第6話

第6ー1話学校生活での個人的なもの

6.




 わたしはどうやって、再び野分ちゃんとも話を出来るようになるか考えていたのですけど、野分ちゃんはクラスで割と社交性のあるタイプの人間でもあったので、色々なクラスメイトと話していたりしたので、わたしの入る余地はなさそうでした。


 時々、わたしが保健室に行く時に、野分ちゃんが付き添ってくれる場合は、それなりに話が出来そうなものでしたが、体調が悪いから保健室に行くんであって、雑談をする余裕は前に奇跡的に接点を持った時のようにはいきません。


 だからか、休み時間には出来るだけ誰とも接触もしないでいる為に、壁を作ってしまうのは承知で、本を読んで過ごす事が多かったと思います。それで小学校の時みたいに、本を取り上げてからかわれたり、いじめに発展しそうな予兆は、流石にまともそうな学校を選んでいるので、そこまでする人はいなかったのは、あまり心配していなかったとは言え安心材料でした。


 それで昼休みの緊張もありながらの秋との時間が、唯一わたしに取っては学校生活ではオアシスの様な時間だったかもしれません。


 しかしある時に、秋はわたしにこんな風に問題点を指摘して憤るのです。


「ねえ、あのさ、月夜。私、移動教室で月夜の教室の前通った時に見ちゃったんだけど、月夜っていつもあんな風に、誰にも気にされずに一人でいるの? もしかしてクラスで上手くいってないのかな。やっぱりそう言うのって、しんどいでしょ。

私も特別視されて、あんまり仲のいい子って月夜くらいしかいないから、良くわかるつもりだけど、月夜は辛くないの? 孤独にクラスの端でいるのがどれだけきついかって、わかりすぎるくらいにわかるけど、時々一人がいい子もいるから、そうだったらちゃんと言って?」


 驚きました。秋もいつも一人だと言うのです。あれだけ人気があるのに何故?と一瞬思いましたが、逆なのです。


 人気があるくらい運動部の助っ人とかで活躍するから、秋は自分達と違う雲の上の存在と皆思っている為に、遠巻きにされてしまうのではないでしょうか。


 だから、同じ様な匂いを嗅ぎつけて、わたしに声を掛けたのかもしれません。そうです、最初に寂しそうな目をしているからと言っていたではないですか。


「どうして、こんなに美人で話してみたらわかるのに、三組の子は月夜と話してみようとしないのかな」


「何でも保健委員に迷惑掛ける様な人間だかららしいわよ。ってちょっと、何でそんな思ってもみない様なお世辞ばかりいつも言うの、秋は」


 ちょっと語気を荒げてそう言ってしまいます。


 わたしは自分の事がそんなに好きじゃなくて、誰に出しても恥ずかしくない素敵な人間じゃないのがコンプレックスなのに、何でそうも秋は可愛いとか綺麗だとか、そうやって外側から褒めるのでしょうか。


 それって、容姿だけが取り柄みたいじゃないですか。それにわたしは容姿だって、平均的なレベルにしかないですし。


「ああ、その事か。だって月夜、小さくて可愛いんだもん。それでいてハッとする美しさもあるのは、憂いがそうさせるのかな。それになんか拗ねてるみたいだから言うけど、外見だけでナンパみたいに話しかけてるんじゃないよ。

月夜は、私を全然特別扱いしないで接してくれるし、月夜の好きな事とか話してるのが生き生きしてて、凄く魅力的なんだよ。だって月夜、他の子と違って私にはオープンな感じでしょ。それが嬉しいんだよ、私」


 確かにあんまりにもフランクに来られるものだから、いつしかわたしも自分の事も、他の普通の人になら引かれるくらいには話してしまっているかもしれません。


 文学や音楽は、細かく突っ込んだ話なんかはそれほどしてはいないつもりですが、好きな漫画とかアニメの事とかは、自分の趣味を隠す様な真似もせず、今から考えると秋に対してあまりにも無防備すぎるくらい自分を見せていたと思いますが、楽しそうに話していた記憶が甦って来ます。


 秋はどうせ周りに友達がいないものだから、わたしが勧めた漫画なんかを、家で読んでいて見つかったら怒られる危険があるのもあったからか、学校の休み時間に読んだりして、読み切れない分はロッカーなんかに入れたりしながら、わたしの貸した漫画を面白く読んでいたようです。


