29.デイモン、密猟者と遭遇する。



「よっしゃっ、捕まえたぞっ!」

「逃げろ逃げろっ!」


 襲ってきた男達が、一斉に走り出す。木を壁代わりに使っているのか、姿がよく見えない。

 足音はどんどん遠ざかっていく。



 一早く動いたのは、アンブローズが連れてきた二匹の兎だった。

 続けてデイモンも駆け出そうとする。


 しかし、一歩踏み出した足は、すぐさま止まった。



 背後を振り返り、血を吐いて倒れるカンガルーを見やる。



「マリアちゃんは私に任せなさいっ! このまま聖域まで運ぶわっ!」


 森人もりびと族の伝統衣装に身を包んだアンブローズは、両手を広げ、風魔法を発動する。マリアの体を、ふわりと宙に浮かべた。


「聖域に着いたら、すぐに警備隊へ報告するからっ! それまでどうにか持ち堪えて頂戴っ! ドンッ! プリンスッ! 絶対に逃がすんじゃないわよっ!」

「っ、すまないアンブローズッ。頼んだっ」


 デイモンは地面を蹴った。前方を飛ぶ兎達から目を離さずに、考える。



 何故自分達は襲撃を受けたのか。

 恰好や手際の良さから、恐らく相手は密猟者だろう。だが密猟者ならば、森人族の血を引くと一目で分かるアンブローズを、相手取るとは思えない。

 森人族の強さは、犯人達が一番よく分かっている筈だ。下手に手を出すわけがない。


 仮に、何かしらの理由があったとしよう。例えば、森人族と戦ってまでも手に入れたい希少動物がいた場合だ。それならば、襲撃の説明は一応付く。


 けれど、こちらにいたのはカンガルーと兎。特に珍しいというわけではない。カンガルーの腹の袋の中には子猫もいたが、それこそそこら中にいる動物だ。わざわざ捕まえようとは考えないだろう。



 ただの猫ならば、だが。



 デイモンの頭に、今回の聖域訪問の目的が過ぎる。

 子猫の正体を知る為に、わざわざアンブローズに仲介を頼んでまでやってきた。

 聖域側から立ち入りの許可が下りたという事は、子猫が聖域に関係する種族である可能性があるという事だ。だから狙われたのかもしれない。


 あの犯人達は、明らかにカンガルーのマリアを狙っていた。自分や兎達が割って入ろうがお構いなしに、アンブローズが足止めしようと相手にせず、只管マリアだけを。

 途中で逃げるよう指示を出しても、自分達を放って追い掛けていく。


 そうしてマリアを倒すと、犯人は真っ先にマリアの腹の袋へ手を突っ込んだ。隠れていた子猫を引きずり出し、魔力封じ効果のある捕獲用ケースへ放り込むと、一目散に逃げていく。どう考えても、初めから子猫を標的にしていたとしか考えられない。



 けれど、ここで一つ疑問が出てくる。



 仮に密猟者が、エインズワース騎士団の第四番隊で保護している子猫が、聖域に関係する種族だと知ったから、今回の襲撃を計画したとして。


 奴らは、一体どこで、子猫の正体を知ったというのだろうか。


 デイモン達でさえ、確信を得ていないというのに。


 子猫が、第四番隊の巡回区域である森の中にいた事と、何か関係あるのだろうか。


 もしや、あいつらが原因で、子猫は聖域の外へ出ざるを得なかったのでは。



 頭の中に、様々な可能性が浮かんでは消えていく。デイモンには、どれが真実なのか、判断し兼ねた。



 何であれ、今は兎に角、子猫を助け出さなければ。



 犯人に捕まった時の、助けを求めるような鳴き声が、耳から離れない。


 デイモンは眉を吊り上げ、足を速める。先行する兎達を追って、木の間をすり抜けていった。



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