第8ー2話登校・友達・作品との向き合い方
ああしかし作品を上手く書くにはと悶々と考え続けているわたし。
そうやって、登校日が来てクラスに入っても沈んでいるままで、ぼんやりしているので、砂糖さんも鬨子さんもしばらくどうしていいものかわからなかったらしく、始業式が終わって桐先生のやる気のない予定報告とかプリント配布とかが終わって解散になるまで、そっとして置いたとの事です。
「月夜ちゃん、どうしたの。ボク、なんかブツブツ言ってるから、ちょっと怖かったけど、何か夏休みにあったの? そう言えば、連絡先交換しなかったし、予定も聞いてなかったから、家に直接行くのもどうかと思ったのもあって、遊びに誘えなかったけど、もしかしてそれが原因かな?」
少し臆病そうに砂糖さんが言うので、わたしは気の毒になりました。ああ、わたしは自分の都合で勝手に自縄自縛に陥ってるだけの、普通の人から見たら変質的な気持ち悪い類の挙動をしていたのに、彼女は何て優しいのでしょう。
「ああ、誘われなかったのは、逆に良かったかもしれないわよ。それよりやる事があったから、それに夢中で。で、ね。その事で相談を聞いて欲しいんだけど・・・・・・」
「な? さとちゃんは変な心配しすぎだよ。よっちゃんが逆恨みする人間じゃないのは、もうわかってるじゃないか。と言うか、よっちゃん、夏休みの長い間ずっと一人だったのかよ。秋とも遊んでないのか、って秋は大会に引っ張りだこで仕方がないか。数学同好会とかでも活躍してるんだからな」
「それで、相談って? ボクらに協力出来る事なら、やれるだけはするよ」
何と、秋は数学の大会でも活躍しているのですか、スポーツで活躍するよりわたしはこっちの方が何倍も嬉しいかもしれません。
大体、スポーツは身体能力だけではなく、体格とか筋肉の付きやすさとかでかなり階層化された文化ですし、服引っ張ったり突き飛ばしたり足引っ掛けたりしても退場にならないサッカーとか、選手生命を殺す様な怪我をさせるデッドボールとかゲッツー崩しなんかのプレーをしても、相手に何の保障もされないで平気の平左でいる野球だったり、公平性がほとんど担保されない点は、将棋とか囲碁などのルールや初期値が平等なゲームより、幾分か見ていて嫌悪感を催すので、淡雪さんがテレビで見ていたら、食事をそそくさと済ませてすぐに部屋に戻って来たりもするほどなのです、わたし。
その点、不平等の解消に六目半と言う厳正に考えられた分を、後攻の白側に与える囲碁は何て素晴らしいんでしょう。
スポーツは、片方の飛車が四マスしか進めないのに、もう片方は全部が元々の飛車の動きが出来る駒を用意する真似も出来るみたいな所があると思いませんか。
そんな真似が興行である事に託けて、マネーゲームをやって金満チームに有利なようにも出来るし、有能な指導者を雇えるかとか施設設備の問題で、幾らでも選手に格差は生まれるのです。
ドラフトにかかる選手は、基本的には入団するチームを選べないではないですか。選べるようにしたら、より格差も広がると言う新しい問題が起こるのですけど。
とまあこれがわたしがスポーツの好きではない理由です。
だから伏せて来ましたけど、秋の活躍も複雑な気持ちであり、わたしの中ではただ秋の魅力を引き出す道具にしか見ていなかった点があるのではないでしょうか。
だから知性を働かせる場所で活躍していると、より嬉しいのですが、秋はどれだけ多方面に頑張るのですかね。少し心配です。ああ、大分脱線してしまいました。
しかし、これだけは最後に言っておきたいのですが、記録を達成した選手が、例えばこんな発言をしたらわたしの様な病弱な人間には憎々しくて仕方がないのを理解して貰いたいのです。
曰く、丈夫に生んでくれた両親に感謝、と。
「それが、夏中小説を書いていたんだけど、これが上手くいかなくて。読んで来た小説みたいに表現力を鍛えたり、アイデアを上手くストーリーとして成り立たせる方法論とか、メソッドがあったら教えて欲しいのよ・・・・・・」
「うわ! アタシ一抜けた。さとちゃんも読書は好きだろ、アタシは秋を呼んでくるよ。ほんじゃあ」
そう言い、鬨子さんは逃げ去るように、教室を出て行きました。野分ちゃんは初めから、わたしが我に返った時には教室にいませんでしたから、ある意味アドバイスを貰いやすい相手にはありつけなかったのですが、何ですと砂糖さんも読書家なのですか、それはいい事を聞きました。
