にゃんにゃんにゃんの日特別番外編 2-1.デイモン、巻き込まれる。
エインズワース騎士団第四番隊の隊舎内にある食堂は、近年稀にみる熱気に包まれていた。
と言っても、料理で盛り上がっているわけではない。寧ろ、誰一人として食事を取っていなかった。テーブルの上にも、皿一つない。
あるのは、大量の色紙やリボン、布、ハサミにのり、裁縫道具など、食事と一切関係ないものばかりである。
それらを手に、ある者は大小様々な色紙を切っては貼り、またある者は切り出された布を針で縫っていく。
そんな中、ふと、手を叩く音と、鋭い声が響いた。
「いい、あなた達っ!」
緩やかに波打つ金髪を一つに括り、第三番隊隊長であるアンブローズは、食堂全体に届くよう叫ぶ。
「決戦の時はすぐそこまで迫ってるわっ! これから一層厳しい戦いになるわよっ! だからと言って、出来ませんでしたじゃあ、エインズワース騎士団の名折れっ! 絶対にっ、絶対にっ! 間に合わせるのよっ! 分かってるわねっ!」
おうっ! と勇ましい返事が、其処彼処から上がった。目付きも変わり、作業を進める手がスピードを上げる。
アンブローズも、次々に指示を出しながら、携帯用小型通信機に何度も耳を当てた。きたるXデーに向けて、ラストスパートを掛けていく。
そんな彼らを、第四番隊隊長のデイモンは、これでもかと眉間に皺を寄せて眺めた。
色々と突っ込みたい事はあれど、取り敢えず、中心で指揮を執る美しき同期の元へと向かう。
「おい、アンブローズ」
「何よデイモン。今忙しいんだから、手短にお願いね」
「……お前、何故ここにいるんだ」
「決まってるじゃない。第四番隊の進行速度が遅いから、応援にきたのよ」
「第三番隊の仕事はどうした」
「今日明日の分は既に終わらせてきたわ。急に任務が入ったとしても、私抜きで処理出来るよう手を回しておいたから大丈夫。寧ろ、頑張ってきて下さい、って快く送り出してくれたわ」
「……それは、軍の規定的に大丈夫なのか?」
「バレなきゃいいのよ、バレなきゃっ」
いや、よくはないだろう。
デイモンは眉へ力を込めるも、言い返す前に、アンブローズの小型通信機が着信を告げた。
アンブローズは、素早く通話ボタンを押し、耳へと当てる。
「はーい、こちらアンブローズでーす」
『あぁ、アンブローズちゃんかい? トロイだけど』
「あぁ、トロイ隊長。こんにちは。そちらの調子はどう?」
『順調だよ。料理の手配も無事済んだし、カピヴァリオ達の衣装も、もうすぐ完成する所だ』
「素晴らしいわ。なら、後は当日まで待機でお願い。あっ、いや、ちょっと待って。もし余力があるようなら、第四番隊の方に手を貸して貰えたら嬉しいんだけど、どうかしら?」
『具体的には、何をするのかな?』
「衣装作りを頼みたいわ。出来ることなら、テーブル用の装飾作りも」
『衣装と装飾作りか。構わないよ。そういうのは得意だからね』
「ありがとうトロイ隊長。すっごく助かるわっ」
アンブローズは胸を押さえて、美しい顔を一層華やかせた。
『そうと決まれば、今からハムレットに材料を取りに行かせるよ』
「何言ってるの、流石にそこまでして貰うわけにはいかないわ。こちらで届けるから、トロイ隊長は第五番隊の隊舎で待ってて」
『そうかい? なら、お言葉に甘えようかな』
「任せて頂戴。本当にありがとう」
じゃあね、と言って通信を切ると、アンブローズは、満面の笑みでデイモンを振り返る。
「そういうわけだから、よろしくねデイモン」
「……何がよろしくなんだ」
「トロイ隊長の所に、材料を届けてきて頂戴」
「……何故私が」
「だって、今手が空いてるの、あなた位しかいないじゃない」
「私も、別に暇なわけではないのだが」
「でも、忙しいわけでもないんでしょ? なら行ってきて」
「おい、アンブローズ」
「ちょっとーっ! 衣装班と装飾はーんっ! トロイ隊長が手伝ってくれるらしいわよーっ! これから材料を第五番隊に届けるから、必要なものこっちに持ってきてーっ!」
はーいっ! やったーっ! ありがとうございまーすっ! と歓声が上がり、一部の隊員達が、勢い良く動き出す。あれもこれもと積み上がっていく荷物に、デイモンの顔は引き攣った。
「アンブローズ隊長っ、持ってきましただーっ」
第四番隊一の体格を誇る
「えーと、こっちが衣装用の布で、こっちが衣装のサイズ表。で、こっちの袋には装飾の図面と、その材料が入ってるだ。工作具とか裁縫道具は入れなかったけんど、大丈夫だっぺかぁ?」
「大丈夫大丈夫。トロイ隊長なら、自前のを持ってるだろうから。あ、因みになんだけど、この布、確か色違いもあったわよね?」
「あるだよ。色々試そうと思って買った奴が、三つか四つか」
「なら、それも念の為渡しておいてもいいかしら? もしかしたら、トロイ隊長が担当してる分の衣装で使いたいって思うかもしれないし」
「…………ちょっと待て、アンブローズ」
「了解だ。今持ってくっから、ちょっと待っててくんろ」
「おい、テディ」
しかし、デイモンの声は届いていない。巨体に似合わぬ俊敏さでいなくなったかと思えば、すぐさま布が巻かれた筒を抱えて戻ってくる。
「はい、色違いの布はこの四つだ。ついでに、素材の違う似た色の布もあったから、そっちも持ってきただよ。使えるかどうかは分かんねぇけんど、一応な」
「あら、気が利くわね。ありがとう、きっとトロイ隊長も喜ぶわ」
テディは、照れ臭そうに頭をかくと、「んじゃ、よろしくお願いしますだ」と一礼して、己の持ち場へ戻る。
そのずんぐりとした背中を、デイモンは恨みがましげに睨み付けた。
お前、この大量の材料を、一体誰が持っていくと思っているんだ。どう考えても、一度に全て運び切るのは無理だろう。ただでさえ量が多いのに、わざわざ追加なんぞ持ってきて。私の腕を破壊するつもりか。
大体お前、自分の仕事はどうした。いや、テディだけではない。ここにいる非番以外の隊員全員、持ち場を離れるんじゃない。何かあったらどうするつもりだ。言いたい事は、後から後から湧き上がってくる。
けれど、いざ口を開こうとすると。
「あっ、デイモン隊長退いて下さいっ。通りますっ」
「子カンガルーの衣装終わりましたっ。チェックお願いしますっ」
「誰かーっ。ハサミ持ってませんかーっ。工作用の奴ーっ」
「あれっ? あれっ、ないっ。おいっ、ここに置いておいた鉛筆、誰か持っていったかっ?」
「あ、ごめーんっ。持ってったのアタシーッ」
次々とアンブローズ達の声が飛び交い、遮りに遮られた。わざとかと突っ込もうとする声さえ遮られ、デイモンの眉と唇は自ずとひん曲がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます