第7ー2話新しい友達とモヤモヤの正体

 今度助っ人で呼ばれた練習試合があるから、見に来ないかと秋に言われたので、その場にいた野分ちゃんと一緒に、その日曜日なら行けるから応援に行くと承諾しました。


 それはバスケットボールの試合なんだとか。あまりルールは知りませんが、それはいいとして置きました。


 秋は凄く運動神経がいいと誰もが噂しているので、とても楽しみでした。あんなに格好いい容姿でもある上に身長も結構高いので、そりゃあ憧れる子が多いのも肯けます。


 それとは別にある時に、野分ちゃんがクラスメイトの比較的大人しい子を連れて来て、勉強を教えてあげてくれないかと頼みに来ました。


 そりゃあ何も断る理由もないし、わたしも交流が新たに生まれるのは喜ばしい事なので、快諾しました。その子の成績が上がれば嬉しいですしね。


 それで休み時間にちょっとずつ英語と古文を教えていたのですけど、割とスムーズに進んで、適確に要点をかいつまんでアドバイスもしたので、その子は見る見る内に成果をあげていって、小テストでもいい成績を無事取れたようです。


 お礼を言いに来たその子の名前は、鈴木砂糖すずきさとうさん。


 またちょっと変わった感じの子で、基本的には大人しいだけの無害な子なのですが、一人称がボクなのです。


 まあ今時珍しくもないでしょうが、わたしは目撃したのが始めてだったので、とても驚いたのを記憶しています。


「あの、二夜さん。本当にありがとう。ボク、部活が忙しくて、授業に身が入らなかったんだ。だから、助けてくれて感謝してる」


「さとちゃんは手芸部で色々作ってるからな。アタシも何かしら手作りの物貰ったっけ」


 そう言う隣にさも当然のようにいるのは、星鬨子ほしときこさん。これで『ときこ』と読む勇ましい名前の女の子です。


「いやいや、わたしもちょうど話し相手も出来て良かったって思ってるから、全然気にしないでいいよ。困ってる時は、お互い様でしょ」


「うん、ありがとう。二夜さんってクールだから、怖い人かと思ってたけど、優しいんだね。これからもボク達と仲良くしてくれると嬉しいな」


 うーん、やはりわたしってつんけんしているように見えるのでしょうか。わたしの本質的な部分を一発で見抜いたのは、どうやら秋だけと言う事らしいです。


「へえ、野分ちゃんと付き合いがあるだけあるか。いや、野分ちゃんは誰とでも仲良くなる才能があるんだとアタシは思うが。アタシも鬨子で、さとちゃんも下の名前で呼んであげなよ。アンタは何て名前?」


「月夜。じゃあ、砂糖さんに鬨子さん。親しくしてくれたら、ありがたいわ」


 わたしの言葉に二人は喜んだらしく、それぞれの言葉でわたしの事を確認している。


「月夜ちゃんかあ、素敵な名前だね。ボクも裁縫の事なら教えられるから、何でも聞いてね」


「ふーん、名前までクールなのになあ。良し、アタシは月夜をよっちゃんって呼ぶ事にするよ。宜しくな、よっちゃん。あ、テスト前はアタシも助けてくれたら嬉しいな。小テストはそんなに気にしない事にしてるんだけどさ」


 あの、そのあだ名はわたしの許可なく決定なんでしょうか。


 まあ好きに呼べばいいとは、秋にも言った事ですし、本人のツボに嵌まっているなら、いいのでしょうか。


 そこで思い出したように、わたしはちょうど仲良くなった事なので、お誘いをする気になりました。


「あの、唐突だけど、今度ね。友達の試合があるんんだけど、一緒に観に行かないかな。野分ちゃんとも行くんだけど、ああ言う場に行くのは、ちょっと気が引けちゃって」


 それに真っ先に食いついて来たのは、鬨子さんです。


「おお、それは噂の秋様だな。よっちゃんが特別懇ろだってのは聞いてるぞ。そりゃあ一年で学園の王子様だとか言われて、男子よりも人気があるんだから、興味がないって言えば嘘になるよ。是非、アタシ達も混ぜてくれ。ん、ああ大丈夫。アタシ達は別に秋・ヘルプストナハト狙いじゃないから。誰も取ったりしないって」


 そんなに認知度の高い人間だったのですか、秋は。と言うか、もしかするとわたしの事も知れ渡っているのかもしれない?


