第4・5話
第4ー1話月夜、友達が出来る
4.
入学してしばらくは緊張していて、あまり学校では交流していなかった気がします。
そんな時にいつも楓ちゃんは、励ましてくれましたし、食事も美味しいので、あまり量は食べられないわたしですが、以前よりも健康的に暮らせているのではないかと思います。
楓ちゃんには、同棲しているパートナーがいて、その人は
しかし、やはりそこはお淑やかな楓ちゃんと暮らしているだけあって、芯の部分は優しい心を持っているので、不器用ながらわたしにコミュニケーションに当たってのアドバイスなんかをしてくれます。
尤も、この頃は彼女らくらい身内に近い人しか信用していなかった私なので、学校ではあまり心を開いていなかったのを記憶しています。
淡雪さんに対しても、最初はそうしようかと思っていましたが、楓ちゃんにも頼まれましたし、余りにもあけすけに体当たりでわたしに向かって来るので、そんな事を考えるのも馬鹿らしくなってしまったようです。
しかし、わたしは自分から行くのはほぼ無理ですし、それくらい強引にでも心を開いた相手でないと、不信の念を抱いたり防衛本能が働いたりするので、中々環境を変えて少しは地元とは違う人が集まる事を予想していた学校でも、友達を作るのは夢のように難しい事だと思っていました。
そうしている内に、学校でもグループは固まってしまって、孤立してしまっていたのかもしれません。
それが時々しんどくなって保健室に行くのに、付き添ってくれたり手当をしてくれたりする保健委員――信じられない事に今の時代でもそんな制度はあるのです――の、これまた物凄い名前で本当に女子かと思う様な名前を持つ、
何かで保健室に行った時に、熱に対して熱冷ましの道具を野分ちゃんが用意してくれていました。道具の準備をしている間に、野分ちゃんは鼻歌を歌っていたようです。それが妙に古い曲で、そのイントロからメロディを口ずさんでいました。
確かチャック・ベリーの「トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス」だったと記憶しています。
それに対して、わたしが
「稲妻さん、そんな古い曲知ってるんだ」
とぼんやりしながら反応すると、
「あれ、これ
なんて気さくに話しかけてくるのです。
その時余りにも自然だったのでスルーしそうになりましたが、この子わたしをいきなり名前で呼ぶのです。
「あの、下の名前、知ってるんだ」
「うん、月夜ちゃんって呼んでいいよね。私も野分ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」
「う、うん。野分さん」
そう返すと、何かが気に入らなかったのか、彼女はこう切り返して来ます。
「野分ちゃん」
「え、ええ。じゃあ野分ちゃん。どうしてわたしにそんなに気楽に話しかけてくれるの?」
「うーん、なんか凄く近寄りがたくしてるけど、本当はそんな事ないの、こうやって世話してたらわかって来たし、こんな話が出来るんだったら、もうどれだけでも会話したい気分だよ。これから、どんな事が好きなのかとか話しようね。別に噛み合わなくても、私気にしないから。今日は、これだけで月夜ちゃんは寝てる事」
しっかり常識を弁えているようでしたので、わたしはその時点で野分ちゃんを信用していたのかもしれません。
後で話してみると、本も古い物を電子書籍で色々読んでいるみたいで、全然周りに趣味で盛り上がれる人がいなくて、適当な話をするのが得意になってしまったなんて笑って話してくれましたが、多分これは野分ちゃんの本心なのでしょう。
そうやってやっていくのが、苦痛に感じる子ではないみたいでしたから。
だけど、それからは結構わたしは野分ちゃんにべったりだったかもしれません。
しかしそれからしばらくして、また少しの間一人でいる事が増えました。と言うのも、仲良くなってからは、わたしは野分ちゃんと二人でお昼を頂いていたのですが、ある時休み時間にトイレから教室に帰ってきたら、野分ちゃんにクラスで付き合いのある子が、彼女にこんな事を言っていたのです。
「野分ちゃんさー、あの体の弱い休みがちな子、二夜さんだっけ、あの子によく構うね。正直、迷惑じゃない。保健委員の手間かけすぎでしょ。勉強は出来るみたいだけど、お高く留まってるみたいで、私らとは違う感じじゃん。なんか学校ともあるんじゃないの、母親が医者らしいよ、先生同士で言ってるの聞いた子がいるもん。もっと私らとお昼食べて、ふざけようよ」
この子を仮にBさんとすると、彼女に悪気はないと私は思います。
