贄
小宮山 写勒
第1話
「さあ、発表でございます」
司会の男が声高にいう。
「本日の贄、当選者は……」
太鼓の連打。
空間を振動させる、いくつもの音が会場に広がっていく。
「十万人もの応募者がありました。厳しい選考がありました。一年の中でも数少ない、この生えある栄光を勝ち取ったのは……」
シンバルの音が鳴り響く。
「贄番号、45番。高木恵子さんです!」
スポットライトが女性を照らし出す。
黒い長い髪の、若い女だった。
乳白色のロングスカート。
緑色のカーディガン。
茶色のシャツを着ている。
万雷の拍手。
それは全て、高木に向けられた賛辞であった。
「では、高木さん。前の方へお越しください」
司会者に呼ばれ、高木はおずおずと前に進み出る。
「まずは、お気持ちの方をお聞かせください」
「は、はい……その……贄に選ばれるのは、子供の、時からの夢で……ごめんなさい……」
高木は涙ぐんでいた。
ポロポロと溢れる涙を、ハンカチで拭っていく。
「夢が叶ってよかったですね」
司会者は何度もうなずいた。
高木に感化され、その目には涙をためている。
「この栄誉を、誰に伝えたいですか?」
「娘の、娘のミナに伝えたいです」
「では、カメラに向かって、娘さんに一言お願いします」
テレビカメラがグッと高木に寄った。
「……お母さん、やったよ!」
高鳴る胸を手で押さえ、高木はカメラに向かって叫んだ。
晴れやかな高木の笑みを、カメラが捉えた。
「高木恵子さんにもう一度大きな拍手を!」
万雷の拍手が会場を包み込む。
高木は、何度も頭を下げた。
客席の人々に向けて。
最終選考まで残った人々に向けて。
「では、会場の方に移動になりますので、舞台袖にてお待ちください」
拍手に見送られながら、高木はスタッフと共に舞台袖に下がる。
用意されたパイプ椅子に腰掛ける。
いまだに心臓はバクバクと高鳴っている。
深呼吸を一回、二回。
けれど、なかなか興奮が治らない。
「こちらのお茶でも、飲んでください」
スタッフがペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
老舗メーカーの名前が、緑色のラベルに刻まれている。
「ありがとうございます」
高木はお茶を受けとり、キャップを開けた。
一口お茶を含む。
幾分興奮が和らいできた。
すると、不思議なことにまぶたが重くなってきた。
きっと緊張が解けて、安心したからだろう。
うつら、うつら。
まぶたが重い。
いけない、このままじゃ寝てしまう。
高木をそう思っているうちに、彼女の意識は、深い闇の中に沈んで行った。
「今日は女の贄だそうだ」
「久しぶりの女だな」
「ああ。全くだ。最近は男ばかりで飽きていたんだ」
「そうだな。最近は男しかいなかった」
「別に男が悪いというわけではないが」
「ああ。だが、男ばかりというのも、心底飽きるものだよ」
「全くだ、全くだ」
「そろそろ、贄が着く頃らしい」
「新鮮だといいんだが」
「新鮮だろうとも、選別会から直行なのだからな」
「それはいい。なんでも新鮮が一番いいからな」
「全くだ。新鮮なのは一番いい」
「ほらきたぞ」
「なるほど確かに新鮮だ」
「ああ。新鮮だ。眠っているらしいが、まあ問題はないだろう」
「ああ。問題ない。眠っていても問題はない」
「ただ、声が聞けないのは、残念だな」
「全くだ。声が聞けないのは残念だ」
「かと言って叫ばれても面倒だ」
「全くだ。叫ばれても面倒だ」
「ぐだぐだ言っていても仕方がない。早速取り掛かるとしよう」
「火加減はいつもの通りでいいな」
「ああ。いつもの通りで構わない」
「少し臭かったから香り付けをしてみたのだが、どうだろうか」
「ああ。いい具合だ。人間臭さがなくなった」
「そうとも。人間臭いとどうも気持ちが良くないからね」
「ああ。どうも気持ちが良くない」
「ほらできたぞ」
「おお、できたできた」
「さっそく並べてみよう」
「いい具合じゃないか」
「ああ。我ながら上手くできた」
「その通り、上手くできている」
「飾りはこのくらいでいいか」
「ああ。そのくらいにしておこう」
「仰々しいのは良くないからな」
「ああ。仰々しいのは良くない」
「飲み物は何がいい」
「赤がいいな」
「なるほど赤か。それはいいな」
「ああ。赤はいい」
「それでは始めるとしよう」
「ああ。始めるとしよう」
「冷めてしまっては、一向まずいからな」
「ああ。まずいから」
「次も、女が選ばれるといいな」
贄 小宮山 写勒 @koko8181
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます