第2話 特別な魔導人形

「アルタイルさん。型番7L999号の稼働準備、終わりました」

 紙束に記載されたデータ分析に勤しんでいる私の後ろから、部下の研究員が声をかけてきた。

 一か月前、魔導人形の正式稼働がスタートした。これまで多くの魔導人形を生み出してていったが、今日が最後の魔導人形稼働日だ。

「さて、では最後の仕上げだ。始めろ」

 俺の号令を聞いた研究員は、頷き返すとポッドの横に設置されたバーを引っ張った。すると魔法駆動式機械オルガンとポッドを繋ぐ幾つもの管が発光し、光は魔導人形へと伝わっていく。けたたましい機械音は段々と大きくなり、やがて研究所内を眩い光が包んだ。

「……どうだ?」

 光が消え去った後、すぐさま俺や他の研究員はポッドに駆け寄り、中の魔導人形の様子を確認する。我が子の誕生を待ちわびる親の如く、皆が魔導人形の目覚めに固唾を飲んで見守っていると――。

「……ん?」

 魔導人形の女性は薄っすらと開眼した。彼女の反応を見た俺は、ポッドの上蓋に付いているボタンを押し、蓋を開ける。

 魔導人形はゆっくりと上体を起こし、周りを見回すと隣に立っていた俺と目が合った。蒼海を連想させる彼女の瞳は、しぱしぱと瞬きをする。

「やあ、おはよう」

 魔導人形に対し、手を振りながら挨拶をすると、彼女は首を傾げた。

 おかしい。今までの魔導人形ならば、稼働直後からまともな反応を返すのだが、今の彼女の様子は、まさしく生まれたての赤子のそれだ。周りの研究者も違和感に気づいたのか、辺りはざわつき始める。

「おは……よう……? あっ、人間の挨拶、ですね……おはようございます」

 薄桃色のセミロングを揺らし、彼女はこちらに向けて挨拶を返した。一瞬、知能回路に問題が生じたのかと危惧したが、杞憂で終わったようだ。胸を撫でおろし、俺は魔導人形に向けて挨拶を続ける。

「ああ。俺の名はアルタイル。君たち魔導人形の生みの親だ。いいかい、7L999号。これからプラネラワ国を守護する者として働いてほしい」

「分かりました」

 彼女はコクリと頷き、短く返答した。ではそろそろ、指定した戦闘服に着替え、研修を受けてもらおう。普段の工程を説明しようとすると、魔導人形は今まで製造されたどの機体とも違う反応を見せた。

「でも……7L999号……って、私の名前ですか……?」

 彼女は眉根を寄せ、不満そうに問いかけてきたのである。まさか、自身の名前に疑問を持つ者が現れるとは予想外だ。これには他の研究者も「今までにないな」「こんな反応をするとは……」と口々に興味を示す。

「あ、ああ……。名前というか、君の型番だな」

「では、私にはまだ名前がないのですね。なら、貴方がつけてくださいませんか?」

 異質な魔導人形の頼みに、正直面食らってしまう。突然名前を付けてと言われても、すぐ良い名前が思いつくはずがないのだ。

 頭を掻きながらどうしたものかと悩んでいると、不意に研究所の端に置いてある机に目がいった。その上には、彼女の髪色と似た花が花瓶に生けられていた。確か、あの花の名前は……。

「――ネリネ」

「……え?」

「今日から君は、ネリネだ」


     ◇


 ネリネは、他の魔導人形と比べるとどこか浮いていた。彼らが持たないはずの心を、まるで持っているかのような反応をするのだ。自身の名前について疑問を持つこともそうだが、色々と不可思議なことを尋ねてくる。

 好きとは、寂しいとは、人とは、魔導人形とは。子供じみた質問から哲学的問答まで、ネリネは様々な問いかけを投げるのだ。

 彼女と長い時間を過ごしていくにあたって多くの質問を受けたが、ネリネが稼働して一週間経った頃の記憶が一番印象に残っている。

 あれはネリネの様子を見るために部屋に訪れた時のこと。彼女はベッドの横にある窓の向こうをじっと眺めていた。

「おはよう、ネリネ。どうしたんだい?」

「あっ、アルタイル。おはようございます」

 ネリネはこちらに気づくと、穏やかな微笑を浮かべ、鈴の音を思わせる綺麗な声で挨拶を返す。この動作は他の魔導人形にも出来なくはないが、どこか事務的な上辺の笑顔となってしまう。

 だが、ネリネは違った。とても自然でぎこちなさが感じられない。これには思わず、魔導人形と分かっていながらも、内心ドキリとしてしまう。

「……ん? アルタイル?」

 ネリネの声でハッと我に返り、誤魔化すために咳払いした俺は、ベッドの前に置かれた椅子に腰かけた。

「いや、なんでもない。それより、君は何を見てたんだい?」

「空です。ほら、空って青くなったり、夕暮れ時になると赤くなるでしょう? それが不思議だな、と思って」

「でも、君の知識回路には、空の仕組みについての情報があるはずだろう? なのに何故、不思議だと?」

「ええ。私の脳内には、既にその知識があります。でも、理屈では分かっていても、何故そうなるのか、と疑問に思うのです。だからこそ、この世界は不思議で満ちていて、素敵だなと感じるのです」

 ネリネの蒼い瞳は、好奇心旺盛な子供と同じようにキラキラと輝いている。外見年齢が二十代前後をベースとしているからこそ、余計子供っぽく見えて非常に愛らしい。

 しかし、彼女の『疑問に思う』ことは、これまでの魔導人形にはない反応で非常に興味深いので、俺は更に掘り下げた質問をしてみることにする。

「『思う』ということは、君には『感情がある』ということなのだろうか?」

「残念ですが、私にも分かりません。貴方に分からないことなら、尚更――」

 ネリネは悲し気に眉を顰めてそう言った。私たちに心がないのは貴方が一番よく分かっているでしょう、と。

「……すまない、不躾な質問をして。今のは忘れてくれ」

「いえ、大丈夫です。私もごめんなさい」

 気まずい空気となり、どう話せばいいのかと戸惑った。情けないことに、普段から研究に力を入れているあまり、こういった状況になると気が動転してしまうのだ。

 同世代の女性と話す話題は何が最適かと懊悩した末、脳内にふとあることがよぎった。

「ネリネ、俺は決めたよ」

「え?」

 そして俺は、彼女の手を取り真剣な眼差してこう言ったのだ。

「いつか必ず、君や君たち魔導人形のために『心』を作ってみせる。そうすれば、君たち魔導人形はちゃんと人間社会に溶け込めるし、もう不当な扱いを受けなくて済むだろう? それに、人間と共感できないという寂しい思いをすることはない。いや、もうさせないさ。生みの親として、君たちのためにこれまで以上に努力するよ」

 突然の俺の決心にネリネは大きく目を見開く。すると彼女は、優しく俺の手を包み、小さく頷き返した。

「はい。その日が来るのを、楽しみに待ってます」


    ◇


『魔導回路回復率、76%』

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