第1話 魔導人形製造計画
今から五年前。俺が所属する『魔導機械研究所』の所長から、あるプロジェクトを任された。
「えっ、俺が『魔導人形製造』の責任者……ですか⁉」
「そうともアルタイル。君はこの研究所に勤めてもう長い。それに君は、かつて試作型の魔導人形製造にも関わっていた。よって本件を任せられるのは、君しかおらん」
デネブ所長は紅茶をすすりながら、机越しにこちらに向けて笑みを浮かべた。
プラネラワ国一偉大な研究者であり、尊敬の対象である彼からの任命ではあるものの、少し気がかりなことがある。
「非常にありがたいのですが、それにしても何故、政府は魔導人形の製造を命じたのでしょう? 以前試作型を導入した際、デモまで起こったというのに」
魔導人形――謂わば、人工的な魔導回路を持った人造人間。高度な知能、身体能力は軍隊の精鋭以上で、さらには魔導士と同様に魔法を使うことも可能だ。
一見するとハイスペックで、人員不足のところに駆り出せば人の悩みなど解決する便利なものと思われがちだが、世の中は上手くいかないように出来ている。
以前、政府に命じられて試作型の魔導人形を製造した。しかし、スペック故に人間の魔導士たちから妬みを買い、任務途中の試作魔導人形が破壊されてしまったのだ。その際に魔導人形と魔導士たちで争いが起き、事態が騒然としていたのを今でも覚えている。
そして何より、魔導人形たちには心がないのだ。
人間に必要な知識を兼ね備えていようとも、心がないので共感が出来ない。魔導プログラミングによって心を再現しようとしたものの、それは実現しなかった。
睡眠欲、食欲、性欲といった三大欲求もなければ、喜怒哀楽すらもない。そういったものを魔導人形は知識として識っているだけであって、実際に感じることなど不可能なのである。
故に魔導士以外の人間からも『気味が悪い』と不当な扱いを受け、憂さ晴らしのために暴行を加えられることもあった。
人と魔導人形は相いれない存在。だからこそ、俺は今回のプロジェクトおよび政府の判断に懐疑的なのだ。
しかし、それは所長も同様の考えであるようで、俺の反応を見るなり「確かにな」と溜息を零す。
「……君は知っておるかね? この国が発展した経緯を」
「はい、勿論。我が国プラネラワは、かつては魔法大国でした。しかし、敵国の科学の発展も目覚ましく、友好国から科学技術を吸収し、今では魔法と科学が融合したという次第です」
「うむ。故にプラネラワはかつて魔導士が溢れ返っておったが、魔導士が幾度の戦争に駆り出されたことによって、その数は減りつつある。
故に政府は、魔導人形の製造を我々に命じたのだろう。純血の魔導士を失うくらいなら、人工的に創られた魔導人形を戦争の駒とし、この国の存続のために戦わせた方が良い……と」
所長は複雑な面持ちで淡々と告げた。机の上で握り合わせている拳は、先程より強く握られている。
政府の真意と所長の姿を見て、俺は本プロジェクトを任されたことについて、ますます心から喜べなくなってしまった。
「勝手ですね。人形と言えど、命があるのに……」
「しかし、政府はそう思ってなどおらん。無論、世論もだ。『作り物の命などまやかしだ』とな。一般論で根付いた先入観は、早々覆せまい。私とて『魔導人形製造計画』には反対したが、私一人の意見では議会を動かせるわけもないのだ。
――アルタイルよ。私の我儘で申し訳ないが、どうか引き受けてほしい。頼む」
◇
こうして俺は、魔導人形製造計画の責任者として、陣頭指揮を執ることとなった。
試作型で失敗した経験から、肉体の強化だけでなく、体に危険信号を知らせる回路の内蔵、位置情報伝達機能、連絡手段となる魔導通信機能、魔導電子網を通じてのデータバンク検索機能および肉体が破壊された場合を予期してのバックアップ機能などを追加したのである。
やがて時は満ち、魔導人形正式稼働の日が目前と迫った。
そして此度も『心』を再現しようとしたものの、結局それは人の手では辿り着けぬ神の領域なのだ、と思い知らされたのだ。
◇
『魔導回路回復率、54%』
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