第9-3話続・秋の看病

 それからしばらくは寝込んでいたのですけど、秋がお粥を作ってくれたり、冷たい飲み物をストローで飲めるように、容器に蓋を出来る入れ物に容れてくれたり、随分と献身的に世話して貰って、かなり救われました。

 エミリーは仕事を奪われたみたいな事を言っていましたが、まぁ放って置いて構わないのではないかと思われます。


 しかしわたしがどれだけ秋のしてくれた事に感動しているか、どんな風に皆さんに伝えればいいでしょうか。

 幼少から寝込む事は多々ありましたが、母は医者でもすぐに産後復帰して、エミリーや父に任せていましたし、エミリーや姉に面倒を見て貰う事が多かったわたしには、人間の女性に優しくされるのがどれだけ感動的か。

 いや、もちろん母も優しいのですが、あまり交流する事が出来ないほど、激務であるので寂しいのは仕方がないし、それで給料がいい為に楽な暮らしや、こうして離れて私立の学校にも通わせて頂けるのを感謝しなければいけないし、そもそもエミリーを購入してくれたのだってそうだし、今回一人暮らしする為に、人間用のロボットパーツまで買ったのですしね。


 いえ、家にもそれ用のロボットは置いていました。それが幼少からのエミリーによる育児と言えない事もないですしね。

 でも、更に自分で使う為に買ってくれたのは、両親でしたので、本当に彼らはワーカーホリックでありますが、愛情はあるのだと思いたいです。

 相談にはすぐに乗ってくれていましたし、それに姉が悩み続けるのにも寄り添っていました。


 はい、これだけ言えばいいだろうか、伝わるかなと不安ですが、とにかくそうやって優しくされるのに慣れていないわたしは、秋の見てくれている前で、ボロボロと泣いてしまいました。

 しかし、そんなわたしに秋は、タオルで涙を拭ってくれて、それから鼻水をかむ為のティッシュまで渡してくれたのです。

 そう言えば、本を読んでいて、イギリス人が中国人は紙で鼻をかむなんて言っているのを見て、ハンカチとかでかんで洗濯するまでどうするんだとか、大量に鼻水が出る事もあるだろうに、なんて思ってしまったのを思い出しましたが、今は欧米ではどうしてるんでしょうね。


 それでその数日間の間、結構しんどい状態でしたが、大分落ち着いて来た夜、寝る前に秋が頭を撫でてくれて、もうちょっと休まないとねとか言われてるのを聞きながら、それを遮るようにわたしは秋に要求と言うかお願いします。


「ねえ、寝る前に今日はキス、して。安心して眠りたいの」


「しょうがないなぁ。はい、どうぞお姫様」


 わたしの望みがわかっていると言わんばかりに、ちゃんと軽く口にしてくれたので、わたしは満足です。

 やはり秋はわたしをお姫様と言ってくれもしたので、王子様で決定ですね。

 それでも隣で寝るのだから、少し何か話しておかないと、なんて思ってちょっと変な事を言ってしまいます。


「ねえ、秋はもうスポーツはやらなくていいの? ああしてたら、受けがいいんじゃないの。わたしに合わせてばかりじゃなくて、大会に出てもいいのよ」


 ははは、と隣の布団から苦笑が漏れますが、わたしはやはりまだ秋の事がわかっていないのでしょうか。


「ああうん、今は勉強したいからそんな暇ないよ。皆には悪いけど、全部断ってるんだ。どうせなら勉強で推薦取った方がいいしね。

そもそもわたし、内申点の為とかそんなのでやってたんじゃなくて、最初の測定の時にやたらいい記録出しちゃって、色々な部から勧誘されて、それで仕方なく妥協案があれだったんだよね。

本当に月夜が気にする事じゃないんだから。それに何だか勉強も全然風景が変わったって言うか、何かの目的があれば凄く楽しくなったし、それは月夜に役立つ知識をもっといっぱい身につけたいって所に行き着くんだよね。月夜を追い越してブレーンになるくらいにまで、私は元気だから頑張りたいなって」


「そんなの、ずるい。わたしは秋にして貰うばかりじゃない。成績だって秋の方が基本的にいいんだしさ。わたしのプライドも守らせてよ」


 うーん、と唸って秋はあははと今度は笑います。


「それは芸術的な路線は、どこまでいっても適わないんじゃないかな。凄く感受性が豊かでしょ、月夜って。私には理解出来ない様なものでも、沢山面白がってるじゃない。そこはかなり尊敬してるんだ。尖った感性でいるのは、月夜が現状に満足出来ない不満を抱えてるからだと思うけど、何かの衝動ってきっと創作に大切な事なんだよ」


 そう言われて、わたしは困りました。

 姉の影響で好きになった作品を足がかりにしているので、そんなにわたしを持ち上げられても困ります。

 しかし、秋の言いたい事はわかった気がするので、素直に感謝を述べるようにしましょう。


「ありがとう。わたしがやって来た事、これからやろうとする事、色々なわたしをこんなにも受け入れてくれるのは、家族やそれに近い人を例外とすれば、秋くらいだったから」


 楓ちゃんと淡雪さんみたいな人は、芸術家肌みたいな二人でもあるし、それなりに理解されているのだろうけど、両親はわたしと姉が変な音楽を聴いていると、何か奇妙な生き物を見るように珍しい目をして、面白がっているけどそんな音楽は理解出来ないと言うスタンスだったんじゃないですかね。


「そっか。じゃあ、私が月夜のファン一号だね。と言っても恋人の座も誰にも譲る気はないけど。さ、寝よ。おやすみ」


 そんな風に簡単に大事な事を言って、秋は会話を終わらせてしまいましたので、わたしも寝る方向に向かいまして、お陰様でその日で大分回復したのでした。



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