85.美弥子、やっと休息を得る。



 わたくし美弥子みやこ、ただいま健康の素晴らしさを、しみじみと実感しております。



「うぅ……」


 迫る悪寒と吐き気で、体が勝手に震える。これ、完全に体調崩した。完全に風邪だわ、これ。濡れたままいい時間振り回されてたら、そりゃあ風邪の一つも引くわ。

 込み上げた鼻水を啜り、剥ぎ取られた着ぐるみ猫パジャマの代わりに、分厚い毛布を引き寄せた。



 一層身を縮める私の顔を、シロちゃんとブチちゃんは心配そうに覗き込む。



『ミャーコちゃん寒いん? なら、シロお母ちゃんが抱っこしてあげような』

『ブチお姉ちゃんも、ミャーコちゃん抱っこしてあげるわ。どうや、あったかいやろ?』


 シロちゃんとブチちゃんが、私の中心にくるりと丸くなる。四方を温かい毛皮で包まれ、非常に幸せです。

 唸りながら目の前の毛皮に顔を突っ込む。既に乾いてる毛は、そりゃあもう温かい。冷えた鼻の頭にじーんと染みます。



「プイ」


 つと、三毛柄モルモットの小トロちゃんが近付いてきた。前足には、タオルらしきものと、マグカップらしきものが抱えられてる。


「あ、こ、小トロちゃん。さっきは、ごめんね。ゲロの始末なんかさせちゃって」


 他にも、濡れた着ぐるみ猫パジャマを脱がして貰ったり、お風呂に入れて貰ったり、毛布で包んで貰ったりと、これでもかと看病をしてくれてありがとう。シロちゃん達の手当てもしてくれて、本当に感謝しております。


「プイプイ」


 気にしないで、とばかりに首を横へ振ると、小トロちゃんはタオルで私の顔を拭いた。それから、マグカップを口元まで持ってきてくれる。湯気と共に野菜のいい匂いがする。息を吹き掛けてから、少しだけ啜った。


「はぁー……美味しい」


 スープの温もりと素朴な味わいが、じんわりと体に染み渡る。顔に当たる湯気さえありがたい。

 ちょっと泣きそうになって、鼻水と一緒に引っ込めてやった。小トロちゃんにお礼を言って、もう一口頂く。



『ミャーコちゃん、美味しい?』

『火傷しないよう、落ち着いて飲むんやで。だぁれも取ったりしいひんからな』


 温もりを分け与えながら、シロちゃんとブチちゃんは糸目を緩めた。慈しむように私を見つめる。尻尾で私を撫でる仕草ははんなりとして、凄く可愛い。


 ありがとう、心配してくれて。

 私が体調を崩したのは間違いなく君達のせいだけど、でもありがとう。

 毛皮で挟んで貰えて、とっても助かっております。



 そうしてスープを全て飲み終えた。小トロちゃんが、口回りをタオルで拭ってくれる。もう本当に至れり尽くせり。


「ありがとうね、小トロちゃん」


 こうやってお世話してくれて。

 森の中で私や猫達を助けてくれて。


 そんな思いを込めて、頭を下げる。小トロちゃんは「プイー」と耳を揺らし、お顔をすりすりと私の頭へ擦り付けた。



 瞬間。

 どこからともなく、大きな物音がした。



 びっくりして振り返れば、目に飛び込んできた光景に、私は体を跳ねさせる。



 部屋の出入口から、二人の人間が見えた。

 一人は、癖毛のお兄さん。珍しい金色の目の持ち主で、突然やってきた私やシロちゃん達を、嫌な顔一つせずにお世話してくれた凄く良い人。

 そのお兄さんが、何やら焦った様子で、頻りに何かを言っている。


 そして、もう一人の男性は、フードの付いたマントを羽織り、薄汚れたチュニックとズボンで、細くも逞しい体を包み込んでる。



 悠然と佇むその顔には、鼻から上を覆う、白い仮面が。



 オ〇ラ座の怪人だ。


 私と猫達を森で襲った、オ〇ラ座の怪人がいる……っ!



 全身の毛が一気に逆立ち、私は思いのままに、口を開く。




「き……来たあぁぁぁぁぁーっ!」


 ひぎゃあぁぁぁぁぁーっ! と毛布を頭から被り、蹲った。シロちゃんとブチちゃんにしがみ付き、体を震わせる。



 ななな、何で、何でここにいるのっ? はっ。ま、まさか、私達を追い掛けてきたのっ? 居場所を見つけて、乗り込んできたのっ? それをお兄さんはどうにか追い返そうと戦ってるのっ?


 どどど、どうしよう。お兄さん大丈夫かな。私達のせいであんな怪人と対峙する羽目になってしまい、本当に申し訳ない。でも怖くて出ていけない。

 お兄さんごめんなさい。恩を仇で返すような真似をして、本当にごめんなさい。


 私はお兄さんに謝りながら、泣いた。これでもかと泣いた。



 結果、風邪が悪化し、今度は吐きながら泣く羽目となる。



 辛い。でも、最終的にお兄さんが無事だったのは、本当に良かったです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る