第5話恋の自覚?

5.




 そうやって邂逅を果たしたわたし達は、昼休みに出会った事もあって、そこへわたしが行くと秋が来るので、一緒にお弁当を食べるようになったのです。


 わたしは楓ちゃんの作ったお弁当でしたが、秋はいつも学食の食事を買うかパンとかで済ませる事もあったと記憶しています。


 そうして、しばらく一緒にいると、秋に対する目線に気づきました。


 遠巻きにわたし達を見ている生徒の数が、結構いるようでしたので、何かと思っていると、ある日声をかけて来て、どうしてわたしといつも二人でお昼を過ごすのか聞かれました。


 これに秋はただ、わたしの事を気に入ったからそうしてるだけ、だから邪魔しないでね、なんてやんわり釘を刺す事も忘れないで、周りで聞いている子達を牽制していました。


 そんな事もあってか、わたしは秋のその整っている顔に、目がきりっとしていて、口元も鋭く見えて、あまり長くもない髪を掻き上げる仕草、その色気の漂う声のトーン、諸々の秋の一挙手一投足や外見にドキドキしていましたのに、そんな風に言葉でもわたしを攻めている様な事を言うので、わたしからも何かしてみたくなりました。


 そこで、わたしは髪をそこそこに伸ばしていたものの、いつも括ったりする事をしないで真っ直ぐ下ろしていたのを、ツインテールだとかポニーテールだとか、幾つかの髪型に結んで行くと、決まって秋は褒めてくれるので恥ずかしくも嬉しかったです。


 曰く、「ああ、今日は可愛く纏めてるんだ。いつもの真っ直ぐストレートも綺麗な髪で素敵だけど、可愛くするのも中々いいね。綺麗な月夜にはすごく似合ってるよ」


 どうでしょう、人見知りもして、あまり人に褒められ慣れていないどころか、人付き合いをして来なかったわたしに対しては、破壊力を有していると思われませんか。


 そう言って、じっと目を細めて射貫くようにわたしを見つめてくる秋の視線は、まさしく鷹が獲物を狙うかのようでした。


 だからわたしは、髪を弄ったり、俯いてちらちら伺ってみたりしながら、お弁当の玉子焼きだとかサラダだとかを、ちまちま口に運んでは、空中に浮遊したみたいにふわふわした気分で、過ごしてしまっていたんじゃないかと思います。


 それでわたしは思い切って、話題を変える為に、何故あんなに秋は人気があるのか聞いてみたのです。だって、不思議に思うじゃないですか。幾ら秋が飛び切り美形だと言っても、そんなに一年生が騒がれるでしょうか。


 そうすると彼女が答えてくれたのは、


「ああ、本当に知らなかったんだね。まあ教えておいてあげるか。もしかしたら忙しくなったら、お話出来なくなるかもしれないからね。実は、私さスポーツテストの時に、かなりいい成績出しちゃって、それで色んな部活からスカウトが来たんだよね。

で、どこも入る気はなかったんだけど、幾つも助っ人には出てあげてる内に、見に来てキャーキャー言う子が増えちゃったんだよ。

それで嫌だなぁって思って、外れの方のこっちで食べようかっていい場所探してたら、憂い顔が凄く綺麗な君を見つけちゃったからさ。ああ、何だかこの子は私と同じ感じがするって、直感が告げたんだ。

だから、思い切って押してみたって訳。数学部なんかの演習なんかも付き合わされる事があるから、運動部ばかりって言うんじゃないから、経験にも勉強にもなって、幾つもやらせてもらえるのはありがたいんだけどね」


「そうだったんだ。そんな人気者なんかが、わたしなんかと一緒にいたら、そりゃあ皆に嫉妬されるわよね。いいのかな、ヒーローの秋を独り占めしちゃって」


 そう言うと、何故か秋は少し気分を害した様に、わたしを叱って来ました。


「なんかなんて言っちゃ駄目だよ。自分を大事にしなきゃ。月夜はちっちゃいけど、目はくりっとしてて、髪も綺麗なのに、クールな感じもするでしょ。だから、私は好きなんだよ。周りの人みたいに、無責任に野次馬根性で見ない所も、好感度高いし」


