にゃんにゃんにゃんの日特別番外編 1.美弥子、首を傾げる。



 何なんだろう、あれ。

 私は、ママのお腹の袋から顔を出して、広場を眺めた。



 ここ最近、茶色い軍服を着たお兄さん達が、度々カンガルー達の頭のサイズを測ってる。



 一日に、二~三匹位かな? それ位のペースで、メジャーを頭や耳に這わせては、メモ帳らしきものに何やら書き込んでる。戦闘用のヘルメットでも用意するとか? でもそれなら、子カンガルーのサイズまで測るのは、ちょっと変じゃないか? 兄ちゃん達だって戦闘訓練は受けてるけど、実戦にはまだ出ないんだから、ヘルメットなんてなくてもいいわけだし。

 なら、一体何だ?



 うーんと悩んでると、不意に熊さんが、こっちへ近付いてきた。身を屈めて、ママの袋の中に入ってる私の顔を、覗き込んだ。



『ミャーコ――、――――――、―――――――――? ―――、――――――――』



 熊さんは眉を下げて微笑むと、持ってたメジャーを、私の目の高さで伸ばしてみせた。「変なものじゃないよー。怖くないよー」とばかりに、揺らしてる。


 これは、あれかな。私のサイズも測りたいって事かな?

 となると、いよいよヘルメットの線は薄くなってきたぞ。私が戦うわけないんだし。


 じゃあ、一体何を作るのかって話だけど、やっぱり皆目見当が付かない。こっちの世界にハロウィンがあるなら、その仮装っていう可能性もあるけど、果たしてあるのか、ハロウィンは?




『ミャーコ――? ―――? ――――――?』



 私が考え込んでる間も、熊さんは無害アピールを続けてた。でも、あんまり反応がないからか、太く男らしい眉は、どんどん下がってく。「駄目ですか? どうしても?」と言わんばかりに窺ってくる円らな瞳に、思わず笑みが零れる。



「すいません、熊さん。ちょっと待ってて下さいね」



 そう断ってから、私はお腹の袋から身を乗り出した。ママの体に張り付きつつ、慣れた仕草で降りてく。




 地面へ着地すると、私は熊さんに向き直った。両手を肩の高さまで上げて、笑い掛ける。



「お待たせしました。はい、どうぞ」



 さぁ、どこからでも掛かってこい、とばかりに、両腕を広げたまま待った。

 私が受け入れ体勢万全だと察したんだろう。熊さんはほっとしたように唇を緩ませると、私に優しく話し掛けながら、ゆっくりとメジャーを近付けてきた。そうして、大きな手で摘んだメジャーを、私の体へ巻き付け――




「お?」




 ――ようとした、直前。

 私の首根っこが、ちょいっと引っ張られた。




 ほぼ同時に、地面から足が離れる。




「おぉ?」



 宙に浮く私に、熊さんは目を丸くした。慌てた様子で何かを言ってるが、その姿はどんどん小さく、遠くなってく。


 私の視界も、どんどん高くなっていった。数秒もすれば、パパ達カンガルーが寝起きしてる建物の屋根の上までやってくる。



 私をこんな所へ運ぶのは、ひとりしかない。

 屋根の上に降り立つや、背後にいるであろう誘拐犯を、振り返った。





「……プゥ」





 そこには、私の予想通り、素晴らしい肉垂にくすいを持つクリーム色の垂れ耳兎がいた。

 兎らしからぬ鋭い目付きとふてぶてしさで、こっちを見下ろしてる。



「こんにちは、プリンちゃん。今日も遊びにきてくれたの?」

「……プゥ」

「そっか、ありがとうね。プリンちゃんと会えてとっても嬉しいよ。でも、いきなり攫うのはどうかと思うよ? 私にも予定ってものがあるんだから、せめて確認の一つも取って貰いたい所なんだけど」



 しかし、プリンちゃんはどこ吹く風とばかりに動じてない。寧ろ、はいはい、とあしらうかのように、首回りにたっぷり付いたお肉を、私に擦り付けてくる。そうすれば私が引き下がると思ってるんでしょ。プリンちゃんって、そういうとこあるよね。自分の都合が悪くなると、すぐそうやって人を誘惑してさぁ。




「…………ま、まぁ、嫌じゃないから、いいけどぉ」




 そして、さくっと絆されるのが私でございます。




 べ、別に、いつもこんなにチョロいわけじゃないんだからね。ただ、プリンちゃんの肉垂があまりに魅力的で、ついつい流されちゃっただけなんだからねっ。



 なんて、誰に言うでもなく言い訳しつつ、プリンちゃんの首肉を遠慮なく揉んでると。




『―――、―――――、ミャーコ―――』



 熊さんの声が聞こえた。

 屋根の下を覗けば、眉を下げた熊さんが、メジャー片手にこっちへ何かを喋ってる。多分、「下りてきてよー。ちょっとだけ測らせてよー。お願いだからー」的な事を言ってるんだと思う。

 いや、私としては、全然測って貰って構わないんですけどね。いかんせん、プリンちゃんがねぇ。



 と、内心弁解してたら、私の体が、勝手に後ろへ下がり始める。



「……プゥ」



 プリンちゃんが、私の首根っこを咥えて、ずるずると引っ張ってた。屋根の中心辺りまでやってくると、口を離して、私の体へ垂れ耳を巻き付ける。前足も使って、私が屋根から落ちないよう抱え込んだ。



「あ、ありがとうプリンちゃん。でも、熊さんが呼んでるんだけど」

「……プゥ」

「一回下ろして貰えると嬉しいなー? ほら、もしかしたら私だけじゃなく、プリンちゃんのサイズも測りたいのかもしれないし」

「……プゥ」

「そうなの? プゥなの? でもさ、プリンちゃん、昨日も一昨日も熊さん達から逃げてたじゃん。日頃からお世話になってる事だし、たまには付き合ってあげてもいいんじゃない?」



 プリンちゃんは、己の肉垂に顎を乗せて、目を瞑ってしまった。一切動く気配はない。まぁ、知ってたけど。プリンちゃん、こういう時面倒臭がって無視するって、知ってたけど。




「もー、プリンちゃんったらしょうがないなぁ」



 溜め息を吐き、私はプリンちゃんに凭れ掛かった。緑色のリボンが巻かれた首に抱き着いて、肉垂に顔をくっ付ける。

 うむ、今日も元気にぷりぷりしてるわ。最高ですな、と頬擦りすると、プリンちゃんの纏う雰囲気が、心なしか柔らかくなる。お返しとばかりに顎を擦り付けられ、思わず笑い声が込み上げた。



 そうして私は、プリンちゃんと戯れつつ、お昼寝の体勢へと入る。

 温かな日差しと魅力的な肉感に挟まれて、本日も最高に気持ちがいいです。



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