84-2.デイモン、今度こそ、見つけた。



「……ト……トロイ隊長……」



 デイモンは、鋭い目付きを丸く見開いた。

 デイモンだけでなく、アンブローズやパーシヴァル達動物も、ぽかんと口を開ける。



「久しぶりだね、皆。元気そうで良かった」


 第五番隊隊長のトロイは、穏やかに微笑むと、徐に口笛を吹いた。



 すると、土壁の下が、俄かに蠢き出す。

 かと思えば、直径四十センチ程の穴が開いた。


 トロイの部下であるアルマジロが、顔を出す。続けて、カピバラの集団が穴から姿を現した。彼らは、協力して運んできた捕獲用ケースを、トロイの足元に置く。



「さて、ブルータス君。僕からも、一つ君に要求させて貰おう」


 トロイは、ゆっくりとしゃがみ込む。ケースの側面に付いた小窓の扉へ、手を伸ばす。


「大人しく投降して欲しいんだ」


 ブルータスを見つめたまま、小窓の扉を、開けた。



 途端、ブルータスは息を飲む。デイモン達も、驚愕の眼差しをケースへと向けた。



「この子の命が惜しければね」





 ケースの小窓から、の姿が見えた。





 防音効果の高い素材で作られているのか、狐の鳴き声も、暴れる音も、何も聞こえてこない。振動も伝わっていない。


 けれど、狐は必死で抵抗していた。


 前足の爪が割れ、額から血を流して、それでも、小窓に体当たりをしては、引っ掻き続けた。



 ブルータスを見つめながら、何度も何度も口を動かす。




「……ホワイティ……」



 間違いない。

 トロイに捕らわれている狐は、長年の相棒であるホワイティだ。




 ならば、今自分の傍らにいるホワイティは、一体誰だ?




 ブルータスは、ぎこちなく、足元を見下ろす。


 そこには、直前までいた狐も、子猫に擬態している小人族も、いなかった。



 いつの間にか、トロイの足元へと移動していた。



「二人共、ご苦労様」


 トロイは、傍に控える狐と小人族の頭を撫でる。


 瞬間、二匹の姿が、変わった。



 火炎放射装置を背負った、狐の全身スーツ姿のカピバラと、ずぶ濡れの黒猫全身スーツを着たゴールデンハムスターが、現れる。



「流石はカピヴァリオとハムレットだ。警戒している敵をも騙し通すだなんて、君達の演技力には脱帽するよ」



 得意げに鳴く二匹に、ブルータスは細く息を吐いた。



「……いつから、入れ替わっていたんですか?」

「ホワイティちゃんが、君から一人で離れた時さ。申し訳ないとは思ったんだけど、隙を付いて数で押させて貰ったよ。手強い相手だと分かっていたからね」

「そうですか……」



「それで、どうするかい?」


 トロイは、ホワイティが入った捕獲用ケースへ手を掛けたまま、ブルータスを見据える。


ブルータスは、ホワイティを見つめた。懸命に鳴き喚く相棒から、目を離さない。



「ヂュ」


 つと、カピバラのカピヴァリオが、前足で地面をトントコ叩いてみせた。

 伝えられた内容に、トロイは感嘆の声を上げる。



「ブルータス君」


 トロイは、変わらず穏やかに語る。


「ホワイティちゃんがね。『さっさと行け』『私に構うな』って言っているんだって」


 ブルータスの肩が、小さく揺れる。


「彼女は、うちの部下に捕まってからも、諦めずに抵抗し続けていたんだ。どうにか君に伝えようと、必死で逃げ出そうとして。今も、君の事を案じ、君の事だけを考えている。血だらけになりながら、どうにか逃がそうとしている。とても強い子だ。そして、とても愛情深い」


 トロイの目元が、緩む。



「この子は、君の事が本当に大切なんだね」



 ブルータスの眉間へ、つと皺が寄る。口を固く結び、剣を握り締める。


 かと思えば、唐突に溜め息を吐いた。下を向き、目を瞑る。



 しばしの沈黙が流れ、徐に、ブルータスの唇が揺れる。



「……知っていますよ、そんな事」


 そう言って、顔を上げた。




 苦笑を浮かべ、持っていた剣を、離す。




 そんな相棒を見て、ホワイティの抵抗も、止まった。耳と尻尾を垂らし、拘束されるブルータスを、切なげに見つめ続ける。



 デイモン達も、どこか呆然と眺めていた。互いに顔を見合わせ、取り敢えず、土壁と嵐を消しておく。


 すると、黒い軍服を着た、第五番隊の隊員達が現れた。王太子暗殺未遂及び禁術行使の罪で、ブルータスとその仲間を捕縛・連行していく。



「やぁ、デイモン君、アンブローズちゃん」


 つと、トロイがデイモン達の元へやってくる。


「お疲れ様。それから、ブルータス君達を足止めしてくれてありがとう。お蔭で助かったよ」

「いや。それは構わないが……」



 と、デイモンは、トロイの姿を上から下まで見やる。



「なんか、あれね。個性的な恰好ね」


 体型が良く分かる黒い全身スーツに、アンブローズは苦笑を浮かべた。トロイも、自身の丸々とした腹を撫で、困ったように微笑む。


「言っておくけど、僕の趣味じゃないからね? あくまで効率よく任務をこなす為に考えられたものだから、見た目は二の次なんだよ」

「そ、そうか」

「あぁ、でも、カピヴァリオ達が着用している全身スーツは、それなりにこだわっているよ。性能は勿論、見た目や手触り、匂いなんかも、ある程度は再現しているかな。でなければ、擬態した時に違和感を持たれてしまうからね」


 カピヴァリオは、狐の全身スーツと背中の火炎放射装置を、見せ付けるようにポーズを取った。

 対するハムレットは、既にずぶ濡れの黒猫全身スーツを脱いでいる。スーツとプリンスを指差しては、腹を抱えて笑った。『ちょっ、おま、嘘だろっ! 自分のガールフレンドも見分けられないとか、ぶはっ、あ、あり得ないわーっ! 超ウケるぅーっ!』とばかりに、地面を盛大に叩いては転がり回る。



 クリーム色の毛が、俄かにざわめく。

 怒りに震えるプリンスは、並の兎ではとても生み出せない形相で、地面を強く蹴り付けた。



 かと思えば、勢い良く飛び出す。

 ハムレットも、瞬時に身を翻した。



 激しめの追いかけっこを始めた二匹を横目に、デイモンは一つ咳払いをする。仕切り直すように、トロイを見つめた。


「所で、トロイ隊長。猫が今行方不明なのだが、何か知っているか? ハムレットが猫に擬態していたという事は、そちらで保護されていると考えていいのだろうか?」

「あぁ、みゃ~ころちゃん? みゃ~ころちゃんならね、今――」



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