84-1.デイモン、漸く見つける。



 飛び出していったプリンスを追い掛ければ、そこには複数の男がいた。横転した馬車の傍で、武器を構えている。


 その中には、見覚えのある人物がいた。



「ブルータス副隊長……」



 他にも近衛部隊所属の隊員や、別部隊の隊員が数名いる。



 デイモンは、眉間の皺を深めた。アンブローズも美しい顔を歪める。



「……こんな所で何をしているんだ、ブルータス副隊長。あなたは今、外出されるウィリアム様の警護に当たっている筈だろう」

「えぇ、そうですよ。そうしたら、そこの兎が突然襲い掛かってきましてね。慌てて馬車から飛び降りたというわけです」

「私服に着替えながらか?」

「たまたまですよ。汚してしまった軍服を脱いだタイミングで、運悪く襲撃を受けたんです。なので、仕方なくこの格好のまま業務に取り組んでいると、それだけの話ですよ」

「そうか。ウィリアム様は、今どちらに?」

「私の部下が避難させました。今はこちらにいらっしゃいません」


 ブルータスは、笑みを絶やさずに続ける。


「しかし、いきなり攻撃を仕掛けてくるとは、些か躾がなっていないんじゃありませんか?」

「ごめんなさいね。でも、プリンスの愛しのガールフレンドが誘拐されてしまったの。ボーイフレンドの気が立つのも、致し方ない事でしょう?」

「そうでしたか。それは可哀そうに。早く見つかるといいですね」

「ありがとう、ブルータス副隊長。でも、もうガールフレンドは見つかったわ」


 と、アンブローズは、ブルータスの後ろに控える狐を指差す。



 赤毛の狐は、太く大きな尻尾を、足の間に挟んでいた。


 尻尾と腹の毛の隙間から、黒い猫の耳のようなものが、覗いている。


 小刻みに震える黒と、「ピャウ……」というか細い声も、垣間見えた。



「プゥ……ッ!」


 プリンスは、体に風を纏わせ、狐を睨んだ。パーシヴァルも毛を逆立てて、警戒している。



「そこの狐ちゃんが抱えてるの、第四番隊で保護されてる黒猫ちゃんでしょ? その子がうちのプリンスのガールフレンドなの。だから早く返してくれないかしら、誘拐犯さん?」

