第8ー6話月夜、婚姻制度について少し語る

 何て言うか大胆な事をしてしまって、冷静さを装う事も出来ませんでしたのに、とにかく普段通りに振る舞っていたのですが、こんな本を読んでしまったら、より憧れと言うか意識をしてしまうではないですか。


 本名未詳先生の『フラワーズ・オブ・ロマンス』。

 多分、これはポスト・パンクのバンドのアルバムからタイトルを取っているんだと思うのですが、これまた作者の先生の名前はこの通りの名前でして、安部公房の『壁』みたいに名前をなくす話なんかもあったり、作品の設定をペンネームが地でいってると言うか、とにかく前衛的な作品や変に尖った作品ばかり書いていた作家なのに、これだけ唯一の恋愛小説を書いているんですね。


 しかも百合小説。あんまり同性愛を描いた文芸小説って、今の時代だとネットの投稿くらいしか頻繁には見かけないのですが、この人はやりました。

 恋愛物語にヘテロも同性愛も関係ないだろうし、漫画のように色々な作品が増えて欲しいとわたしも思いますが、特定のレーベルだと女性主人公すら少ないみたいですし、マジョリティの市場は強いと言いますか、ニッチなジャンルの需要はそれなりにありそうなのに、供給が少なく情報も纏められない為に、売れない負のスパイラルなのかもしれません。


 もう一度言いますが、この人はやりました。いえ、出版社もやらせてくれたのです。

 それがもう乙女回路全開って感じの作品で、よくある女性向けに出て来るわたしなんかは嫌悪するタイプの男性との恋愛なんか全くなくて、平然と女性同士で胸が熱くなる様な、甘々な結末にもなる、それでいて凄く切ない展開で転がす、こんな普通に最上級の小説が書けるんだと、彼女に取っては異端の仕事に驚愕しました。


 わたしは、読みながらパブリック・イメージ・リミテッドの該当アルバムを引っ張り出して、聴きながら読むなんて、おかしな真似をしたくらいで、その際に秋が変な顔をしていたのを覚えています。


 確か前にわたしが寝込んでいた時も、淡雪さんがセカンド・アルバムか何かを聴いてたと書いた気がしますが、よく覚えてられる秋に感心しますねと言う感想を持つと同時に、あまり嵌まり込んでくれる訳ではなさそうで、実験音楽を好む女子なんて中々ネットでも見かけないですし、秋もクールだと言っていたのは、ガツンとわかりやすいロック系の音楽を聴いている時に言うみたいで、何か刺激の強い音楽に憧れでもあったのでしょうかと穿ってみるのですが、わたしも大概振れ幅がおかしくて、気分で変なのを掛ける事も多いから、やはり秋もこいつちょっとおかしいぞなんて思ったのではないかと思うものの、しかし秋は嫌な顔はせずに一緒に聴いてくれるし、楓ちゃんの手伝いをすると、わたしの作った料理については、美味しいとお世辞かもしれなくても言ってくれて、実際に不味そうにはしていないので、秋の気配りの良さは本当に落とされて見て、その上で優しくされて初めて実感出来ると言うものですよ。


 はあーっと、うっとりする眼差しでぼんやりしながら、部屋を眺めていると、秋も向かい側にいて何やら調べ物をしているようです。


 もしかしてわたしもまた色々違うパターンの書き方をし始めたから、その事の関連の検索やらしてくれているのかな、と自意識過剰になりながら、わたしはいつしか熱い目線で秋を見ていたようです。

 秋が何やら恥ずかしそうに、頬をかきながらこちらを見て、うーんと溜め息を吐いています。


「いやー、やっぱりこっちから押しかけといてこう言うのもなんだけど、自分を熱烈に見てくる相手と一緒にずっといるのは重苦しいね。もうちょっと楽にして欲しいんだけど、私が態度をハッキリしないから悪いのかな。でももうちょっと待って貰いたいんだよ。私も月夜をそう言う目で見られるように考えているって言うか、ちょっと何だか自分の意識に月夜が占める割合が増えて来たって言うか、とにかく変なモヤモヤがあるから、答えはすぐには出ないんだよ。だから、ね?」


