第7話

第7ー1話月夜の苦悩と周囲の気遣いと

7.




 ああー、でもでもでも、紺さんの言う通りに、本当にこの気持ちの赴くままにしていいのでしょうか。


 わたしが言っているのは、別に自分が攻めていけるか、そう言う事に臆病になっているかと言うのではありません・・・・・・いえちょっとは、いえ割と結構あるのですけれど。


 いやいやだからそうではなく、わたしの念頭にあるのは、姉の事なのです。姉の自殺未遂。


 それがわたしは前に十字架のようになっていると言いましたが、それが、わたしが一歩を踏み出す枷になっていると、わたしは思っています。


 だって考えてもみて下さいよ、姉はレズビアンだったのに、それだけでなく体が俗に言うなら工事していても男性が元だった訳で、そのせいでレズビアン女性には相手にされなかったのです。


 バイセクシャルの人なら関わりを持てたのでしょうかと考えてみるのですが、そうはならなかったのが姉の人生でしたし、やはり何かの小説にあったように、どれだけ手を尽くしたとしても、完全に女性の体でないのが、彼女には深い苦しみだったのです。


 姉の遺書には、色々書かれていましたが、一つの箇所にはポーの詩の絶望に近いものが記されていました。


 今もデータベースに保管してあるので、それは断りを入れられないので心苦しくはありますが、載せてみましょう。




 私の人生は、遂にどこにもたどり着けない、朽ち果てるだけの旅路である。女でありたいと言う思いが、どうしてこれほど難しいのか。

普通の性癖のトランスジェンダーも、様々な偏見の目に晒されながら、それでもパートナーを得て幸せに暮らせる場合が多いのは、同性愛者ではないからかもしれない。しかし、私は女性が好きなのだ。

そのお陰で、女が好きなら男のままでいればいいと、男性の役割を要求されたり、そんなのトランスジェンダーとしてある訳ないと無知故にそう言葉を投げかけられたり、元が男の人はそう言う目で見られないとレズビアン女性には、やはり生理的に嫌悪されたり。

皆、友達や同僚としてなら、仲良くしてくれるのだ。しかし、そこから恋愛関係には誰もが進ませてくれない。私に取っての愛とは、永遠の不能状態なのではないか。何でもない事なんだ、なんて割り切れないし、仏教的な悟りも得られない。愛が必要なのに、どうしようもない絶望。

気持ち悪がる人も、ちゃんと我々を理解しようとしてくれない人も沢山いる。天国や生まれ変わりなんて信じられない。ならどこに幸せはあるのか、そもそもないなら何故生きなければならないのか。

義務や使命の為に生きる事を発見した、人生が私に何を期待するか、と考えたりするのも、何も私だけが出来る仕事などないし、私は妹のようには賢くはないから、理解仕切れないのに沢山付け焼き刃の知識を詰め込むしか出来なかった。

大切なのは与える事だと言ったものもあったが、それだけで満足を得られる人は少ない数しかいないのではないだろうか。

他愛行動に満足を覚えるのは、扁桃体の大きさに関係があると言う研究があるが、じゃあそれが小さく共感能力が薄い人や、通常のエゴイスティックな考えを捨てられない私はどこに向かうべきなのか。

しかしある所でもうそれを最終到達点として、目指すしかないのが理解出来た。曰く、神が作ったから自由意志は存在せず、その為に試練として苦しむのだ。ならそれを完全に下りてしまえばいいのではないか、と言うのはピストル自殺を遂げた彼のように、自分の主人になるには自殺して、自殺を禁止している神とは違う行動をすればいいのだ。

そう、絶望、不安、羨望、そんな全ての負の感情を抱えずにはいられないし、そこから価値転換をするのは不可能なのだから、ならばそんな世界とはさよならするしかないんである。

さようならこの苦しい世界よ。従って、月夜、君の助けにはもうなってあげられない。両親には多少、私を真っ当な女に産んでくれなかった恨みがないと言えば嘘になるが、君には愛しかないと私は確信している。

月夜が心配だ、月夜も難しいセクシャリティの上に、人間関係に不信感を持つほどトラウマを抱えている、そしてノンケを好きになる不可能性や苦しみも知っているし、体が弱くてしょっちゅう熱を出したりしている月夜はそれだけでこの世を恨む気持ちと、自分が人生を諦めつつある事も告白してくれたね。