「誘拐犯だなんて、誤解ですよ。この猫は、うちの相棒が保護したんです。どうやら森の中を彷徨っていたようでしてね。私達が見つけた時には、一人ぼっちで震えていました」

「そう。なら、なんであなたと一緒に、いるのかしら?」



 アンブローズは、先程取り逃がした、動物保護サークルメンバーを名乗った若い男達を見やる。

「さっきぶりね」と軽く微笑み掛けるも、返事はない。



「丁度いいから、さっきの質問にも答えてくれないかしら? あなた達が言ってた『我が国』って、一体どこ? 猫ちゃんを、どこへ連れてくつもりなの?」



 辺りに緊張が流れる。

 アンブローズは、笑っていた。

 ブルータスも、微笑みを絶やさない。



「その質問に、答える意味はあるんですか?」

「えぇ。是非ともお願いしたいわ」

「しかし、あなた方の中では、既に答えが出ているのでは?」

「それでも、当人の口から聞きたいの。ほら、事情聴取でも、そういうのは必要じゃない?」

「成程。では、お答えしましょうか」



 笑顔のまま、剣の切っ先を向ける。



「これが答えですよ」



 そして、地面を蹴った。


 ブルータスを皮切りに、それぞれが動き出す。



 アンブローズは、素早く相手の懐へ潜り込むと、的確に剣を振るった。

 アンブローズの背後では、ドンが空を飛んでいる。風魔法を巻き起こしては、急降下して体当たり紛いの蹴りを食らわせた。


 パーシヴァルも、尻尾や足を使い、豪快に敵を弾く。そうして地面へ倒す度、土魔法で拘束した。手足を土で縛り上げ、更に体を半分程地面の中へ沈めておく。


 プリンスは、狐を追い掛け回した。時折火の玉が飛んでくるも、風魔法で受け流し、狐が咥える子猫に擬態した小人こびと族を、取り返そうと迫る。



「全員、隙を見て撤退っ! 彼らを倒す必要はありませんっ!」


 ブルータスは叫ぶと、手を大きく振り払った。

 途端、炎が勢い良く吹き上がり、両陣の動きが一瞬止まる。


「今ですっ!」


 ブルータスの仲間が、踵を返して駆け出した。



 けれど、その行く手を阻むように生えた、土の壁。



 周囲を取り囲むように立ちはだかる土壁から、ブルータスは音もなく視線を移す。




 デイモンが、高々と腕を掲げていた。




「逃がすものか」




 鋭い眼差しに、ブルータスは口角を持ち上げる。デイモンへ向けて、剣を構えた。


 デイモンも、全く同じ動作をする。

 そして、同時に走り出した。



 二つの剣が、激しくぶつかり合う。火花を散らし、互いの持てる力を駆使して、一進一退の攻防を繰り広げた。



 頭上では、アンブローズが起こした嵐が吹き荒れている。敵は土の壁と嵐に阻まれ、逃げる事が出来ない。



 少しずつ、けれど確実に、優劣が見え始める。


 デイモン達は、誰一人欠ける事なく、戦い続ける。


 対するブルータスは、自分と相棒以外の仲間を失った。



「これまでだ」


 デイモンは、剣の切っ先をブルータスへ向ける。アンブローズやパーシヴァルも、ブルータスと狐を包囲するように構えた。

 ドンとプリンスは、垂れ耳を羽ばたかせ、上から一人と一匹を警戒する。



「これまで、ねぇ」


 ブルータスは、地面に半分埋もれながら拘束される仲間を一瞥した。仲間も、ブルータスへ視線を投げる。

 数拍目を合わせると、つと、ブルータスは微笑む。


「それはどうでしょう?」


 そう言って、構えていた剣を、下げた。



 デイモン達は、僅かに目を見開く。



「これでも、あなたはそう言えますか?」


 ブルータスの笑みが、深まる。




 視線を一切ずらす事なく、剣の切っ先を、狐が咥える小人族へと向けた。




「分かっているとは思いますが、動かないで下さい。この子をむざむざ死なせたくはないでしょう?」


 プリンスが、前歯を強く噛み締める。飛び掛かろうとする息子を、ドンが素早く抑えた。アンブローズも強く静止する。



「こちらの要求はただ一つ。私と相棒を、追跡せずに見逃がす事。それだけです。それを飲んで貰えるのならば、この小人族は返します。傷一つなく」

「……それが本当だという証拠は?」

「ありません。信じて頂くしかないですね」


 ブルータスは苦笑を零す。


「ですが、私としては、国に帰る事が最優先なんです。正直、小人族やあなた達に興味はないですし、こうして時間を割く事も煩わしいと思っています。なので、素早い判断をお願いします。でなければ、この子の命はないと思って下さい」

「そいつを殺せば、あなたは間違いなく我々に捕まるぞ」

「ならば、殺させないようにして下さい。私の行動を決めるのは、あなた達の選択次第なんですから」


 微笑みながら、子猫に擬態している小人族へ、切っ先を近付ける。



 デイモンは、アンブローズと目配せをした。



「あぁ。言っておきますが、妙な真似はしないで下さいね。したと私が判断したら、その時点でこの子は死にます」


 デイモンの指が、ぴくりと跳ねる。密かにパーシヴァルへ指示を出そうとしていた手を、そっと戻す。



「それから、制限時間も設けましょう。後二十秒以内に結論を出さなかった場合も、この子を殺します」


 そう言って、ブルータスはカウントダウンを始める。

 デイモンの顔に、若干の焦りが見え隠れする。アンブローズも、米神に冷や汗を浮かべた。


 どうする、と互いへ視線を流すも、答えは出ない。人命を最優先するのであれば、ブルータスを見逃し、小人族を救出するしかない。けれどそれでは、むざむざ他国のスパイを取り逃がす事になる。騎士団員としては、見過ごせない事態だ。



 二人の焦燥感が募るにつれ、ブルータスが数える数字は小さくなっていく。



 残り十秒を切り、五秒から四秒、四秒から三秒、二秒、そして、遂に一秒まできてしまった。



 その時。




「――では、こういう選択はどうかな?」



 第三者の声が、割り込んできた。




 ブルータスもデイモンも、驚いたように声の上がった方向を振り返る。



 横転した馬車の影が、不自然に揺らぐ。



 かと思えば、黒い全身スーツを纏うふくよかな中年男性が、いつの間にか立っていた。



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