「ボクも運動苦手だから、運動神経のいい人のプレイ見るのは好きだよ。お邪魔じゃなければ、お誘いに乗っちゃおうかな」


 決まりです。何だかもし自分も注目されているなら、恥ずかしい気持ちは大きいのですが、今は友達が増えて一緒に観戦に行ける事に舞い上がっていて、その後の事は何も考えていませんでした。いやまさかあんな展開になるだなんて。


 野分ちゃんに改めて聞いて、ああそうだったとぼんやり聞いてたので、ハッキリと把握してなかったのですが、バスケ部の練習試合はわたし達の学校であるそうなのです。


 それなら近くだし、昼からあるみたいなので、ゆっくり行く事が出来るとホッとしていました。


 それでわくわくしながら行って、試合を見ていると、それはそれは活躍しまくる秋が、素敵で格好良くてクールなプレイの惚れ惚れする事その華麗なテクニックの美しさ、バスケの事なんて何一つわかりませんが、秋に皆がメロメロになる気持ちは痛いほどわかりすぎて辛いくらいに理解しました。


 秋!


 そうこうしている内に試合が終わって良かったと思っていると、ああそうでしたスポーツの試合ってこんな事するんでしたね。


 秋はチームメイトとハグしたり絡み合ったり、揉みくちゃにされたり、もうわたしは茫然自失してしまいました。


 その事にショックで何だか立ち直れないほどの気分になったので、と言うのもわたしはどこかで秋をわたしだけに優しくしてくれる王子様のように思っていたのですが、それが特別仲のいい相手はいないと言っているにも関わらず、あんなに親密そうにしているのです。


 いや、よく考えれば、チームメイトに信頼されねばならないのですから、ある程度親しいのは当然なのです。


 しかしわたしの心はそんな理性では回復してくれそうにありません。中庭までとぼとぼと歩いて行って、ぼんやり立ち止まっていました。


 そうして何だか頭が真っ白で突っ立っていると、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえて、振り返って見ると、秋が探し回っていたのかちょっとだけ息を切らしてわたしを心配そうに見つめています。


「月夜。どうしたの、野分ちゃんの世話で仲良くなった子と来たって言ってたから、ミーティングが終わって、すぐに会いに行ったのにいないからさ」


「別に何でもないわよ。ちょっとぶらぶらしてただけ」


「嘘。だって、何回か呼びかけても返事しないくらい放心状態だったじゃない。何か気に掛かる事があったんじゃないの。私のプレイが鈍かったかな?」


 これほどまで心配してくれる相手を、わたしは欺く事は出来ません。


 これを言ってしまったらどうなってしまうのか、そんな風な事が過って怖かったのですが、勢いで言ってしまいました。


「違うの。秋の活躍はとっても格好良かったし、惚れ直すくらいの素敵さだった。でもバスケ部の人とくっついたりハグしたりしてるの見たら、暗い気持ちに支配されちゃって。おかしいよね、わたし。わたしの秋なのに、って思っちゃってたんだよ。嫉妬心なんて醜いだけだし、あの人達とは別に何でもないんでしょ。それなのに・・・・・・」


 そう言って泣きそうになっていると、秋はあろう事かこっちに近寄って来て、ぎゅっと抱きしめてくれたのです。


 ちょっと汗の臭いがして、運動している人だなと感じさせられます。


「やっぱりこの所、野分ちゃんとの言い合い見てた時も変な目で見てると思ったら。まったく、月夜は独占欲が強いなぁ。大丈夫だよ、私も月夜が一番好きだから。それこそ君を誰にも渡したくないくらいに。ね? だから両想いなんじゃないのかな。だから、多少は大目に見て欲しいな。私も我慢してる事はあるんだから」