 何故こんなに秋はわたしを褒め殺しにするのでしょうか。確かにわたしは、母に似ていると言われたりして来たものの、母のように眼鏡の似合う美人でもないし、体はあちこち出ている訳でもなく、全てが小さいので、目が可愛いと言われても、素直に受け止めきれないし、ただ自然に秋に対応しているから、それで秋も心を許せるのだろうけれど、それにしてもわたしに会ってすぐに入れ込みすぎじゃないですか。


 同じものを感じたと言っていたので、秋も何かトラウマや悩み事があるんじゃないかと思いました。


 だから、今は格好いい女子としてわたしに優しくしてくれてる人ですが、いつかわたしに悩みや苦しい事も相談したり打ち明けたりしてくれる日が来て欲しいとも思ったその日。


 そんな事や何やら考え事をしながら、お昼を過ごしていたのですが、ただでさえ遅い食事時間が、より食べ終わるのに時間がかかってしまいます。


 玉子焼きの塩味だけでなく、ウインナーのケチャップの味や、きんぴらごぼうのごぼうとこんにゃくが絡むのも、お茶の冷たい感触も、あまり味わって食べる事が出来ずに、秋との関係にばかり夢中でした。


 しかし秋は、飽きずにわたしとの話を良く続けられるものです。


 秋の学校での様子も離してくれますが、わたしの私生活の話をやたら聞きたがるので、楓ちゃんが良くしてくれる事や、泡雪さんが入り浸って、エミリーはわたしのUSAIなのに、泡雪さんが使う事も多い話だとか、どんな本や音楽が好きなんだとか、そんな気持ち悪がられたり興味を惹かれない人ばかりな話題にも、楽しそうに頷いて聞いてくれます。


 どこかでわたしも慎重にはなっていたので、セーブはしていたのですが、余りにもわたしの事を純粋な眼差しで見つめるので、野分ちゃんよりも遥かにわたしは秋に心を許してしまっていたのではないでしょうか。


 いえ、絶対にそうです。振り返ってみると最初から運命的な出会いをしていましたが。もうこの時点で、わたしは秋にメロメロになっていたんだと思います。


 だからわたしは秋の事を考えてしまって、熱っぽくなったり、ぼーっとしたりしてしまっていたので、学校の帰りにTシャツに機能的なパンツスカートで帽子を被っている楓ちゃんに声をかけられた時は、飛び上がるほど吃驚して、しばらく口がきけませんでした。


「今、帰りよね。何だかぼんやりしてたから、心配で声かけちゃった。どうかしたの?」


 そんな風に商店街の通りで言われても困る訳ですが。ああ、わたしがまごついている間にも、色々な人が楓ちゃんに挨拶してるじゃないですか。


「ああ、そうよね。こんな所で立ち話もなんだし、そうだ、私のお気に入りの場所に行かない? この商店街の外れにあるんだけど」


 そう言って歩きながら楓ちゃんが話してくれたのは、何でも〈ヴィレッジ・グリーン〉と言う喫茶店で、人間が管理しないようになって、民間で働く事を主とするAIが取り仕切っている店だそうで、そこのマスターと楓ちゃんは顔馴染みになっているんだとか。


 まあ断る理由もないし、この気持ちをどう整理をつければいいのかもわからなかったので、楓ちゃんと話をして落ち着けるといいとも思うので、そこに付いていく事にわたしはしました。