私は月夜には幸せになって欲しい、誰か月夜を救い出して貰えないかと本気で思っているから、ビートルズの「ヘルプ!」のmeを月夜に置き換えて考えてしまうほどなんだ。

どうして月夜はこれほど体が弱いのか、それは家系図などを見れば、父親側が病弱な人を多く持つ家系であるし、君の神経症的な精神も遺伝的な要素もあるのだと思う。私にしたって、その素養は充分にあるから、これから死のうとしているのかもしれない。

自分の乗り物からは逃れられない不条理、設計図を逸脱は出来ない不自由、それが私達に与えられた有り様なら、それを乗り越えられるのは、価値転換を図って自分自身だけの生き方を探すか、誰か愛してくれる人に承認される事しかないのではないかしら。

私は少なくともそう思っているし、だから死ぬ事を決心したのです。

これを見れば自殺だと言う事は、方法から見てもわかるだろうけれど、一層強化される事と思います。

それでは月夜にはグッドラック。全ての人にグッバイ・フォーエヴァー。




 これが大部分です。通常の神経で書かれたのでないのは、察せられるのではないでしょうか。


 だから、これだけ姉がわたしの幸せを願ってくれているのに、姉がどうしてこんなに悲しみの淵にいなければならなかったのか、そしてわたしは果たしてその姉に誇れるだけの幸せを得る事が出来るのか。


 どこかで崩壊してしまう仮初めの、一時の気の迷いや自分自身のエゴイズム、それに相手から愛されない苦しみをまだわたしだってもっともっと味わうかもしれないのです。そうなれば、姉と同じ道を歩んでしまうのかもしれません。


 わたしには自殺する勇気はありませんし、幸いにして体に不満は、病弱であると言う事くらいしかありませんし、セクシャリティは徐々に受け入れてくれる人を探せると若干楽観的な見積もりも何故かしています。


 そうではなく、やはりわたしの懸念は罪悪感に起因するのだと思うのです。姉があんな風に自死を選んだのに、それでも生き延びて辛い気持ちのまま生き続けなければならない、それなのにわたしはのうのうと自分のエゴイズムを満たしていいのか。


 Kに罪悪感を抱き続けた先生に近いのかもしれませんが、それ以上にわたしはどうやっても助ける事の出来ない自分の無力さと、その状況の過酷さに嘆きを禁じ得ません。


 これからの時代を託された「私」のように、わたしは茫漠たる不安と苦しみとどう折り合いをつけていけばいいのでしょうか、まだ答えは全く出ません。




 そう言う風にして、まだ実るとも限らない秋への思いに絡めて、姉の事を悶々と悩んでいたのが祟ったのでしょうか、テストが終わってしばらくしてから、ずっと陰鬱な気持ちを抱えていて、何やら秋にも心配されたのですが、それとなく強がりを見せたりなんかして乗り切っていました所、テスト返却日の午前に二時限ほど期待以上の点数を貰ったので安心したのか、急激にしんどくなって熱いなと思った為に顔を洗おうと洗い場に向かおうとした時に、バタッと倒れてしまいました。


 その時に近くを偶々通った桐先生が、多分ですけど保健室まで運んでくれたようです。杏子先生にもその旨を伝えられたので、確かと言った方がいいかもしれないですね。


 杏子先生に体温計を渡され、微熱で済まないほどの温度を記録していたので、しばらく冷やして寝ていたのですが、昼になっても一向に下がらないので、これは駄目だと言う事で迎えに来て貰うような次第になったと思います。


 急遽車を出す為に仕事を早引きしたのだと思いますが、そうやって来てくれた淡雪さんが血相を変えて飛んで来て、杏子先生に宥められていたようです。杏子先生は、心配だけれどそんなに大層なものでもないと言った顔で、


「疲れが溜まっていたんでしょう。休養が必要ね、ただでさえ体力もない上に、免疫力を弱らせては駄目よ。テスト勉強に力入れていい点取るのもいいけど、ちゃんと体を労らなくっちゃ。それとも、別の何かが原因かしら。とにかく、桐には言っておくから、保護者さんに連れて帰って貰いなさいね」


 と優しく語りかけてくれ、ぼんやりする思考の中、淡雪さんと一緒にお礼を言って、抱えられながら車に乗せられたのですが、その際に結構人が見ていたので、恥ずかしいと後から思いましたが、その時は何もそんな配慮にまで心が及びません。


 それでどうやらわたしは部屋まで無事に運ばれて、とりあえず抗生物質を飲んで寝ていました。パジャマに着替えるのに、制服を脱ぐのが結構面倒でした。


 しんどい時の着替えはとにかくきついのです。


 ああ、それと薬を飲んだのは、家に帰って来るなり、わたしはトイレで昼に少しだけ食べていた分を全て吐いてしまったので、楓ちゃんが買ってくれていたゼリーを何とか胃に流し込んで、薬を飲んだのです。


