にゃんにゃんにゃんの日特別番外編 2-2.デイモン、気合を入れる。



「あら、まだいたのデイモン? もうトロイ隊長の所へ持っていってくれて大丈夫よ。そこの荷台、使っていいからね。あ、でも使い終わったら、ちゃんと元の場所に戻しておいて。位置が変わると、分からなくなっちゃうから」



 一瞥さえ向けず、アンブローズは、図面を見ながら色紙へ鉛筆を走らせる。



「材料を届け終わったら、次はプリンスと猫ちゃんの頭と胴体のサイズ、測ってきて頂戴。もー、プリンスが邪魔するせいで、その二匹の衣装だけぜーんぜん出来てないのよねぇ。まぁ、プリンスの気持ちも分かるわよ? 大切な恋人が、どこぞの男にべたべた触られるだなんて、彼氏としては我慢出来ないわよね? でも、それはそれとして、今回は猫ちゃんの為にも協力して貰わないと困るのよねぇ」



 大きな溜め息を吐き、落ちてきた髪を、指でかき上げる。



「そういうわけだから、よろしくね。あの子、物凄い抵抗すると思うけど、遠慮なくねじ伏せちゃっていいから。どうしても難しいようなら、アタシの通信機に連絡ちょうだい。応援に行くわ」

「……いや、行くとは一言も言っていないのだが」

「行ってきてよ。もうアタシとあなた位しか、プリンスを押さえられる人いないんだから。あの子ったら、ほーんと困っちゃうわよねぇ。強くなるのはいいけど、こういう無駄な所で発揮しないで欲しいわ、全く。でも、ネタとしてはとっても美味しいのよねぇ。

 ねぇ、デイモン。この話、週刊森の民のコラムに載せてもいい? タイトルは、『垂れ耳兎と名もなき猫 その十六 ~ボーイフレンドは独占欲がお強め~』なんてどうかしら?」

「…………いや、どうも何も、そもそも猫とプリンスは、付き合ってなどいないのだが」

「あなた、まだそんな事言ってるの? いい加減現実見なさいよ。あなたがどう思おうが、猫ちゃんとプリンスの仲は疑いようもないんだから。今日だって、ほら」



 と、アンブローズは、一枚の写真をデイモンへ差し出した。

 見れば、獣舎の屋根の上で、黒い子猫とクリーム色の子兎が、寄り添って昼寝をしている姿が写っている。非常に微笑ましい。




 微笑ましい、が。




「……友達同士で、日向ぼっこをしているだけだろう」

「もーっ。だから違うって言ってるじゃないっ」



 お前こそ、違うと言っているだろう。

 デイモンは、盛大に唇をひん曲げた。顔を歪ませる美しき同僚を、じとりと睨む。




「あー、もういいわ。あなたとこの話してたら、日が暮れちゃうもの。兎に角今は、目の前に迫る記念日に集中しないと。そういうわけで、ほら、さっさとトロイ隊長の所へ行ってきて。はい、急いで急いで」



 アンブローズは、追い払うように手を揺らす。

 いや、だから行くなんて一言も言っていないのだが、とデイモンは込み上げた文句を叩き付けるべく、口を開いた。



 けれど、一拍置いて、閉じる。



 色々と不満はある。それは間違いない。アンブローズだけでなく、この場にいる全ての隊員に、思う所はあった。



 それでも、こいつらがこれだけ頑張っているのは、ひとえにあの子猫――いや。




 子猫に擬態している、小人こびと族の為なのだと思えば、飲み込んでやれなくもなかった。




「……………………はぁー……」



 眉間の皺を解すように揉むと、デイモンは緩慢な動きで荷台を掴んだ。第五番隊の隊舎まで持っていく材料を、乗せられるだけ積み上げていく。



「…………行ってくる」

「はーい、いってらっしゃーい。お願いねー」



 お願いしまーす、と其処彼処から掛けられる声を背に、デイモンは荷台を押して歩き出した。その表情は、苦虫を噛み潰したように顰められ、下手すれば職務質問をされそうな程厳めしい形相となっている。

 しかし、誰一人として気にしていない。

 それどころではない、とばかりに、手を動かし続ける。



「はーい皆ーっ! そのままでいいから耳だけこっちに貸してーっ!」



 アンブローズが、手を叩いて辺りを見回す。



「取り敢えず、今やってる奴がひと段落したら、一旦休憩を取りましょうっ! 一時間後に作業を再開するから、それまでに食事やトイレを済ませるようにっ! 通常業務なんかも、この間で出来るだけ終わらせてねっ!

 この後の予定としては、トロイ隊長にお願いした衣装と装飾が完成次第、飾り付け作業に入るつもりよっ! もしその時点で自分の担当分が終わってなかったら、速やかに報告する事っ! 分かったわねっ!」



 はいっ! と隊の任務中よりも気合の入った返事が、食堂に響いた。



「いい、あなた達っ! 辛いでしょうけど気張りなさいっ! 全ては猫ちゃんを喜ばせる為っ! そして、数百年に一度の特別なを謳歌する為っ! 歯を食い縛って乗り切るわよぉーっ!」



 地響きのような雄たけびが、うおぉぉぉぉぉーっ! と上がる。熱気も増し、やる気と高揚感がこの場を包み込んだ。



 デイモンも、声こそ発していないが、同じように心の中で気合を入れた。そうして、荷台を押す手と足に、力を入れ直したのだった。






 しかし、この時のデイモンは、まだ知らなかった。




 荷物を届けた後、サイズ測定をしようと獣舎を訪れたら、逃げるプリンスとバチバチにやり合う未来が待っているだなんて。




 同時に、暴れるプリンスにメジャーが絡まり、どうにか解こうとするも断念した結果、デイモンにプリンスが虐められていると勘違いした子猫に、盛大に怯えられてしまうだなんて。



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