 しばらく商店街を歩いて、隅の方にこぢんまりした喫茶店があるのを見つけます。ここが〈ヴィレッジ・グリーン〉なのでしょう。


 今時とても珍しい木造らしき建て付けで、何だか民族的な置物が入り口に置いてあります。


 中に入ると、カウンター席とテーブル席がそんなに広くないスペースに、きちんとした区切りで、雰囲気もいい感じです。ただ一つ気になるのは、ジェントル・ジャイアントなんて言うマニアックなバンドの音楽がかかっている事でしょうか。店の大きな液晶画面に、蛸ジャケットのアルバム画像が見えているので、丸ごとかけているのかもしれません。


「いつもこの店、色々な音楽かけてて面白いわよ。月夜ちゃん、音楽好きでしょう。ほら、ここに座りましょ」


 何と楓ちゃんは、カウンターの方に向かうではありませんか。ちょっとわたしは緊張しながら、楓ちゃんの横に座り、これまた奇妙な出で立ちをしたそのAIのマスターを眺めます。


こんさん、プリンス・オブ・ウェールズを二つお願い。今日は、お悩み相談なの」


「そうですか、楓さんほどの包容力ある方なら、さぞ年下の人のいい話し相手でしょうね。淡雪さんもよく夜に来られては、貴方の自慢ばかりしておられますよ」


 紺と言うマスターは、何とウサギの顔の描いたエプロンをしているのは普通なのですが、おかしい事に狐のお面をしているのです。


 多分、目の所は穴が空いているでしょうから、センサーの邪魔になる様な事にはならないのでしょう。


 それでも楓ちゃんも他のお客さんも、それがいつも通りの紺さんだと受け取っているみたいなので、わたしもついにツッコミを入れて、気まずい空気にする事は出来ませんでした。


「それで、最近どうなの、月夜ちゃん。淡雪ちゃんも話聞いてるだろうけど、あの子不器用だから中々適格な事も言えないでしょう。遠回りでもいいアドバイスはしてくれると思うけど」


 そうして、ジェントル・ジャイアントのメンバーが輪唱で、複雑なリズムを奏でているのを聴きながら、わたしはどう言ったらいいのか迷いながら、考え込みます。


「ふふ、話す事纏まるまで、ゆっくりでいいわよ。月夜ちゃん、昔からスローペースなの知ってるから」


 恥ずかしくて顔を染めて、無闇矢鱈と髪をくるくる弄ったりしていたわたしでしたが、しばらくして話を切り出します。


「あの、野分ちゃんって子と仲良くなれそうだったって言うの、もしかして淡雪さんに聞いてないかな。その子とは、中々今は話す機会がなくて、また独りぼっちかなって思って、テラスでお昼食べてたんだけど、凄く綺麗な子が話しかけてくれたの。

で、ね。その子がわたしをかなり気に入っちゃったみたいなんだけど、あんなに美人な子で、声も格好いいし、それでそんなの言われた事なかったから、褒められたりして凄く恥ずかしいの。

でも、嫌じゃないのね。嬉しいのは嬉しい。だけど、何だか素直な反応が出来なくて、印象悪くしちゃいそうな事ばっかり言っちゃって」


 うんうんと頷きながら、楓ちゃんは静かに急かす事もなく、ゆっくり話すわたしの話を聞いてくれます。


「なんか相手の顔も禄に見られないし、友達なんて野分ちゃんにもどう接すればわからなかったのに、人気者の秋にどう言う風に返答していいかわかんなくて。

わたしの話も聞いてくれるんだけど、趣味の事とか喋ってるのに、自分で何言ってるか頭真っ白で、後で覚えてなかったりするの。友達と上手に話せなくて、辛いよぉ、楓ちゃん」