 それだから、わたしはますます話し相手が出来た喜びには勝てず、秋に懐いてしまっていたのです。


 でもそうですね、わたしも秋をそれほど知らないからか、他のキャーキャー言ってる子達みたいではないのは、ハッキリと断言出来ると思います。


 一人の友達として、何も遠慮する事はないし、ドキドキさせられて悶々としたりもしますが、それでも避けたりする事はないんじゃないでしょうか。


 だって、わたしは秋と一緒にいるのが、とても幸せに感じているのですから。


 だからわたしの方も、何故皆が秋と自然に会話をしないのかと、少し憤ってみたりもします。


「秋も災難ね。秋がスポーツも勉強も出来て頼りになるだけなのに、それだけで恐れ多いとか思わなくてもいいのにね。そうだ、部活の先輩とかとは話さないの?」


 ああー、と頬を掻く秋。


「うん、そりゃあ先輩は良くしてくれるけど、中々私みたいにどこにも所属してないのに、先輩とそんなにどっぷり仲良くはなれないよ。だからぼっち同盟みたいに言ったら失礼なのかもしれないけど、私さ月夜には同類意識感じてるんだ」


 そう言われてわたしは、凄く嬉しかったのです。


 しかし、長い間これほどまでに心を寄せてくれた人なんていなかったので、戸惑いを隠すのでおかしくなってしまいます。


「別に勝手に感じてればいいんじゃない。わたしも秋の事は、嫌いじゃないし。いつもわたしここにいるから、好きに来ればいいでしょ」


 そう言う素直じゃないわたしにも、秋は猫の様にふにゃっと顔を綻ばせて、わたしの手を握って来ます。わたしの体感温度、急上昇。いきなりは反則でしょう。


「うん、ありがとう。本当に月夜はいい子だなぁ。結構、ハブられたりする事も私多かったから、こんなに仲良く出来た女の子なんて初めてだよ」


 わたしもそうだよ、とどれだけバシッと言えたら良かったでしょうか。わたしはいつまでも握られてる手が気になって、それどころではないほど、狼狽えているのです。


「そうだ、そろそろ中間テストだよね。月夜は成績どう? 私は大丈夫だと思うけど、一緒に勉強しないかな。駄目?」


 じっと見つめられるので、ドギマギしてしまうの大爆発です。


 その潤んでいるかに見える、純粋な宝石みたいに光るダブルである為に綺麗な瞳に見つめられるとクラクラして来そう。


「う、うん。いいわよ。勉強はそれほど困ってないけど、一緒に過ごすのも悪くないわね。じゃあ、もし良かったら今度わたしのアパートに来るかしら」


「わかったよ。行く行く。じゃあ、お部屋も見せてもらえるんだ。場所教えてね、友達の家に行くなんて初めてだから、緊張しちゃうなぁ」


 全然緊張なんてしている気配すら感じない気の緩んだ声で、わたしに地図での場所を聞いて来ます。


 それで一通り住所を教えて、通りの注意点なんかを伝えていると、チャイムが鳴ってしまったので、お互い名残惜しい気持ちを残したまま、教室に帰る事になりました。




 少しずつわたしの中でも、秋と仲良くなれて来ている実感が出来始めていましたが、やはり他の人には可哀想な子と見られるか、変わっていて付き合いづらそうな子と見えているみたいで、教室ではどのグループの輪にももちろん属しませんでした。


 野分ちゃんは、時々気にして話しかけてくれるのですけど、休み時間も短いですし、それほどちゃんと話をする所までいかない内に、野分ちゃんが他の子に呼ばれてしまったりして、どうしても接点は取れません。


 そうしてある日、わたしは保健室で休んでいたので、その時の授業で配られたプリントをやってしまって、先生に提出しに行きました。


 失礼しますと言って、職員室に入るのはやはり緊張するものです。


 担任で物理の教師である円座桐えんざきり先生のいる場所を探します。


 円座先生はかなりクールビューティーな感じの先生ですが、素っ気ない態度で生徒に接するせいか、割と生徒には怖がられているようです。


 これも秋に聞いた情報ですが、秋はファンみたいに群がる子から、多少の話を仕入れたりも出来る点は、まだわたしよりもマシなのではないかと思ってみたりもしますが、わたしはその差がそんなに大きいものなのかは判別出来ないでいます。


「おお、二夜か。何だ?」


 気怠げなのに切れ味鋭そうな目をしている為、わたしもやはりうっと少し怯んでしまいます。ただプリントを提出しに来ただけですのにね。


 それだけ先入観を拭い去るのは難しいのかもしれないとちょっと思ったので、色々な偏見や固定観念が変わらないのも仕方がない事でもある、ある意味人間の思考の傾向なのだと考える様にもなりました。