  秋の首の下あたりに顔をくっつけられて、わたしは身動きも出来ないくらいに強く抱きしめられていました。


 胸のときめきとドキドキが尋常じゃないくらいになっているんじゃないか、またそれを聞かれたらと思うとますます真っ赤になります。


 それでもやはりいつものわたしです、何を言ってしまうのでしょう。


「我慢って何よ。わたしがどれだけやきもきしているか、秋にはわからないわよ」


「いやいや、だって月夜って、男子に隠れた人気があるんだよ。男子と付き合ったりして、私と付き合ってくれなくなったら嫌だなとか考えるし、結構女子でも月夜の事いつも見てて可愛いって思ってる子もいるんだから」


 ますます秋は腕に力を込めて来ます。そんなにしたら苦しいじゃないですか。わたし、抵抗は全然していない訳ですが。


「知らないわよ、男子と付き合う気なんてさらさらないし。クラスの子だって、ちゃんと話してみないと付き合いづらさそうだなって敬遠してるんだもの。秋こそ、ファンの子が沢山いて、選り取り見取りじゃないの。わたしだけを見てくれる時期なんて、すぐに過ぎちゃうんじゃないの」


 そう言うと、秋は一度体を離して肩に手を置きます。


「そんな事ない。私は世界で月夜が一番好き。私を連れ出してくれる人だってビビッと来たんだから。私の勘は絶対当たる。これまでそうだった訳じゃないけど、今回は絶対なんだから」


 正に愛の告白のような言葉を平然と言ってしまう秋さん。本人はそんなつもりじゃないと、この時はわたしも思っていたのですけど、とにかくのぼせてしまって、わたしはふらっとよろけて倒れてしまいます。


 それで気を失ってしまったんじゃないでしょうか。目覚めた時は保健室だったので。




 目が覚めた時に、右手に何か感触があると思ったので、目を開けた時にまず見てみると、誰かに両手でぎゅっと握られています。


 微妙に汗ばんでいるのが、その感触からわかるでしょうか。それで「あ!」と言う声で、その手の主が秋だと悟りました。


 何やら物を言おうとして、何も言えずにいるわたしを秋はじっと見つめて声を出します。


「心配したよ、急に倒れるんだもん。お水か何か持って来ようか?」


 秋はまだユニフォーム姿から着替えていないと言うのに、わたしの事をずっと見守っていてくれたのでしょうか。


 その事にまたも熱が上がりそうですが、必死に体を起こそうとして、少しわたしはふらつきますが、それを秋が支えてくれるので、何とかベッドに起き上がる事が出来ました。


 杏子先生がお水を持って来てくれたので、急がずにゆっくりと味わうように、ちょっとずつわたしはコップに入れられているお水を飲み干していると、まだ秋はわたしの様子をじっと見つめていますので、ぷいとわたしは顔を背けてしまいたくなりますが、ベッドにいて水を飲んでいる状況なので、その潤んだ秋の瞳をこちらも間近でじっと見つめ返す事になってしまうのを、恥ずかしいのとこれまでの心労なのかぐったりして熱い顔で、ぼんやりしながら直視する事態をやり過ごす事は出来ません。


「あのね、淡雪さんはどうしても仕事で来られないからって、楓さんがとりあえず自動運転に任せて車出そうかって言ってくれたんだけど、私、それなら私が月夜を送っていきます。体力には自信あるんで任せて下さいって言っちゃった。だから、無理しないで、私を頼ってね」


「えと、送っていくって、どうするのよ。荷物はリュックがあるだけだから大丈夫だけど、今わたし、なんかフラフラなんだけど」


 焦燥と安心が激しく来たので、こんなに疲労感があるのでしょうけど、そのわたしを秋はどうするつもりでしょうか、移動手段は徒歩しかないですし、秋は試合の後で疲れているはずなのに、何か無理をさせる訳にはいきません。