 割と吐いたりする事もあるにはあるのですが、涙は出るし鼻水は出て、とてつもなく嫌な感覚に口や喉がなるので、本当に毎回耐えがたい苦痛だと言えるかもしれません。


 そして一日寝ていたどころか、次の日もまだ結構寝て過ごしていたのですが、どうやらその日に放課後になって、どう言う経緯で一緒になったか知りませんが、秋と野分ちゃんがお見舞いに来てくれたようです。


 秋は車に運ばれて行くのを偶然見かけたのだそうで、野分ちゃんは保健委員なのでなのか、桐先生に教えて貰ったのだとか。


 以下は秋に聞いた話なので、どこまでわたしの書く内容に信憑性があるかはわかりませんが、とりあえずその会話の様子を記してみようではないですか。




「吃驚したよ。月夜があんなに体が弱い子だったなんて、確かに何だかそんな様な事聞いた気もするけどさ」


「私は、月夜ちゃんが秋さんみたいな人といつの間にか友達になってるのに驚いたよ。心配してたんだから」


「いや、それならそもそも何で君はもっと親しくしてあげなかったのさ」


「君じゃなくて、野分ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」


「今、そんな事言ってる場合じゃないでしょ」


「そうかなあ。あ、でも私は皆と一緒にご飯食べようって言ったんだよ? でも月夜ちゃん、頑固だから」


「ふうん、頑固なのは確かにそうだよねぇ。でもそんなに皆に煙たがられてる訳?」


「うん、だって近づきづらい上に、あんな風になって私みたいな保健委員の迷惑になると思ってる子もいるからね。段々、あの子の良さもわかって来るといいけど、いつも一人で本読んでたら、そうなるのも中々、ね」


「じゃあ、これからは三人で食べよう。あの子の辛さは何が原因かまだ良くわからないけど、誰かがもっと優しくしてあげるべきだし、それには人数も多いに越した事はないよ」


「うーん、まあ私はいいけど、クラスからどう見られるかなぁ。うん、じゃあ私達でもうちょっと橋渡ししてみようか。でも、孤高の人だからなぁ、秋さんは」


「ま、まあ私は力が弱いかも。コミュ力もそんなに高い訳じゃなくて、適当にいつもしてるだけだし。野分ちゃん、でいいんだよね、野分ちゃんは頼りにさせてもらうよ。いい? 月夜が余計なお世話だとか言っても、そんなのには耳を貸さない事。月夜の為なんだからね」


「ああ、それは承知したよ。今までがちょっと素っ気なかったかもね」


「二人とも、廊下で話してないで、こっち入って来たら、お菓子あるわよ。月夜ちゃんの事相談してるんでしょう」


 二人、楓ちゃんの部屋に入る。家の中には淡雪さんもいて、何やら暗い音楽を聴いている・・・・・・ちょっと戯曲みたいにしてみたくなったので。


 ちなみにその曲とは何かは、秋にはわからなかったそうだけど、顔の捻れたアップが見えたとの事なので、わたしは勝手にパブリック・イメージ・リミテッドなんて、どこから探したのか、どうしてポスト・パンクのバンドを聴いているのか知りませんが、淡雪さんはそれを聴いていたのではないかしらと推測しています。


 淡雪さん、構わず音楽を聴きながら、野球放送を音無しで視聴中。しかし、反応はきちんと返す。


「いやー、本当に驚いたよ。やっぱり楓が言ってた通りに、月ちゃんってかなり体弱いんだな。と言うか、こっち来てから今までが良く持ってた方か。保健室にはでも割と行ってたんだよな」


 野分ちゃんの返事、すかさず入る。彼女はこの中では、楓ちゃんを抜けば、一番わたしの体の弱さを知っているはず。


「ええ、結構休憩しながら、授業は受けてる感じでしたね。体育なんて、先生に休み休みやるように言われてたのに、時々駄目になるくらいでしたから」


「そんな事どうして言ってくれなかったんだろう。私には孤高なクールビューティーって体で接してた気がするけど。いや、でも時々挙動がおかしかったのは、そう言う流れだったのかな」


