第6-2話お揃いのコップとお家デート?
浮かれていてどうかしていたと思いますが、わたしは商店街の雑貨屋さんでお揃いになるコップを、何を思ったのか探していました。
可愛いのがいいのか、それともどう言う基準があるのかもわかっていないのですが、お洒落とされる物の方がいいのか、凄く悩みに悩んでもどれがピッタリなのか、ますます訳がわからなくなって来るばかりです。
そうしていると、後ろから「こんにちは、月夜さん」と声を掛けられて、またもわたしは驚きでしばらくドキドキしていました。
本当に出来るだけ皆さん、わたしに後ろから話しかけないでくれると助かるのですが。
振り向くと、狐のお面をした方。えっと、確か喫茶店にいたAIの方でしたよね。
名前が咄嗟に出て来なかった所へ、エミリーが頭の中で「紺さんです、月夜さん」と教えてくれて助かりました。
こう言う時、USAIがいる生活は、いいパートナーに恵まれている様な実感を伴います。
「紺さん、お久しぶりです。買い物ですか」
紺さんは人間ではない上に、旧型のボディだから顔をお面で隠しているんだと、楓ちゃんに教わりましたから、それで余計に表情がわからないから無機質に思えてしまいます。
「ええ、料理の材料なんかを、ちゃんとした農家から仕入れている八百屋とかで買うんですよ。お米やお肉なども贔屓にさせて頂いているお店で購入するんです。月夜さんは、何か生活雑貨をお求めで?」
なるほど、お店をやるのはさぞかし大変なんだろう。カートみたいなのに、結構な量の買い物袋に入った品物が詰め込まれている。
「ええ、ちょっとした記念にペアのコップを買おうと思ってたんですけど、中々悩ましくって。どう言うのが紺さんはいいと思いますか」
何だか丸投げしてしまう様な形になってしまいそうですけど、紺さんのセンスに頼るのも悪くはないかもしれません。
AIと言うのは、こちらの情報がないとおすすめなども選べないでしょうが、最大公約数的な美的アプローチなんかをして、最適な買い物の助けになる場合もあるとも思いますし。
「そうですね、ペアのコップと言うと、誰かとのお揃いにすると、そう言う事でよろしいのですよね。端的に言って、どう言う用途とかどんな感情の発露で、品物を選ぼうと思っていらっしゃるんでしょう」
ああ、やはりちゃんとそう言う基本的な事を聞いて来ますよね。
何故だか、最近少しばかり人に慣れて来たのか、AIには元から悪意などないから気楽に話せるからか、わたしは自然に答えていました。
「友達と使おうと思ってるんです。それもわたしに取っては特別な。凄く甘い気持ちで、浮ついてるので、何だかどうしたらいいかわからないんですけど」
恥ずかしくなって来て、わたしはスカートの裾を摘まんだり、指を絡めたりして、俯いてしまいます。髪も弄ったりしていたかと思われますが。
「はあ、なるほど。多少カップルで使う様な意図が含まれる訳ですね。そうですね、それなら・・・・・・」
カップルと言われて、わたしは一気に顔に熱が集まるのがわかります。もしかして、やはりわたしの態度で、そう言う気持ちが透けて見えてしまうのでしょうか。
でもでも、まさか秋はそんな風にわたしを見ていないだろうし、困難な想いになる訳で、それならそんな意図を込めたコップにしない方がいいかもしれないし、そうして秋に気付かれても困るし、だからと言って地味なのだと何だか悪印象を持たれてもいけないし、最大限わたしの見栄が良く思われる様な物がいいし、それだと可愛いのを選ぶのがいいのかしら、でもそれでどう思われるかわかったものではないし、しかしそんな人間心理を考慮して紺さんはチョイスしてくれるのでしょうか、もしかして可愛いと言う単語だけを抽出して、それの一般的な要素を持ったコップを選択するかも、だとするなら・・・・・・。
「はい、この透明ガラスで色違いのウサギ模様なんか如何ですか。お月見仕様で、季節柄ではないかもしれませんが、中々女の子には心惹かれるデザインではないかと思います」
ああ、どうしようどうしよう。
「え? ああ、はい。お月見のコップ、ですか。それって、何だか意味深・・・・・・」
どうしてそんな風にわたしが思うのかは、ちょっと恥ずかしくて言いたくありません。わたし達に対する何かの符号だと思われないか、ちょっと不安です。
