86-2.カール、厄介事はまだ終わらない。



『それで、これからまた報告なり取り調べなりをしなくてはいけなくてね。モルカに一旦戻ってきて貰えないか、聞いてくれないかな?』

「ぐす、モ、モルカですね。ちょっと待って下さい。おーい、モルカー」

「プイ?」



 部屋の中にいたモルカは、出入口までやってきた。カールがトロイの言葉を伝えると、少し小首を傾げる。それから「プイプイ」と手招きし、小型通信機を近付けるよう指示した。



「プイ」

『モルカかい? カール君から話は聞いたかな?』

「プイ」

『そうかい。どうだろう? 無理なら無理で構わないんだが』


 モルカは、小型通信機の通話口を、前足でトントコ叩く。


『そうかい。分かった。じゃあ君は、そちらでみゃ~ころちゃんの傍に付いていてあげてね。こちらはハムレットに頑張って貰うとするよ』



 小型通信機の奥から、抗議の声が「チュウゥーッ!」と聞こえる。だがトロイは微笑むばかり。モルカも、用は済んだとばかりに小人こびと族の元へ戻っていった。



『カール君。みゃ~ころちゃんの様子はどうだい?』

「少し吐いてしまいましたが、体調面ではそこまで深刻な様子はありません。ジャクソンさんも、安静にしていれば大丈夫だろうとおっしゃっていました。それより、精神面の方が気になります。レクター先生の姿を見た途端、酷く怯えてしまいまして。

 一応、先生には部屋へ戻って貰ったんですが、多分まだ諦めてないと思います。隙あらばあの子に接触しようとすると思うので、しばらく警戒した方がいいかと」

『じゃあ、レクター君の監視を少し増やそうかな。それから、みゃ~ころちゃんの護衛も増やそう。もしレクター君が強硬手段に出ようとしたら、首にするよ、とトロイが言っていたと伝えてくれ。そうすれば、彼も大人しくなるだろう』


 それは、確かに効きそうだ、とカールは内心頷く。

 レクターは現在、トロイから任された魔道具の改良にのめり込んでいる。それを取り上げられるとなれば、流石に従うだろう。



『カール君は、引き続きうちの部下とみゃ~ころちゃんの世話を頼むよ。最優先はみゃ~ころちゃんで。もし手が回らないようなら、家事は適当で構わないから』

「分かりました」

『それから、プリンスという名前の、クリーム色の垂れ耳兎が、今そちらへ向かっている。みゃ~ころちゃんのボーイフレンドなんだ。彼女の事をとても心配していてね。もし到着したら、中へ入れてあげておくれ』

「分かりました。クリーム色の垂れ耳兎の、プリンス君ですね」



「え? プリンス君?」


 ジャクソンは、仮面の奥で目を丸くした。



「え、え、あの、カ、カール君。プリンス君が、どうか、したんですか?」

「いや、なんか、今こっちへ向かっているらしいですよ。だから、到着したら中へ入れてあげて欲しいって――」




 瞬間。凄まじい轟音と振動が、辺りに轟いた。




 玄関の方が、何やら騒がしい。

 この家に待機していたトロイの部下が、一斉に玄関へと向かった。


「な、何だ……?」


 カールは身を竦めたまま、騒音が上がる方向を見た。チューチューというトロイの部下の鳴き声の合間に、聞き慣れない声が入る。



 プゥプゥ、と。



『あぁ。どうやら到着したようだね』

「え、な、何が、ですか?」

『プリンス君だよ。彼、ちょっとわんぱくだから。多分窓なり扉なりを突き破ってきたんじゃないかな?』


 そんな馬鹿な、と思うも、騒動は止まない。時折風も吹き荒れ、木の葉や土埃が廊下に舞い散る。



「い、いけない……っ」


 ジャクソンは体を震わせると、すぐさま踵を返した。だが、二歩程走った所で止まり、カールの元へ戻ってくる。


「カ、カール君。あの、アタシ、プリンス君を止めてきますから。もしも、プリンス君がここまできてしまったり、被害を受けそうになったら、この子を頼って下さいね」


 懐から、相棒の黄色い亀、マリリンを取り出した。カールへと渡す。


「カール君が、光魔法を使えるのは、分かってるんですけど、でも、多分、プリンス君の攻撃には、耐えられないと思うので。マ、マリリンのバリアなら、大丈夫です。プリンス君も破れないから、安心して下さい」

「え、あ、安心って」

「マリリン、お願いね。カール君を守ってあげて」

「ガァー」


 任せて頂戴、とばかりに口を開けるマリリン。その頭を軽く撫で、ジャクソンは玄関へ走っていった。



 説得するような声と、プゥゥゥーッ! という雄叫びが混ざり合う。激しさを増した音も相まって、カールは呆然と立ち尽くした。



『カール君? カール君、大丈夫かい?』

「あ、は、はい、今の所は」

『そうかい。では、みゃ~ころちゃんの事、よろしく頼むよ。ついでにうちの部下もね。プリンス君に関しては、好きなようにさせておけばいいから。兎に角、自分の身の安全を第一にね』

「は、はぁ。分かりました」



 カールは通信を切る。小型通信機をポケットへしまい、マリリンを両手で抱えた。

 未だ騒々しい玄関方向を見やり、それから、ぽつりと呟く。


「……僕、大学内では、結構成績上の方だったんだけど……」


 それどころか、精度に関しては、光魔法使いの講師からも一目置かれる腕前だった。驕るわけではないが、それでも一定以上の実力はあると思っている。それこそ、悪魔召喚に協力させられる程度には。



 そんな自分が作り出したバリアでも、防ぎ切れない攻撃を繰り出す兎って、一体……。



 カールは、徐に手の中のマリリンを見下ろした。


「……もしもの時は、よろしくお願いします」


 勿論よ、とばかりに、マリリンは「ガァー」と細長い尻尾を動かす。

 カールは小さく笑みを浮かべ、聖域のシンボルである長老樹が描かれた甲羅を、撫でる。




「カール」



 すると、廊下の奥から、レクターがやってきた。



「小人族用に、消化と栄養バランスのいい餌を考えてみた。シリンダーで口へ流し込むタイプだから、相手も接種しやすいだろう。試しに与えてみるのはどうだ?」


 先程拒否された事などなかったかのように、平然と近寄ってくる。ジャクソンやトロイの部下達が玄関に集まっている今がチャンスと思ったのかもしれない。若干強気な態度で、カールを見ている。



 カールは、深い溜め息を吐いた。次から次へとよく考えるものだ、と懲りないレクターを一瞥する。



 そして、早速マリリンに活躍して貰う事にした。



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