 秋は一人で疑問を出して一人で解決。この時点では、わたしの気持ちには気付かない様子。


「そりゃあ大変だな。月ちゃん、お姉さんの事あってから、心も大分弱ってるんだろ。って、え? 楓、あんまり怖い顔で見るなよ。言っちゃいけなかったかな」


「そうよ。あの姉妹の事をベラベラ吹聴しない方が、月夜ちゃんの為だよ。ちゃんと言えるようになったら、本人から自分の事も含めて、彼女達に話すでしょう」


 楓ちゃんのフォローは最適な予感。淡雪さんの扱いがわかっている慣れも。


「あの、その聞いちゃいけないんだったら聞きません。で、私達これからより月夜ちゃんのフォローしようと思ってるんです。もっと、いい子だから、それをわかって貰えるようにとか、私達をもっともっと信頼してくれて、心を開いて話せるようにって」


 野分ちゃんの言葉は、今までずっと気に掛けてくれていたのが、私はわかってて距離を置いていたので、親身に感じて伝わって来る様な。秋はもう最初からそう言う気でいたみたいにな態度。


「私も部活の助っ人行く時以外は、出来るだけ月夜と一緒にいるようにしたいんです。私の事好きになって貰いたいし、まだまだ深く仲良くなりたいから」


 スリーランホームランで逆転。別にどちらも贔屓チームでないのか、淡雪さん、そちらには関心を示さず、二人に返事。


「そう言ってくれる友達が出来て、良かったよな、楓。あの子、ずっと独りぼっちで話し相手はエミリーくらいしかいなかったんだろ。あんな風な、ってこれも言っちゃ駄目だな。

悪い悪い。とにかく、これからも仲良く付き合ってやってくれ。私らも何か出来る事はするし、相談にも乗るよ。

あの子、意地っ張りだけどいい子だからさ、楓もずっと心配してたんだけど、あの子自身がどうにかしないといけないから、病院の先生とかもアドバイスはくれるけど、それだけで何とかなるもんじゃないしね」


 それでお開きになったのか、しばらくまだ会話を交わしていたようですが、四人がわたし抜きで随分とわたしの事でわかり合ってしまったみたいで、何だか仲間外れにされた気分を後から聞かされてちょっとジェラシーな気分です。


 しかし、この時はうんうん唸って、寝込んでいたので、知る由もないどころか、わたしは二人が来てくれていたのも、翌日に楓ちゃんに教えて貰って初めて、そうだったんだと内心嬉しく思っていたほどです。




 いやしかし嫉妬心と言うものは、次第に自分の心理内での領域の中で、膨れ上がっていくもののようです。


 醜い感情だと言われても、こう沸々と湧き起こって来てしまうのですから仕方がありません。


 何をそんなに言っているのかと思われるかもしれませんが、順を追って話していきましょう。


 あの後、秋からこの子とも昼ご飯食べる事にしたから、知ってるでしょ、野分ちゃん、月夜も仲良くしなね。


 なんて言われて、これで野分ちゃんともお話が出来るんだと喜んでいたのですが、何やら二人はしょっちゅう揉めているのか、じゃれ合っているのかわからない様なやり取りをしているのですよね。


 その一つずつはくだらない内容だと思います。何かこう自分で言うのも嫌なのですが、あの二人はこちらの方を見て、小さいお人形さんみたいに可愛くてそれで目までそんなプリティーな趣があるからいいんだと野分ちゃんが言えば、秋はと言うとわたしはその可愛い見た目に反してクールな態度を貫いていて、そこに凛とした美しさがあるから、そのギャップも含めていいんだと言って譲りません。


 正直どちらでも恥ずかしい事この上ないので、あまり大きな声でその話をしないで欲しいんですが、どうもそんな類の話で何だかんだ二人で盛り上がって、二人の世界を構築しているのです。


 だからわたしはわたしを放って置いて、二人がそうやって急速に接近していくのに複雑な気持ちを抱いていました。


 はっきり言えば、秋に対して不機嫌な態度も取っていたかもしれません。


 わたし以外の女に、野分ちゃんは友達と言えど、自分は仲良くする相手もいなければそのコミュ力も全然ないなんて言っておきながら、あんなにすぐに打ち解けて、それどころか時々秋はわたしにはそんな事やった記憶は全くないにも関わらず、野分ちゃんのお弁当を摘まんで怒られるなんて、そんな風な事まで始めるのです。


 野分ちゃんもわたしに酷いよねぇなんて言うものの、満更ではない様な顔をいつもしているのですよ。


 それからわたしはあんまりにも二人があれこれ世間話でも何でも、ずっと話し続けるものだから、よく飽きもせずに延々と喋れるなと呆れつつも、自分にはこんなに秋とコミュニケーションを取り続けるだけの話術がないので、少ししょんぼりしていました。