「ああ、なるほど。貴方にはピッタリかもしれないですね。私にはそう言う意図はなかったのですけど。それにほら、青とピンクで綺麗な色合いですよ」
本当です。確かにガラスにデザインされた、ウサギが餅つきしている様子は、近くで見なくてはわかりづらいですが、キュートな感じだし、その透明のコップに綺麗な色がマッチしていて、わたしはその物に心奪われます。
しかもその下にAutumn, Moonlit Nightなんて書かれていて、余計にわたしはドキドキしてしまいながら、勢いづいて来ていました。
「わかりました。紺さんを信じてこれにします。何でこんなにいいのが目に付かなかったのかなぁ。やっぱりそう言う推薦って、何かコツみたいなのがあるんですか」
そう言う訳でもないですが、と紺さんは狐の顔を見せながら、首を傾げます。
「ただ、何かお揃いの品物で、美的センスのサンプルから、参照しながらカップルに最適なのと言えば、これが一番月夜さんにお似合いではないかと思っただけですよ」
「そうですか、そう言う参考にするデータもあるんですね。いえ、ありがとうございます。じゃあ、買って来ますね」
ええと言う紺さんの声は涼やかです。
わたしはレジに向かいながら思うのですが、そんな風に無機質に聞こえる言葉も、ちゃんと分け入った耳で聞いてみれば、微笑を含んだ温かい目線が感じられるのではないでしょうか。
それとも、アルゴリズムで反応しているだけのAIに感情移入などしてはいけないのですかね。
それでもシミュレートの果てに、わたしにだけの応えをしてくれる訳ですので、わたしはそこに人間的な精神と同じものを汲み取りたいです。
コップは二つなのもあって、少しお高かったですが、足りない訳でもなく、お札で支払って、端数の小銭も丁度あったので、それも出しておいて、キッチリしたお釣りを貰います。
わたしと紺さんは並んで店を出てから、しばらく紺さんにお店の事を聞いたりなんかして、〈ヴィレッジ・グリーン〉の前で別れました。
その日を今か今かと待っていましたが、準備となると美味しそうなピーチティーとかをその辺で買ったりしてる程度で、心の準備も含めて何も考えていませんでした。
それで当日にあっという間になって、部屋でわたしは迂闊な事に、どの服を着ていたらいいんだろうとか、今更ながら悩んで焦っていましたので、エミリーには何故だか無思慮にもブラック・サバスなんて場違いな音楽を掛けて貰っていました。
それで、あれこれ引っ繰り返した挙げ句、超有名バンドの四人のメンバーとデビューの1964年にバンドロゴが入っている、わたしの価値観ではお洒落なTシャツを着て、下はとりあえずあまりフリフリしていないスカートを穿いておく事にしました。
そうしてホッとして一息つこうかと思っていると、チャイムが鳴らされます。
ああ秋が来たと思って、扉の方に向かおうとして、ふと待て何でわたしは今ブラック・サバスを聴いているんだ、と冷静になって青ざめました。
それでも待たせる訳にも行かないし、咄嗟に何に変えればいいかもわからなかったので、そのまま玄関の戸を開けに行きます。
ドアの先には秋が手を上げてやあと言ってくれて、迎えてくれました。いや、おかしいですね、迎えているのはわたしです。
どうぞどうぞとそそくさとわたしは、頭をグルグルさせながら、奥に向かうのですが、頭は真っ白になってしまっています。
何を聴いていたのでしたっけ、と考えを巡らせて、もしかして落ち着いた曲調の物が入ったアルバムなら、すぐに変えれば変に思われないかと思っていたら、そうでした「パラノイド」だったのです。
よりによって、今は「アイアン・マン」ですよ。ヒーローの彼ではないのです、復讐者じゃないですか。
どんな女子だよと思われますよ、だって秋はドイツ人とのダブルですから、英語の聴き取りだって苦手ではないはずです。
幾らオジー・オズボーンが変に高音の声で歌っているからって、騙される訳がないです。
ああー終わったとか絶望しながら、わたしがテスト範囲のどれを勉強してもいいように、プリントとかをテーブルの上に持って来ていると、エミリーが流している音楽の表示を秋はじっと見ているではないですか。
やっぱりこれはキモいと思われる、別にわたしはメタルが好きな訳ではないし、寧ろプログレとかの方が好きだったりする、とか言おうかと思いましたが、どっちにしろ同じじゃないかと結論づけて、墓穴を掘りに行くのは昔のトラウマなので、冷や汗を流しながら黙っていました。
