88.デイモン、一対一で話をする。
エインズワース騎士団第四番隊隊長のデイモンは、執務室までやってくると、机の上へ子猫――子猫に擬態した
小人族は、怯えたように身を縮め、辺りを見回している。時折「ピャア」とか細く鳴いては、猫の耳と尻尾を垂らした。
デイモンは、小人族と向き合うように椅子へ座る。途端、小人族はびくりと体を揺らし、デイモンを仰ぎ見た。その眼差しは、不安に満ち溢れている。
小人族に怖がられている自覚はあった。デイモンが抱えている間、ずっと身を固くしていたのも気付いていた。安心させようと声を掛けてみるも、結果は芳しくない。あまりの怯え具合に、母親代わりのマリアを呼ぼうかとさえ考えた。
けれど、これはこいつと二人で話すべきだろう、とデイモンは思っていた。
きっとこちらの言葉は伝わらない。相手の言葉も分からない。
それでも、伝えなければならない。
それは他の誰でもない、自分の役目だ。
デイモンは静かに息を吸い、ゆっくりと口を開く。
「……お前の今後の処遇について、伝えておきたい」
びく、と黒い体が跳ねるが、気にせず続ける。
「アンブローズ経由で、聖域に問い合わせた。お前が元々住んでいた場所を探す事は出来ないかと。
聖域には、今まで保護した希少種族や、どこにどんな種族が住んでいるかなどの資料がある。また、保護された種族を元の場所へ帰す為、言語や食の好み、普段の仕草や着ている服の特徴などから、故郷を特定する活動も行っているらしい。だから、お前の事も頼んでみたんだ。
だが、結果として、お前の群れは見つからなかった。いくつか候補はあったようだが、それぞれの群れのリーダーに確認した所、お前のような仲間はいないと言われたそうだ。つまり、現時点で、お前を元の場所へ帰す事は出来ない」
子猫に擬態する小人族を見つめたまま、デイモンは続ける。
「……すまない」
眉を、僅かに寄せる。
「勝手な都合で召喚され、なのに帰れないなんて、許されるわけがない。お前には怒る権利がある。罵倒する権利がある。お前の気が済むのなら、いくらでも受けよう。それだけの事を、この国の人間はやったんだ。代表して謝る。すまない」
デイモンは、机の上に両手を付いた。出来るだけ驚かせないよう、ゆっくりと頭を下げる。
「……お前の事は、責任を持って世話をする。絶対に見捨てない。小人族だという事も、誰にも言わない。不自由なく過ごせるよう、出来る限りの事をする。そして、必ずやお前を元の場所へと帰してみせる。仲間の元へと戻してみせる。その為に、私は最大限の努力をすると約束しよう。アンブローズやトロイ隊長も、お前の為に協力してくれる。お前を大切に思う動物達もだ」
顔を持ち上げ、目の前の子猫を、見やる。
「だから、それまでは、どうかここで生きてくれ」
頼む、と、もう一度頭を下げた。言葉が通じない分、思いの丈を込めて、深く、丁寧に。
そのまま、しばしの沈黙が流れる。
デイモンは、瞑っていた目を開け、またゆっくりと、頭を上げようとした。
すると、デイモンの頭頂部に、何やら軽い衝撃が走る。
ピャ、という声も、妙に近くで上がった。
もぞもぞと揺れる髪に、暖かいものがくっ付いている。デイモンは、体勢を変えないまま、顔だけを、前へ向けた。
頭にへばり付いていたものが、ずるずると滑り落ちてくる。
デイモンの鼻に、黒くて柔らかい温もりが、引っ掛かった。かと思えば、ぽてん、と机の上へ着地する。
デイモンは目玉を動かし、己の顔に張り付くものを、見た。
「…………ピャアァ……」
小人族だった。
あれ程怯えていた小人族が、何故か全身でデイモンの顔にしがみ付いている。未だ小さく震えるものの、離れる素振りは見せない。
まるで、分かったと、許すと、そう伝えるかのように。
「……みゃ~ころ」
密かに練習した呼び名を、呟いてみる。途端、ぴくりと三角の耳が反応した。
目を瞬かせる小人族へ、そっと指を伸ばす。頭の天辺を、擽るようにして撫でる。
すると、小人族はデイモンへ擦り寄った。「ピャア」と小さく鳴き、全身を押し付けてくる。
デイモンの目が、静かに細まった。
「……ありがとう」
必ず守ってみせる。心の中でそう誓うデイモンの口角は、自ずと緩んだ。ぎこちなく指を動かし、初めての触れ合いに胸が満たされていく。
そうしてデイモンは、漸く気を許してくれたらしい小人族の温もりや柔らかさを、静かに堪能した。
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