 それでやはりいつもの反発態度で、当てつけのように宮沢賢治なんて読んでいますと、エミリーがやはり余計な一言を発します。


「月夜さん、前にも言いましたように、もっと自分から攻めなくては。それでいつも損して来たんですから、この二人は別に貴方に悪意や攻撃を加える人ではないのですから、何か貴方もチャレンジしてみては如何ですか」


 そう言うので、わたしは丁度「猫の事務所」を読んでいた所だったので、気まずい思いをしていたのですが、そんな事とはお構いなしに二人が、あ!しまったと言う顔でわたしを見つめます。別にそれを狙っていたのではないのですが。


「ごめんごめん、最近月夜とちゃんと話してなかったね。でもほら、野分ちゃんに言い返せる機会だから言うけど、こうして文学少女な月夜って格好いいでしょ。可愛いだけの女じゃないんだよ」


「うーん、それも私には萌えポイントだなぁ。本当にクールな美女みたいに、精神もかっきーんって感じじゃないのは丸わかりだし」


 かっきーんってどう言う表現なのでしょうか。時々、周りの人の言葉についていけない事があるのは、これはわたしだけの境遇なのでしょうか。


 それとも、多かれ少なかれ誰もが、あれ?こいつ何言ってるんだまあ別にいいか、みたいに色々な言葉をスルーしているのでしょうか。


 それともこの二人に限ってそんな事はないのですが、他の人は偶に話している内容を聞いてしまうと、日本語通じ合ってるのかなって言う様な会話が投げられている事もよくあって、どうもこの辺にコミュニケーションの不可能性を感じずにはいられません。


 いえ、と言うかまた変な所が気になるばっかりにスルーしそうになりましたが、この二人再度わたしの魅力について揉めています。わたしは秋に何だか意地悪したくなってしまい、こんな事を言いたくなってしまいました。


「もうまた二人の世界に入ってる。まあでも野分ちゃんは許してあげてもいいけど、秋は駄目よ、ギルティだわ」


 この言葉に野分ちゃんはツボに入ったのか、くすくす口元を抑えて笑っています。


 そう言えば、爆笑は一人では出来ないなんて言う語義的な解釈は、必ずしもそうとは言えないし、辞書にそう書かれていても、古い文献にも一人で大笑いする描写に爆笑とあったりするなど記事に書かれていたのを思い出してしまいました。


 そうです、秋はへ?となっていて、


「何でわたしだけに怒ってるの、何だか最近月夜おかしいよ。放置した事は謝るよ、でも何か悩んでるなら相談してよ」


 相談なんて秋にどうして出来ましょうか。いや、出来ない。と反語で返したくなりますが、わたしは黙ってツーンとするだけです。


 だって、わたしはこの前には姉の手前、わたしの幸福追求の妥当性に悩んでいたと言うのに、今度は秋の心が他の子に行ってしまうのに嫉妬して、もやもやして苛々してどうしようもなく胸が痛むのが、こんなしょうもない事で自分の心をコントロール出来ないでいるなんて、とても言えたものではありません。


「もう、じゃあ私そろそろ予鈴だから行くよ。明日までに機嫌直してて欲しいな」


 そう言って、ポンとわたしの頭を撫でて行きます。この女は、わたしの心をコントロールするのに随分と手慣れたみたいな態度です。


 嫉妬心はまだ残っていて、秋にはぷんすこしていますが、こんな事されたら反則ではありませんか。


 あ、今わたしもちょっと若者言葉っぽく出来てなかったですか、それともこんな言葉遣いは古臭いでしょうか。


「それじゃあ、私達も教室帰ろうか。うんうん、私月夜ちゃんが何に怒ってるのかわかっちゃったな。秋ちゃんは鈍感だし、無神経に色々な事をしてるみたいだから、月夜ちゃんの事見てるようで、見落としてる振る舞いが多いんだよね。大丈夫、私は月夜ちゃんの事、応援するよ」


 ええええ、野分ちゃん、いつも物わかりがいい子だと思ってましたが、察しが良すぎはしませんか、まさか今の台詞から考えるに、他の事と勘違いしてるって言うのはなさそうですし、わたしってそんなにバレバレな態度取ってるんでしょうか。


 ちょっと、ショックで引きずりながら、わたし達は教室に帰ったものの、何だか青ざめているんだか顔が赤いんだかわからない内に、午後の授業は終わってしまいました。



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