おかしいですね、まだそこまで夏真っ盛りな時期でもないのに、異様に熱く感じられます。
「へぇー、結構格好いいの聴いてるんだね。月夜は前も音楽の情報チェックしてたし、色々聴いてるって言ってたっけ。家はこんなの聴いてたら怒られるから、羨ましいなぁ。今時、キリスト教圏でもこんなの皆聴くよねぇ」
いえ、ロック聴いてる想は少数派になりつつあります、とはまさか言えず、そう言えば今海外ではどんなのが流行ってるんだろうと、わたしの頭の上にはてなが浮かびます。
現在の流行の音楽、ましてや全米チャートなんて、日本のですらチェックしていないのに、わたしが気にしているはずもなく、そう言えばメタルだったら中々コアなファンは多かったのではと思いましたが、もっと時代が下っていって激しさを増していくメタルは心臓に悪くてしんどくなるし、そうかと言って産業的なのにも食指が動かないしで、わたしはまだヘヴィ・ロックとかの名称だった頃の物しか、あまり聴いた事がなかったので、どう言えばいいか困ってしまって固まってしまっていました。
しかしふと、今日は勉強会なのだから、音楽を止めればいいじゃないかと思い至り、その旨告げますが、秋は何気なくもこんな事を言います。
「いやー、ファミレスとかでBGM流れている中で勉強とかするの、やった事もないしさせて貰えないら憧れてたんだよね。まさか友達の家でそれ出来るなんて感激だから、何でも掛けてていいんじゃない。おすすめのやつとか何かないの?」
あああ、じゃあ変えてもいいんですね、秋さん。それならどうしようかと思って、エミリーに相談すれば、
「そうですね、それならイエスの72年のライヴアルバムなんてどうでしょうか。あれなら癖はそこそこありますが、そんなに気が散る事もないですし、結構長いのでゆっくり勉強している間、選曲を悩む事もないでしょう。ああ、でもこの時期の曲はそのラインナップから変更されてるの、ちょっと複雑な気持ちなんでしたっけ。後任のドラマーはそれ以降ので、真価を発揮するとか言ってましたね」
「エミリー! 余計な事言わなくていいから。そりゃあビル・ブルーフォードが好きなのは認めるけど、それ以外の部分も沢山いいライヴなんだから、そんなの気にしてないよ。彼が叩いてる曲も少しだけあるし」
そう言って、エミリーに抗議をするも、エミリーはふふっと笑い声を漏らして、すぐに「イエスソングス」を掛けるだけです。
もういいやと思って、今飲み物入れるねと秋に言い、買って置いたお揃いのコップにピーチティーを注ぎます。
そして、ちゃんとAutumnと書かれた方を秋に、Moonlit Nightとあるのをわたしの方に置きます。
まさか、紺さんが無意識にわたし達に当て嵌まるコップを選んだのに気づきはしないでしょう。
その証拠に、可愛いコップだね、とか簡単に感想を言っているくらいです。それでも中々ホストとして、客人を持てなすなんて芸当は、わたしの様なコミュニケーションの下手な人間には出来そうにありません。
これではわたしはroundaboutには到底なれませんね。だから、とっとと勉強を始めてしまうに限るのです。
しかしよくよく考えてみなかったわたしが悪いのでしょうか。元々、わたしも学校のテストに焦って赤点の心配をする様な成績でもないですし、秋に至っては本人から聞く所によると入学テストやクラス分けテストの成績も凄く良かったと、先生から聞かされたみたいですし、わたし達は何も集まって勉強会をやる必要はなかったのではないか、とはたと疑問点に行き当たったのです。
しかし秋は疑問に思っている様子はなく、さっさと自分の筆記用具を広げて、自分の勉強を始めているし、わたしも仕方なく自分の事をしようとします。
しかし、もう一度やってはいけない様な書き方で、しかしと重ねますが、わたしは座ってから秋の方を見ていると、そちらに吸い込まれてしまい、勉強をしようとプリントに向かいますが、ちらちらと秋を伺う内に全然何も手につかない事に気がついてしまいました。
だって考えてみて下さい。秋は、わたしと同じ様にTシャツを着ていますが、それは真っ黒の生地に英語でDo not disturb.と書かれている、少しわたしから見てもセンスが通常とは違う服を着ているのですが、それは問題ではありません。