「あ、あの。休んでた時に配られたプリントやって持って来たんですけど・・・・・・」


「おお偉いな、二夜は。授業を受けてても、きちんとやらない奴もいるって言うのに。ああ、ちゃんと受け取ったぞ」


 それでわたしは、何か言ってから退出した方がいいかと思案して、もじもじしていたら、


「・・・・・・どうだ、二夜。学校にはもう慣れたか」


 そんな事を聞かれて、しばしポカンとわたしはしてから、言いにくそうに返事をする事にしました。


 もしかして、円座先生はわたしの事を気にしてくれているんでしょうか。


「えと、あの勉強は大丈夫だと思います。ちゃんと遅れない様に、休んでしまった時のも家でもやるようにしてますし、一人でこつこつやるのは好きなので」


 ふむ、と円座先生は考え込んでから、問題点を浮かび上がらせます。


「やはり問題は人間関係か。確かに君は、普段見かける時も誰かといる事ってなさそうだからな。中々仲のいいグループに入って行きづらいだろう」


 図星なのですが、今の時期に聞かれたからこそ、違う返答も出来る気がします。


「は、はい。やっぱり皆、奇異の目で見ているみたいで。で、でも別のクラスで親しくさせてもらってる子ならいるんです。えと、確かヘルプなんとかさん」


 驚いた顔をする円座先生。結構、こう素に近い顔をすると綺麗な中に可愛い部分もあるのではと思わされます。これからは心の中では、桐先生と呼ぶ事にしましょう。


「ほう、あのヘルプストナハトとな。まああいつも複雑な事情があるみたいだし、君らはお似合いかもな。だが、友達ならちゃんと苗字くらいは覚えておいてやれよ。確かにあの名前は覚えにくいだろうがな。

だが、クラス行事なんかの時、これから多少困る事になるのかもな。その辺は、どうすればいいか、私も考えてはいるんだが」


「あ、あの。一応、他の子に囲まれてる事が多くて、お話出来ないんですけど、保健委員の野分ちゃん・・・・・・稲妻さんは良くしてくれます。でもあの子みたいに、皆とはとても明るく接するのはわたしには難しくて」


「うん、まあゆっくり君のペースで出来る事をやればいいさ。ああ・・・・・・あのな、これは贔屓してる訳じゃないから言うんだが、実は入学前に君の親御さんから、君がちゃんと卒業出来て、辛い思いをする様な事になって、学校が嫌にならない様に、少し助けもして欲しい旨言われてるんだ。

もちろん、親御さんは何から何までお膳立てしてくれって言ってるんじゃないし、君の力で打ち破らなければいけない事は沢山ある。

だが、君の体調の事とか、色々サポートしなくちゃいけないのは、学校側もそう言う生徒も受け入れているんだ、出来るだけスムーズに生活出来る様にしてやりたいと思ってる。

だから・・・・・・なんだ、何か気になる事とか、問題があったら遠慮なく私にでも他の先生にでも言ってくれ。

その為に担任はいるんだしな。氷室なんか話しやすいんじゃないか、あいつに相談してもいいと思う」


 何か不器用なだけで、本当は熱心に生徒の事を考えてくれている先生なのだと思うと、やはり皆桐先生については、印象に惑わされすぎなんだなと思います。


 それに杏子あんず先生ともコネクションを持っている様で、助かる気持ちです。


 杏子先生とは、杏子と書いてあんずと読む、保健の先生で眼鏡が似合う、中々の美人です。


 白衣がまたベストフィットなので、凄く落ち着く雰囲気を持っている杏子先生には、しんどい時に行く保健室の気分を幾分か和らげてもらえているかと。


「先生、色々ありがとうございます。これからも迷惑掛けるかもしれませんけど、よろしくお願いします。それじゃあ失礼します」


「ああ、迷惑なんて事はないぞ。二夜、体調には気をつけてな」


 そう言う先生の言葉を聞きながら、そそくさとわたしは、職員室から退散したのでした。


 考えてみれば、職員室に入ってプリント提出をしたのは初めてではないものの、桐先生にあんな風に声を掛けてもらったのは初体験かもしれません。


 それまでもちょくちょく話しかけてくれていたのを、記憶を呼び起こせばあっただろう事を思い出しますが、それほどまで優しさに触れていたと知ると、少し胸が熱くなって来そうです。


 家に帰って、宿題をしたり明日の準備なんかをしながら、いつになるかと待ち遠しくなる秋との勉強会の日を思いながら、わたしはエミリーにブラームスの「ヴァイオリンソナタ第二番」を掛けてもらいながら、エミリーと桐先生の事について話したり、エミリーに母が先生に学校生活のサポートの頼みをしに行こうかと話していた事などを聞いたりして、少しずつわたしの精神も安定していく兆しもあったのですが、やはりそうなって来ると、何故姉は死のうとしなければならなかったのか、私だけが幸せになっていいのか、なんてぐるぐる考えてしまいます。


 それはゆっくり解決していく事だと、医者からもエミリーにも言われるのですが、中々一足飛びに解消したがってしまうし、どうにもならない事実に打ちのめされてしまうようです。


 それでも、もっと秋と話したい、出来るなら触れ合う機会を増やしたいと思っているのは、もしかしていい傾向なのでしょうか。


 ですが、そこからもし嫌がられたらどうしようとか、こっちが恋愛的に好きになってもどうしようもない事だ、と悶々として悩みは深まるばかりなので、わたしを宥めるエミリーも大分苦労しているなと、少しエミリーに同情もしそうになります。



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