第4話 心

 処罰が下されるまでの間を無限の闇で待ち続ける俺の一日は、ドォォォン、という爆破音と地下牢の揺れによって始まった。

「なっ、なんだ⁉」

 轟音を聞いた瞬間に飛び起きた俺は辺りを確認する。今日に限って、なぜか常に配置されている見張り番がいない。見張り番でさえ駆り出されるほど、余程の事態が起きているのか。

「くそっ、どうすればいい‼」

 懸命に外に出ようと腕と壁を繋ぐ鎖を引っ張るも鎖は抜けず、先程の揺れによって崩れた壁の破片で鎖を殴りつけても、結果は変わらず終い。脱出を試みている間も、轟音と揺れが続く。

「早く抜けてくれ、頼む……ッ‼」

 鎖を引っ張り続けていたその時、ついに牢獄の天井に大穴が開いた。獄内は衝撃によって砂塵が渦巻き、俺は風圧によって壁に吹っ飛ばされてしまったのだ。

「ぐはっ!」

 壁に叩きつけられて床に突っ伏した俺は、痛みに耐えながらむくりと起き上がる。

 天井を見ると光が差し、崩れた瓦礫が積み上がり、偶然にも外への抜け道となってくれた。先程の衝撃で偶然にも鎖が千切れたので、俺は無我夢中で牢獄からの脱走を試みる。

 息も絶え絶えになりながら、ようやく地上に出ると、外は地獄絵図と化していた。

「こ、これは……」

 辺りは人間と魔導人形の死骸が転がり、建物は所々穴が開き、まるでチーズのよう。

 上空は鉄の翼を持った鳥が飛び、それから生み出された黒い卵が地面に着くと爆発するのだ。魔導人形や魔導士たちは、鉄の鳥やそれを操る人間と闘っている。

 間違いない、敵国が攻めてきたのだ。

 我が祖国は、魔導人形が導入されたにもかかわらず、敵国の科学力によって劣勢となっていた。

 だが今はそんなことを気にしている場合ではない。今の俺は、祖国の危険人物。まだネリネに謝罪をしていないまま、死んでたまるものか。

 俺は未練がましくも生きたいと願ってしまい、この国からの脱出、そしてネリネの捜索を図ったのである。

 しかし、そんな夢はすぐさま理不尽な現実によって阻まれた。俺の真上を滑空した鉄の鳥から、全てを無に帰す砲丸が放たれたのである。

「なんで……俺はいつも……」

 ようやく脱走できたと思えば、無慈悲な兵器がこの世からの脱走を皮肉な形で手助けしようとしたのだ。避けようにももう避けられない距離まで落ちている。仮に避けられたとしても、爆風に巻き込まれ、俺の皮膚は焼け爛れることなる。

 最早これまで。腹を括った俺はそのまま瞳を閉じ、終わりを迎える覚悟を決めた。

「だめぇぇぇぇぇ……ッ‼」

 するとどこからか女性の叫びが聞こえ、俺に向かって体当たりをしてきたのである。チラと薄桃色の髪色が見えたが、突き飛ばされた衝撃と爆風によって、俺は派手に地面を転がった。

「痛っ、くぅ……!」

 体に奔る痛みに表情を歪めつつ顔を上げた俺は、敵国の科学力に絶望感を露わにする。先程まで俺がいた場所は跡形もなく吹き飛び、大きなクレーターが生まれたのだ。よく目を凝らすと、クレーターの中心で何かが蹲っている。

「まさか……」

 先程の声、チラと見えたあの髪色。嫌な予感が脳をよぎり、肩を抑えて足を引きずりながらそちらに近づくと、そこには見知った魔導人形の姿が。

「あっ、あぁ……ネリネ! そんなッ!」

 爆発の衝撃によって右手と左足が欠損し、顔の大部分が火傷で剝がれたネリネが虫の息の状態で転がっていた。彼女の許に駆け寄り抱き上げると、ネリネは虚ろな目でこちらを見上げる。

「ハァ……ハァ……ア、アルタイ……ル……無、事で……よかっ……た……」

 今にも機能停止しそうな意識の中、ネリネは精一杯左手を上げ、俺の頬に添えた。

「もういい、何も話すな!」

 溢れ出る感情を抑え、俺は彼女の手を取った。まさか俺を救ってくれたのが、俺が自身の感情に任せて邪見にしてしまった相手だったとは……。

「あな、たが……捕らえられた……と聞い、て……わ、たし……ずっと……探してた……貴方と……も……いち、ど……会いたい……何故か……そう思って、しまっ……て」

 ネリネの口元は震え、瞳には涙が溢れていった。

 間違いない、彼女は心を持っている。何故そう思ったか分からないと言っているが、何かを想った時点で、もう心があるのだ。

 魔導人形に心はない。そう勝手に決めつけ、魔導人形に心がないと刷り込んでいったのは人間だ。世論も、政府も、研究者も、そして俺も……。

「ネリネ、すまなかった。君には心がないと言ってしまって……ずっとそれを後悔してたんだ。ずっと君に謝りたかった……だから、死なないでくれ……」

 声を震わせながら、俺はネリネを抱きしめる。するとネリネの瞳から一縷の雫が流れた。

「だいじょ……ぶ、です……私は、魔導人形……き、キタイが……破損しようと……バックアップ、データ……から……復旧すれば……もん、だい……ありま……せん……。

 だから、タイセツな貴方を救えて……よかった……アナタが無事……なら、それで嬉しい……です……私、きっと……あ、なた……のこと、が……」

 この言葉を最後に、ネリネの機能は完全に停止し、先程まで俺の頬に手を添えていた左手は、だらりと下がる。物言わぬ屍と化した愛する人。俺はネリネの最後の瞬間まで、彼女に本当の気持ちを伝えられず仕舞いだった。


     ◇


『魔導回路回復率、91%』

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