「うん、だから私が負ぶっていくよ。月夜、ここに運ぶ時も吃驚するくらい軽かったから、平気平気。リュックは、楓さんから聞いたけど、昔の経験からもしもの為に、色々準備して入れてるんだって?」


 わたしは別に特別な事でもないので、こっくりと頷きます。


「うん、薬とか吐きそうになった時のビニール袋とかね。ティッシュとかも予備に幾つか入れてる。でもそんなに重くはないわよ、迷惑掛ける事は変わらないから、気は重いけど」


 そうやって答えるわたしに、秋はもうと言って、


「そんな風に上手く言ったって駄目。私に委ねてよ、私達の間でしょ。さっきも思いは確認したよね。月夜も私の事、さっきの発言から考えたら、好きって事でいいんでしょ」


 わたしも又もやモジモジしそうになりながら、いつまでこの秋の整った顔を見続ければ解放されるのかと思いながら、白状しなければならない羽目になっているので、仕方なく素直に言葉を返そうとは思いますが、さっきのやり取りでも大分本音も漏れてましたし、何ならわたしからは恋愛的な要素も読み取られそうなほどの吐露があったと思うのですが。


「そりゃあ、もちろん・・・・・・好き、よ。でもこれからもわたしと付き合ってたら、こんな風に迷惑になるわよ。だから、クラスでも馴染めなかったんだし」


 秋がコツンとわたしの額を突きます。痛くもないですが、何だかその行動には重みがある様な気がその時のわたしにはしたのです。


「だからー、私が月夜の支えになりたいの。それに砂糖ちゃん達は、野分ちゃんが付き合ってるメインの女子グループと違って、月夜ともっと仲良くしたいって思ってるみたいだよ。大体がさ、体が弱いのなんて、月夜の責任じゃないんだから、もっと周りに甘えないといけないよ。そんな強がってたら、いつかボロボロになってもどうにもならなくなっちゃうよ」


「ごめんなさい」


「謝らなくていいから。さ、もうちょっとしたら帰ろうか。バスケ部の方には言ってあるし、もう解散の頃合いだろうしね。先生―、お世話になりましたー。そう言う訳で、私が二夜さんを責任持って送り届けますから」


 そう言うと、杏子先生もベッドの側にカーテンを開いて来て、わたしの顔色を見てから、眼鏡を直しながら言います。


「そうね、まだ自力で歩いて帰るのは無理そうだし、熱も少しあるから、送って貰った方がいいわね。でも悪いわね、ヘルプストナハトさんは今日試合もあったんでしょう」


 心配そうな先生に対して、秋は爽やかににっと笑います。ああ、その笑顔を他の人に向けているのをわたしに見せないで欲しい。


「大丈夫です、体力には自信ありますし、月夜は軽いからぎゅう詰めの段ボールを抱えるより背中で負ぶう訳だし楽ですよ。ああ、そう言えばシューズとかは砂糖ちゃんが持ってくれるんだっけ、一緒に帰るのに伝えに行かなくちゃ。あ、そうそう。今日は試合があるからって、学校にいてくれてたんですよね、先生もお疲れ様です」


 先生への配慮も忘れずに、少しの間秋は保健室から外に飛び出して行きました。そこに杏子先生が横に腰掛けます。


「いい友達を持ったわね。ここなら、月夜さんもそろそろ大丈夫になって来たんじゃないかしら。露骨ないじめとかはないわよね?」


「え、ええ。避けられてる人はいるみたいですけど、誰とも仲良くなれる訳ではないですから。色々と良くしてくれる人は、何人もいて中学までとは大違いです」


「そう、良かった。じゃあ、最後にもう一度熱を測っておきましょうか」


 熱を測っていたら秋が、砂糖さんと鬨子さんを連れて来たので、少しばかりまた心配する砂糖さんと、心配させんなよと笑って場を和ませてくれる鬨子さん、この二人とどうやら秋の代わりにバスケ部での今後の予定を聞いてくれていたらしい野分ちゃんからも、メールの内容を秋に見せられて、そのままわたしは靴を履いてから秋に背負われて、帰途に着いたのでした。



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