近くで見る秋はとても美しいのですが、服の上からでもわかる結構グラマラスな体に目が行ってしまいます。
男子中学生かと言われそうですが、女子だってわたしはレズビアンなのだから、同性をそんな目で見てしまうのはおかしい事ではないでしょう。
それに秋は短パンを穿いているのですが、その先に眩しく光る生足がもう誘惑されているようで、おかしくなりそうです。
だって、見て貰いたいくらいですが、秋のスポーツをやっている為に引き締まった太股を見ていると、それでも女性らしいラインもあり、充分細い足でもあるので、その魅力的な足が晒されているのを見ると、欲望的になるのも無理はないですよね。
それにいつも食事を一緒にしているのですが、今日はわたしの部屋と言う密室で二人きりで、こんな至近距離に秋が真剣な表情で勉学に取り組んでいるのです。
じゃあわたしもそうしなさいと言う声が聞こえて来そうですが、そうする努力はしているのです。
しかし誘蛾灯に群れる羽虫の様と言ったらおかしいかもしれませんが、わたしは秋のその表情に体に見惚れてしまってそれどころじゃありません。
ええ、だって異性愛者の女子にはわからないかもしれませんが、秋の持つ格好良さとわたしが言う言葉が含有するのは、男性に彼女らが使っているのとはかなり違う意味合いを持つと思うのです。
男性を格好いいと言う場合、わたしの主観では大抵が、どんな中性的な化粧をしているミュージシャンとかでも、男の生物学的な強さがどこか表れていると思われるのです。
だからそうじゃないアイドルとかは、可愛いとか言われるし、そのどれにも属さない人に対して、屡々侮蔑的にキモいとか心ない言葉を皆投げているんじゃないでしょうか。
しかし秋はそんなマッチョイズム的に見て、格好いいんだとかそんなんじゃないのです。
単純な綺麗さだとか中性的だとかを超えてもいる、どこか女性的な美しさも兼ね備えていながら、凄まじく格好いいと言う可愛さから逸脱するかの様な、キュートとかプリティーではなくて、ビューティフルだとかエクセレントとでも言う他ない、もう一つ言うなれば女神や天使と王子様を両立させる存在なのです。
そんな感覚を想起される男性は、ある程度の年齢までの少年くらいにしか、わたし自身は感じられません。
プラトン達がどこまでの年齢の少年愛をおじさんに推奨していたのか、どう言う概念の少年が好きだったのか、少し気になる所です。
しかしまあ言い過ぎだと思うでしょう、そりゃあ秋に何の思い入れもない人にはそうでしょうよ。
でも恋をしている、ええそれを認めるしかないかもしれません、恋する乙女の目線からは、それくらい崇拝するまで行かなくても、眩しい女性なのです。
恋の病にいかれてると、自分自身でもそう思います。
でも仕方ないじゃないですか、こんなにわたしの事を気にしてくれて、わたしに優しくしてくれて、引いたり気持ち悪がったりしない友達なんて初めてなんですから。
ああ、前髪が左右に分かれているのも、とても真摯な眼差しで勉強している姿も、シャーペンを動かすその手の焼けてもいるのに綺麗な具合とか、足の芸術的なまでの理想的な筋肉の付き方――もしかしたらルノアールの裸婦像とかが理想だと思っている人には、また違う論評が加えられるのかもしれませんが――に、やはりスポーツをやっていてもどこか隠す事の出来ない女性的な肢体。
わたしの様な病弱で子供っぽい体型の人間とはえらく違うのに、嫉妬するのではなくて、惚れ惚れしてしまっているわたしがいます。自分を惨めにも少しばかり思いながら。
そして息をする唇の動きが、時折何か呟くのを見ていると、ぎゅっと胸が締め付けられそうです。厚くもなく薄くもなく、口紅もつけていないのに健康的な赤さを持ったその唇は、わたしの官能を酷く刺激して来ます。
とにかくわたしは問題を解くの勉強は諦めて、復習になるのか微妙な心境のまま、自分の煩悩と戦いながら、ノートやプリントの活字を追っていったのですが、それを考えるのにイエスの音楽はいい効果をもたらしてくれるのか、いつの間にか勉強はそれなりには出来るようになっていったのです。
それでも時折、ちらちらと秋の方を盗み見ていたので、全然集中出来てないとも言えるのですが。
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