「うーん、短文くらいで一つの解決策になるかわからないけど、文章自動生成プログラムを使うとかなんてどうだろう。それか、日本は遅れてだけど、クアドロフェニア出版が日本用を手掛けている、予測入力キーボードを、何か参考になりそうな作品の組み合わせで読み込ませて、自分なりに有為に選択していって、何かの参考にしてみるとか。多分、カットアップみたいな、まともな小説からは遠ざかる様な気がするけど。ボクは、それかコテコテの王道展開で書いてみるとか、二次創作から始めてみるなんて方法もあると思うけど」
おお、的確なようで微妙に斜め上の反応が返って来ました。どうわたしは考えればいいでしょう。
「うーん、何て言うか意識変革も必要な気がするのよね。変に小説としての面白さを剥ぎ取ってしまったみたいな描写が増えてしまうし、どう頑張っても中編小説くらいにしかならないし」
ふんふん、と頷いている砂糖さん。
「ああ、それなら装飾的な表現とか、描写を最低限のものから、どんどん膨らませてみるとかしないとね。心理描写でも、何かその自意識過剰さとか複雑に纏まらない感情を、がーっと書いていく事も出来ると思うし、色々な描写力を長編が書きたいなら磨かないといけないけど、テーマの充実を考えて、より密度の濃い作品にしたいなら、一度本を読む時に、ただ読むんじゃなくて、どこに盗むべき点があるかとか、書き方とか文体とか色々な視点から読んでみるのもいいんじゃないかなぁ。ボクも、趣味で二次創作とか書いてみようとして、結構苦労した記憶があるなぁ。ボク自身、小説家になる気はないから気楽なものだけど、月夜ちゃんはその気なのかな」
「どうだろう、わたしもまだよく定まってないけど、昔に体が弱いから、外に出る仕事に耐えられないんじゃないか、まず就職試験の荒波を潜れないだろうって思ったから、それで通用するならそうしたいと思うけど。もちろん、小説家も体力勝負って聞く事あるから、わたしには普通の作家より仕事量は少なくなるのを覚悟しておかないといけないって思ってるから、そう言う意味では職業作家としては不完全か」
でも砂糖さんのアドバイスは、かなりいい線いってるのではないでしょうか。それにわたしはまだ書き始めてから間もない訳で、練習も沢山する必要があるでしょうし、誰だって最初から上手だったなんて事もないでしょうし。
まあ、いきなり凄い作品を若年で書けてしまう凄腕の人もいるのは確かではありますが。
「あー、やっと会えた。随分、ご無沙汰だね、月夜。何かずっと悩んでたんだって。私にメールでも電話でもしてくれたら、すぐに飛んでいったのに、水くさいなぁ」
多分、秋の言葉は本当でしょう。何か予定が入っていても、夏休み前までの態度からしたら、わたし絡みの出来事を最優先しそうなほど、何故かこの女はわたしに入れ込んでくれているのですから。
「よし、じゃあさとちゃん。アタシらは行こうぜ。後はお若い二人に任せてな。ヒヒヒヒ、こんな台詞言ってみたかったんだよな」
「もう、鬨子ちゃん、駄目だよ。ボク前から言ってるよね、鬨子ちゃんはそうやってからかったりするのが悪い所だよ」
そんなこんなで嵐のように、ささっと二人は二人の世界に入って、わたし達を置いて行ってしまいました。
「どうしようか、とりあえずテラスに行く? 鞄はもう私は持って来たし」
「え、ええ。じゃあちょっとたっぷり相談に乗って貰おうかしら」
「なるほど、小説を書いてたんだ。それで待っても何にも連絡もなかったのか。まあ私も自分からメールとかしなかったのは悪かったけど」
そう言う訳で、わたしはタブレットに転送しておいたファイルを開いて、とりあえずどう思われるかも考えずに、秋に読んで貰う事にしました。
それで時折険しい顔をしながら、うんうん言いながら読んでいる秋を、わたしはじっと見つめます。
その真剣な顔がまたうっとりする様ないいものなのですが、そのわたしの視線に気づいた秋は、言いづらそうにポツリと言います。
「あの、そんなに見られると、こっちもやりにくいんだけど・・・・・・」
「気にしないで続けて。わたしは、秋の一挙手一投足を見守っているだけだから。心の準備をしてるのよ」
「そうは言ってもなぁ、視線を感じてプレッシャーきついよ。なんか褒める事前提になってそうで」
「いえいえ、忌憚のない意見を言ってくれればいいわよ。自分でまだまだ未熟なのはわかってるし。大体、だからこれだけ悩んでた訳だし」
そう言うと、また読書に戻る秋。視点の移動を見る限りでは、かなり速い速度で読めるみたいで、どれだけボロクソに言われても甘んじて受け入れようと覚悟していたのですが、読み終わった秋の言葉によってやはり冷静ではいられなくなりました。
「えっと、これ・・・・・・何。お話として成り立ってるのかな。ハッピーエンドなのか悲劇なのかもわからないし」
