第3話 希望と絶望
ネリネとの約束から一年が経った。だが、心の研究は魔導人形製造よりも遥かに難しい課題だったのだ。
まず心というものは実際にあるものではなく、感じるものである。この抽象的な要素が、研究を停滞させていた原因だ。
例を出せば、苦痛・睡眠欲・食欲といった感覚や欲求は、肉体から脳へと伝わる電気信号によって刺激され、それらが痛い・眠い・お腹が空いたといった感情へと変異するものである。
だが政府の命令で、魔導人形たちには不要として、感覚が除外されてしまっているのだ。戦闘時に痛覚が刺激されることによって、戦闘放棄や反応の遅れが原因で敵に勝機を与えないようにするためである。
しかし、魔導人形製造過程で痛覚を取り外してしまった事が、心の研究で裏目に出てしまったのだと、本プロジェクトが始まって暫く経った頃に気付く。
これによりプロジェクトを辞退する研究者が増え始め、研究から一年過ぎた頃、残った研究者は俺一人となってしまった。
◇
「くそっ、なんでだ……ッ‼」
難航する研究に苛立ち、俺は行き場のない怒りを机にぶつけてしまった。
何をどうやっても、心の研究だけは上手くいかない。研究所内で一番高度で、尚且つ国家から一任された魔導人形製造を成功させたというのに、何故この研究は成功しないのか。これまでの自身のプライドが、研究の停滞によってズタズタに引き裂かれていく。
「……アルタイル、大丈夫ですか?」
ネリネは俺の肩をポンと叩き、心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。いつもなら彼女の顔を見ると不思議と安らぐのに、何故か今日はそう思えない。
「お前の眼には、これが大丈夫だと思えるのか?」
「あっ、いえ……ただ『誰かを心配する時は、そうやって声をかけるべきだ』とバンクの情報に」
「バンク、知識……本当にお前たちは、それでしか何も判断できないんだな!」
俺はネリネの手を払い除け、思わず怒鳴ってしまった。
「そ、そんな言い方って……私はただ、貴方を心配して……」
「はぁ? 心配? 心配なんて出来るはずがないだろう⁉ どうせお前たち魔導人形には、心がないんだからな‼」
やってしまった、と思ったものの、苛立ちと疲れからネリネに対する八つ当たりに歯止めが利かなかった。そして時すでに遅し、今更自責の念が沸き上がり、彼女に謝ろうと声をかけようとした瞬間、ネリネは唇を噛みしめ、俺に背を向けてどこかへと走っていったのだ。
「あっ! 待ってくれ、ネリネ!」
駆ける背中に声をかけるも、彼女は振り向くことなく、姿を消した。先程まで怒りや苛立ちで満たされていた心は、今や自身への怒りと彼女への懺悔と虚無感で満たされていく。
「くっ……うわあああああぁぁぁぁぁ……ッ‼」
何故あんなことを言ってしまったのか、何故ネリネにあたってしまったのか。
俺は頭を抱え、慟哭を挙げながら膝から崩れ落ちた。彼女にあたるべきではなかった。そもそも俺は彼女のために心を創ろうと奮闘していたではないか。何故こんなに大事なことを忘れていたのだろう。目からとめどなく反省と後悔の雫が溢れ、人知れず俺は研究所内で声を上げる。
すると、ネリネが去った方向から、数人の大人の足音が聞こえてきた。情けない姿を見られまいと涙を拭い立ち上がると、俺は来訪者の正体を知り驚愕する。
黒衣のコートと同色のブーツ、そして黒のベルトが映える青い帽子を被った者たち――間違いない、プラネラワ国直轄の魔導警邏隊だ。
「貴方がアルタイルさんでお間違いないですね?」
「あっ、はい……そうですが。何か御用ですか?」
「デネブ魔導機械研究所所属第一級研究者、及び魔導人形製造責任者のアルタイルさん。貴方を危険人物として逮捕します」
◇
「なんでだよ……俺は何も、悪いことなんて……」
誰もいない暗い地下牢内で、さながら壊れた人形の如く、俺はひたすら疑問を口にし続けた。
「……ははっ、惨めだな俺は。国家プロジェクトを成功させたのに、今や国に仇為す危険思想の犯罪者扱い……か」
数日前、魔導警邏隊は、俺が心の研究をしていることを嗅ぎ付け、テロリストとして逮捕したのだ。
彼ら曰く『政府の命により、魔導人形に心を与えることを禁ず。もし魔導人形が心を得て政府に反逆の意志を示せば、この国が崩壊する恐れがある。そのため、痛覚を除外しろと予め条件を付けておいたのだ。にも拘らず心を創るという危険思想に憑りつかれた貴様を逮捕するのが我が国の決断』とのこと。
「あの時、引き受けなければよかったのかな……ネリネ、ごめん」
俺は膝を抱え、涙で濡れる顔を埋めた。
警邏隊は俺を捕獲した後、心を持っているのではと疑惑を抱かれているネリネも捕縛対象だと告げた。そして彼女は、捕縛した後すぐさま殺処分される運命にある。
「彼女にだって命があるのに……なんて身勝手な……」
しかし、自分とて人のことは言えない。なんせ彼女に対し「心がないくせに」と言い放ってしまったのだから。
国のためにプロジェクトを成し遂げた者の末路がこれとは、何とも情けない。俺はこのまま処罰が下されるまで、こうして過ごさなければならないのか。
「ネリネ……せめてもう一度、君に会って謝りたかった……」
二度と叶わぬ願いを零し、俺は床に横たわった。
瞼を閉じると、何故か薄桃色の髪を持ち、蒼海を宿した瞳の女性が、こちらに微笑みかける姿が目に浮かぶ。嬉しさの反面、懺悔の気持ちが沸き上がる。
そしてこの瞬間、ネリネに対し特別な感情を抱いていることを知った。嗚咽と共に感情が溢れ返った俺は、また暗がりの中で一日を終えるのだった。
◇
『魔導回路回復率、82%』
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