 段々わたしは気恥ずかしさが増して来て、指をもじもじさせたりもしていたのですが、悲しさや情けない気持ちが込み上げて来て、泣きたくなってしまいます。


「ああ、大丈夫よ月夜ちゃん、泣かないで。多分ね、月夜ちゃんはそのお友達の事、凄く大事に思ってるんじゃないかしら。

初めて出来た友達だから、失敗したくないって慎重になっちゃうのよね。

でも、友達って言うのは、そんな風に探りながらよりも、ぶつかっていって、時には喧嘩もするけど、そうやって徐々に関係が作られていくと私は思うわ。

それとも、月夜ちゃん、その子に恋でもしちゃった?」


「え、ここ恋?」


 動揺していたのでしょう、明らかに挙動不審になるわたし。曲が素通りしていく中、紅茶が紺さんから出されて、わたしの目の前にいい香りが漂って来ます。


「さあ、飲みましょう。月夜ちゃん、そう言えば、そのお友達凄く格好いいって言ってたわね。淡雪ちゃんみたいなタイプかしら」


 俯きながら、紅茶の香りを嗅ぐと、いい香りを感じられます。そして、温かい紅茶を飲むと甘い口当たりが少し落ち着かせてくれます。


 それでもいきなりのジャブに、わたしは動顛してしまったままなのですが。


「まあ、まずはもっと仲良くなれるように、心を開いていく事から始めないとね。月夜ちゃんって昔から、私達身内には素直なのに、外では本当に裏腹な事言うんだって、おばさんに昔から聞かされてたんですもの。

私は大丈夫だと思うけどな、その子はどんどん踏み込んで来てくれてるんでしょう。だったら、こっちも素直な気持ちを見せたら、もっと好きになってもらえるわよ」


 そう言うものなのでしょうか。


 楓ちゃんみたいに、可愛い容姿からはギャップがあるほど意外に背も高くて、社交的な性格で、スタイルもいいから自身も持つのにそんなにハードルも高くない人とは、わたしは違うので不安な気持ちは拭えません。


 大体、わたしは以前に失敗した経験だって持ち合わせているのですから。


「と言っても、月夜ちゃんには、中々一気には難しいか。一歩ずつ進んでいきましょ。私も淡雪ちゃんもお話の練習相手になるわよ。私達なら、そこまで緊張しないでしょ。まだ淡雪ちゃんには、気を張ってしまってる気はするけど、段々慣れて来てるしね」


 そうしてると、紺さんがクスクス笑っています。そちらへと顔を上げると、


「本当に人間同士の関係性と言うのは難しいですね。論理的な解決がそれほど為される事はないですし、日本では特に空気を読んで、その場のアドリブを磨かないといけないのは、苦労するでしょう。それで私も人間の感情に戸惑った事ありますよ」


 そう言う紺さんに楓ちゃんは意外そうに、


「あら、紺さんみたいな冷静な方でも、不自由を感じるものなんですね。確かに息が詰まる関係もありますし、友達同士でも互いの気持ちがわからない時は、不安な事も多分にあるのよね。それが月夜ちゃんは、嫌な記憶と繋がってるから、足踏みしてるんですよ。難しい年頃よね」


 そうして子供扱いされるのは、普通の思春期の子供なら嫌がるのでしょうが、わたしは不思議と楓ちゃんにそんな風に言われても、安堵感の方が強かったように思います。


 それだけわたしは、母とも仲の良い楓ちゃんに昔から懐いている為に、信頼してるのかもしれません。


 だから、秋との関係ももうちょっと前向きに考えられそうな気はして来ていましたし、野分ちゃんだって、これからどうにかしてまた付き合いを復活させたいのです。


 紅茶を飲んでしまうと、わたし達は店を出る事にしました。お代は楓ちゃんが奢ってくれると言うので、素直に甘えてしまいます。


 わたしと楓ちゃんは、姉妹の様に並んで歩いて帰って、仕事から帰って来た淡雪さんには、羨ましがられてしまいました。


 部屋では明日の準備などをしつつ、エミリーとも話していたのですが、エミリーにも相当秋に入れ込んでいる事を指摘されて、やっぱりわたしの方も秋に一目惚れしてしまったんだと、受け入れて明日を迎える心積もりです。



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