えー・・・・・・この人は何を言ってるんでしょう。下手だとは言っても、わたしがこの超越知性コンピュータと悪神の間で展開される恋愛の間に、色々な起伏に込めたメッセージは全く伝わらなかったのでしょうか。
「正直言って、どうやって楽しめばいいのか、難しかったんだけどなあ」
「いや、あのね。そりゃあ思想小説って言えるほど深く突っ込めてないかもしれないけど、物語は何もオチがきっちり決まっていて、どうにか決着が着くものばかりじゃないでしょう。敢えて焦点をどこにも当てないで、諸々のぶつかり合いを書いてみたつもりだったんだけどな。いえ、それがど下手くそだってなじられるのならわかるわよ。主張の詰めが甘いとかも。でも勘所が掴めないって言われたら、どう言えばいいか・・・・・・もしかして秋って、話題の感動巨編!って謳われてる映画とか、そう言う流行しか追わないタイプ?」
そんな事をわたしが言うと、あからさまに秋の顔が曇ります。
「ああ、やっぱりわたしって学校の成績は良くても、作品読解力なんてない人間なのかなぁ。前にも言ったけど、もう少し補足するなら、うちって宗教的な理由で、母親があんまりフィクションに触れさせてくれないんだよ。堕落するとか、下らないとか言って。だからね、どんな作品が出ているのかも知らなくて。勉強した方がいいよね」
ああ、そう言われると、わたしは慌ててしまいます。そんな目をしないで下さいよ、秋さん。
「ううん、責めてる訳じゃないし。読書量の多寡で偉いとかそんな事は全くないから。秋だっていい所は沢山あるし、本が読めても性格が悪い人よりももっといいよ。わたしなんて卑屈だし、本が読めてもいい所なんてないもん。いや、もちろん本を読み解く力は必要だし、知識は大いにこした事もないし、本を全く読まないで語彙力が低下するのも問題だけど、ああそうじゃなくて、そうだわ、それなら幾つか小説も貸してあげる。親が認めないって言うのは、何だか子供の権利侵害みたいで抗議すべき案件だと思うけど、一先ず隠れて読むのはどう。漫画だと学校の空き時間で読めたけど、小説だとそうもいかないわよね」
うるっとした瞳で見つめられて、わたしはこう、この人の子犬だとか子猫みたいな瞳に弱いのです。
しかも今気づいてみれば、彼女ダブルだからか、目の色が青くて余計に綺麗じゃないですか。
「いいの? そうやって色々読めば、私も月夜の力になれる様なアドバイスが出来るくらいになるかな。うん、私、もっと月夜の世界が知りたい。親なんて撥ね除けないといけないよね。ああ、そうだとしたら忙しくなりそうだから、皆にも月夜にも期待を裏切りそうで悪いけど、運動部の助っ人はしばらくなしかなぁ」
「本当にいいの? わたしはそうなれば嬉しいけど、確か前に母子家庭だから、何か有利なものを作っておきたいって言ってたじゃない。それで色々な運動部でやってるんでしょ。わたしスポーツは、好きな訳じゃないから、秋の格好いい姿が見られないだけだし、協力してくれたら嬉しいし、秋も本が好きになってくれたら、これ以上にない喜びだけど」
フッとわたしが複雑な笑みを漏らすと、秋はわたしの手を握って、ブンブンと振ります。この人は、どうもスキンシップを素直にしてくるので、時々ドギマギさせられるのです。
「よし、じゃあ決まり。早速、月夜の部屋に行こう。あ、最初は何か読みやすい物とか、初心者でもある程度は理解出来るのにして欲しいな。それと電子書籍って貸せたり出来ないかな。それなら、より嵩張らないし、表紙とかで何読んでるかとかわからないしさ」
「ああ、そうね。じゃあ、前に使ってた端末ごと貸すわ。それしか電子書籍のやり取りは出来ないしね。聞いてくれたら教えるし、パブリック・ドメインなら、どれだけでも無料で読めるし、古典なら読み放題よ。ん? それだったら、何か古典文学のガイド本みたいなのも貸した方がいいのかな。それともエミリーに一覧を作って貰うか」
わたしの言葉を聞いて、秋はまたうるうるし始めています。秋は、顔に似合わず感激屋なのでしょうか。
「ありがとう、私月夜の為になるように頑張るね。だって、月夜と色んな話もしたいしさ。月夜の好きな事、好きな相手の事はもっと知りたいじゃない」
ああまたそんな台詞。わたしは顔が真っ赤になって、プイと顔を背けます。
「ほら、じゃあ行きましょう。今日はすぐに学校が終わって良かったわ。これだけ時間が取れて、どうすればいいのか、ちょっと前進したのだから」
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