言葉通りに取ると、相当酷い事をわたしはBさんに言われてるようですが、後から解釈してみますと、要するにBさんまたはそのグループは、もっと野分ちゃんに構われたいのです。
で、それにはわたしが邪魔になると言う事で、彼女達はわたしとは話が合わないと決めつけているので、わたしも含めようと言う配慮がないのでした。
それが証拠に野分ちゃんは、わたしも一緒に食べればいいのではと提案していたのですが、何やらBさん達は消極的です。だからわたしは、野分ちゃんに説明されて誘われた時に、
「わたし、野分ちゃんに迷惑かけたくないから、一人で食べるわ。テラスって広いから、気分変えるにもいいしね。野分ちゃんは、皆とも仲良くしなよ。適当な話するのも嫌じゃないんでしょ。孤立しないように注意はしておいた方がいいわよ」
なんて強がってしまって、テラスでしばらく一人でぼんやり食べていました。しかしその強がりはあまり力強くはありません。
お昼を食べようかと思っていたのですが、あんな事を言われたショックで気が動転して、突然のようにパニックの発作が襲って来ました。
それをすぐに察知したので、わたしは急いでポケットに入れている頓服薬を飲んで、保健室に行きました。それからは、少し休ませてもらっている内に眠ってしまったので、午後の授業には出ずに、ゆっくりしていました。
そんな事があって、少し落ち込んで帰って来ると、エミリーと淡雪さんがわたしの部屋で、スピーカーで流して、フリーの「トンズ・オブ・ソブス」を聴いていました。
ちょうど「ムーンシャイン」がかかっていたので、今のわたしの気分にはピッタリだなんて思ったものです。
しかし、彼女達は二人でこのアルバムをずっと聴いていたんでしょうか。
そうだとすると、また随分と渋いチョイスをしているものです。まあ、音源を持っているわたしが言う事でもないのかもしれませんが。
しかしそう思っていると、エミリーは察した様に、
「ああ、月夜さん。この音源は私が選曲したんですが、この前こっちに来たついでに、定額配信サイトに契約していたので、それの試しをしていたんですよ。月夜さん、忘れてたでしょう。高音質でかなりの物が聴けるみたいですよ。月夜さんの持ってないアルバムも大量にありますし」
と言って、わたしがタブレットを見ると、ジャンル別にどう言うバンドがあるかなどを、私の気になっていたのから、纏めておいてくれていました。
それを眺めていて、今日から色々試してみようかなと思っていると、淡雪さんは何やら真剣な声で、
「おいおい、こんなにあれこれ昔の音楽で凄い痺れるのがあったんだな。滅茶苦茶古いやつばっかりだろ。後で色々調べて、楓にも聴かせてやろうかな」
なんて言っていたので、どうやら幾つか違う傾向の音楽をエミリーは淡雪さんに聴かせていたみたいです。
「うん? どうした、月ちゃん。元気なさそうじゃないか」
目敏くこうやって人の変化に気づくのが、淡雪さんのいい所でもあり、多少踏み込まれるのが苦手なわたしには辛い一面です。
「別に、いつも通りですよ」
そう言うものの、淡雪さんは見抜いています。
「ははあ、学校で友達となんかあったな。せっかく出来たのに、月ちゃんのツンデレ発動で、気まずくなったか」
そんなんじゃないと反論しようと思っていたら、いつの間にかわたしは事情を全て話す方向に誘導されていました。それを一通り聞いて、うーんと淡雪さん。
「そりゃあ、まあ女子のグループってのは面倒くさいよなぁ。わたしもそんなにつるむ方じゃないから、結構苦労したもんだよ。でもじゃあ、学外とか放課後にその子と付き合うとか、違うクラスの子とも仲良くなってみるとかしてみたらどうだ。中には友達の少ない子もいるだろうしね」
そうは言うものの、わたしにそんな社交的な関係を構築する能力がないのは、淡雪さんも知ってるでしょうに、と恨めしい表情をするわたし。しかし、呑気な淡雪さん。
「まあ果報は寝て待て、だな。どこかで目をつけてくれる誰かがいるかもしれないし、その友達の友達も月ちゃんを認められるようになるかもしれないし。一人でいる事は悪い事でもないよ、月ちゃん。本当に必要な時に、誰か側にいてくれさえすればね」
そんな事で、わたしも学校での友達付き合いに、ほとんど期待していなかったのが当初の意識でしたから、野分ちゃんとはどこかで話す機会も作れるでしょうし、一先ず学校ではのんびりやろうと思いました。
それに一人だと本も読めるし、緊張せずにのんびりも出来るし、いい事でもあるのではないかと、考えるようにします。
これは、淡雪さんのアドバイスのお陰なのでしょうか。
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