 秋はこちらに寄って来て、頭を撫でてくれます。

 これは最高のご褒美だと思うのですが、ご褒美をして頂く謂われはないどころか、わたしはこんなにされたらまた抱き締めたくなってしまいそうで、それを我慢して俯いたまま黙っているしか出来ませんでしたが、しばらくそうやって秋はわたしを宥めてくれていました。


 その後落ち着いてから、わたしはどうしてこんなに忘我の境地に至っていたか、誤解である事を伝える為、いえ強ち誤解でもないのですが、とにかく本名未詳先生の件を話しました。


「とにかくこんな恋愛がしたいって思う内容だし、青春小説としても最高の出来だし、テーマ性の掘り下げも上手く出来てるし、ううん、とにかくこの中の二人の関係が凄く何て言うのかな、確かこの界隈の昔からの用語だと、そう、尊いって感じなの。こんな恋人が出来たらいいなって、今の時代みたいに未婚率が高かったりする世の中だから、余計に思うのよ。

まあ未だに同性婚の為の憲法改正なんてされないんだけどね。いや、わたしは本当はパートナーシップ制度が結婚と同程度の権利として拡充がされる方が望ましいんだけど。異性愛再生産に同性愛者が飲み込まれるなんて嫌だし。

つまりは結婚制度自体がなくなって欲しいって言うか。いや、現状では同性婚の方が都合がいいのはわかるし、それならそれが実現する事にも参加はしたいんだけど、でももうちょっと婚姻制度ってものをよく考え直した方がいいって事で」


 ふーんと少し遠いと言うか、輪郭のぼけたと言うか、薄明の中の一筋の光みたいな目で、秋はわたしを見つめるのです。


「うーん、本当に月夜は眩しいよねぇ。そんな風に真っ直ぐに、自分の感情と向き合えたらなぁ。わたし、自分が何をやりたいのかも、今でもよくわかってないもん。月夜の為になる事をしたいけど、どうすればそれが出来るのか」


 何だか、そうわたし中心にばかり考えられるのは、わたしは微妙に嫌でしたので、反論を強くする事にしました。


「いい? わたしに尽くしてくれようとするのは嬉しいけど、自分を無くしてわたしだけを見ても駄目なのよ。自己の自我をきちんと確立させなきゃ。その手伝いや参考に、わたしの趣味に付き合ってくれるのはいいのよ。でも無理はしないでね。自分の好きなように生きる為に、家に内緒でわたしの部屋に来たんでしょうに。わかってる、秋?」


 上目遣いになっていたのでしょうか、言いながらじっと見つめていると、何だか向こうは堪らなくなったみたいで、ぎゅっと抱き締めて来ます。

 ああもう、だからわたしは我慢していたのに、何故あなたはそうも境界を軽く飛び越えて、わたしの心を支配しようとするの。


「ありがとう、こんなに私は月夜を心配させてたんだね。私、不謹慎かもしれないけど、月夜が真剣に怒ってくれて見上げてくるの見て、どう言うのかかっかして来ちゃって、どうしようもなくなっちゃった。凄く可愛くて、保護してあげたくなるって感じなのかな。あ! ごめんごめん。また刺激になる様な事しちゃった」


 しかし秋、今回は逃げずに、えへへと頭をかきながら、尚も手を握って来ます。何でしょう、本気で勘違いしてもいいのでしょうか。

 好きになろうとしてくれているって言うのは、本来なら脈なんてほとんどない時に出る言葉な気がしますけど、この秋を見ていると希望を抱いてもいいと思いますよ、わたし。


 でもこれ以上何が起こる訳でもないので、わたしは後ろを向いて、「ちゃんと考えなさいよ!」と言って不貞寝するみたいにするしかありませんでした。どれだけわたしは格好がつかないのですかね。


 とにかく、どうしたものかと、これから秋との関係をわたしもよく考えなければいけないようです。



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