配もあって、わたしは段々怖くなって来ましたが、今引いてはいけない戦わなくちゃと気を強く持ちました。
「秋がどんな生き方しようと、秋が独り立ちするまでサポートしてあげるのが、お母様の役割ですよね。親の役目は秋を縛る事じゃないはずです。お願いです。秋を自由にさせて下さい」
怒りを露わにして、秋の母親は立ち上がろうとして、秋に詰め寄ります。
「あなたに母親呼ばわりされる筋合いはありません。ほら秋、帰るわよ。みっちり、二人で話し合いましょう」
そうやって腕を取った母親を、秋は振り払うのです。
「あ、秋?」
「嫌だ。母さんが狭い世界で生きて来たのは、よくわかったんだから。だから父さんとも上手くいかなかったんだよ。父さんは、偶に会うといい人だし、私には優しいもん。それにこれは言わないでいようと思ってたけど、言うよ。いいよね、月夜?」
わたしの方を向いて確認して来ます。えと、ああ、そうか、わたし達の事を言うつもりなんだと思いつき、わたしは無言でこくりと頷きます。
「いい? 私達は付き合ってるの。友達としてじゃないよ。恋人なんだ。母さんは反対すると思ってたけど、多分怒るだろうね」
「な、な、何ですって?」
秋の頬も紅潮しています。どうやら、秋も向き合ってみて、母親の理不尽さに堪忍袋の緒が切れる所まで行きそうなのです。
「あなた達、同性愛者なの? 駄目よ、秋。こんな子に誑かされちゃ。騙されてるのよ。あなたにはいずれ、いい相手を見繕ってあげるから。そんな神に背く様な真似・・・・・・第一気持ち悪いじゃない・・・・・・」
「いいからもう帰って。私は月夜を本当に愛してるんだ。母さんにその気持ちはわからないよ。それでもそんな事言うんだったら、母さんなんてもう知らないから」
「考え直すのよ、秋。今からでも引き返せるわ」
そうやって言っても聞かない母親に見せつける為か、秋はわたしの側に来て、わたしの唇にキスをします。これが証拠だと言わんばかりに。
「こう言う関係なんだから、もう放っておいて。母さんとは住む世界が違うんだよ。変質的な信仰に、私を巻き込まないでよ。もううんざりなの!」
もう言う事はないと、秋は母親を玄関の方にやろうとします。母親はかなり憤っているみたいで、すぐには声が出て来ないみたいでした。しばらくして声をあげます。
「ええ、そうですか。あなたがその気なら、もうあなたはヘルプストナハトの家の子じゃありません。どこでも好きな所で生きていくといいわ。その代わり、何の事でも私に泣きついたって、一切関知しませんからね! 私はあなたにはもう何も関わりません。ここまで私がこんなに必死に育てて来たのに、それを卓袱台返しみたいに・・・・・・」
そう捨て台詞を吐いて、母親は素早くわたしの部屋から逃げるように出て行きます。そしてかなり急いで階段を降りる音。
へたと座って、秋は呆然としています。
「はあ、スッキリした。スッキリはしたけど、これからどうしよう。学費とか払ってくれないって事だよね。バイトして足りるかな。駄目だよね。私立だし。どうしよう、月夜・・・・・・」
確かにマズい事になったようです。しかしそれならわたしは最後にどこに頼み込もうか、まだ考えていました。
幸い、そろそろあの時期でしたから、その時に必死になって、それこそ土下座でもして懇願しようかと思ったのでした・・・・・・。
しかしわたしはこの時、やはりパニックの発作が襲って来たので、しばらく安静にしていなくてはならなくなり、その事について考える余裕がもうありませんでした。
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