27.デイモン、色々と納得がいかない。



「おー、いい食いっぷりだべなぁ。美味ぇか、みゃ~ころ? そうかそうかぁ」



 フランクは、ドライフルーツをかっ食らう掌の上の子猫へ、鬼人おにびと族の方言で語り掛ける。返事など返ってこないが、表情を緩め、至極楽しげに眺めた。



「そんな急いで食わなくてもいいっぺよぉ。だぁれも取りはしねぇんだから。あ、でも、さっきマーゴに食われちまいそうだったからなぁ。そりゃあみゃ~ころも慌てるかぁ」


 するとアザラシのマーゴは、えへ、とばかりに舌を出した。フランクは「しょうがねぇ奴だっぺなぁ」とマーゴの頭を撫でた。



 そんなフランクを、背後から眺めるデイモン。



 その表情は、少々どころか、かなり険しさを増していた。



「おいおい、どうしたよデイモン。そんな今にも生肉食い千切りそうな猛獣染みた顔してさ」

「……私は生肉など食べない」

「例えだよ、例え。それ位お顔が怖いですよって事」

「別に、いつも通りの顔だ」

「いや、お前、それは嘘だろう。本当にいつもそんな顔してたら、流石の俺もここまで気安く話し掛けたりしないからな?」


 デイモンの口が、ゆっくりと曲がっていく。


「どうせあれだろ。みゃ~ころが俺の手にあっさり乗ったから、嫉妬してんだろ」

「……そんな事はない」

「はい嘘ー。絶対嘘ー」


 マーゴも同調するかのように、「ブエェー」と尾びれを振った。



 デイモンの眉間の皺が、音もなく深くなる。



「まぁ、面白くないのは分かるけどな。デイモンは未だに近付けない程嫌われてるのに、ぽっと出の俺の手にはすーぐ乗ってきたりしてさ。そりゃあ嫉妬位するだろう」

「だから、していないと言っているだろう。それと、私はそいつに嫌われてもいない。怖がられているだけだ」

「あー、はいはい。そうですかー」



 デイモンは、ひん曲げた唇を固く閉ざした。腕も組んで、不機嫌を振りまく。



 フランクは苦笑を零し、「しっかし、あれだなぁ」と黒い子猫を見やる。


「こいつ、両方の前足で抱えながら、ドライフルーツ食べるんだなぁ」


 何て事なく、続ける。




「本当、人間みたいだな」




 フランクの背後で、デイモンが片眉をぴくりと揺らした。


 ドライフルーツの咀嚼音と、アザラシの鳴き声だけが、この場に上がる。



「なぁ、デイモン」

「……何だ」

「これ、不味いんじゃないか?」



 何が、とは、言わなかった。


 けれど、何が不味いのか、デイモンは正確に察する。


 やはりフランクから見ても、子猫に擬態している生き物は、聖域で保護されている種族の一つに思えるようだ。



「……先日、アンブローズから連絡があった」



 聖域を守る森人もりびと族の血を受け継ぐ者からの連絡。



 フランクは、人当たりのいい笑顔のまま、口だけを動かす。


「へぇー、そう。何だって? デートのお誘い?」

「違う。今度、互いの隊獣たいじゅうを連れて、森にでもピクニックへ出掛けようと言われた」

「はは、そっか。なら、アンブローズに弁当でも作って貰うといい。あいつ、料理の腕はピカイチだからな」

「……食べた事があるのか?」

「まぁな。俺も昔、ピクニックに誘われた事があるからさ」



 どうやら、フランクも以前、アンブローズの仲介の元、聖域を訪れた事があるらしい。

 デイモンは、軽く相槌を打つ。



「あー、いいなぁお前。アンブローズとピクニックとか。俺もついていっていい?」

「駄目だ」

「そこを何とか」

「駄目だ」


 じろりと見下ろすデイモン。その目は若干の警戒を帯びている。

 一般人ならまず怯むであろう眼差しを前に、けれどフランクは「駄目かー」と平然と笑う。



 代わりに。



「ピャア……ッ!」



 フランクの掌に乗る子猫が、盛大に体を跳ねさせた。

 次いで小刻みに震え、前足に抱えたドライベリーを、ぽとりと落とす。



「あー、大丈夫だっぺよー、みゃ~ころ。デイモンはお前を睨んだんじゃねぇからな。ほれ、落ち着け落ち着け。なー?」


 両手で子猫を包み、あやすようにフランクが揺らす。マーゴも、大丈夫よー、とでも言わんばかりに「ブエェー」と尾びれを振った。



「はぁー、可哀そうになぁ。なぁんもしてねぇのに、デイモンに睨まれたりしてよぉ。怖かったなぁ。よしよし、兄ちゃんがついてっからなぁ。もう大丈夫だべよぉ」

「……私はそいつを睨んでなどいない」

「お前がそのつもりでも、みゃ~ころに通じてないんじゃ意味ないだろう」

「元はと言えば、お前が悪い」

「俺はただ、付いていきたいって言っただけだぞ? それをお前があんなに怒るから」

「怒っていない。少々面倒だっただけだ」

「面倒って、酷いなお前。なー、みゃ~ころもそう思うべなぁー?」


 と、フランクは縋り付く子猫を、指で擽るように撫でる。



 デイモンは腕を組み、むっすりと口を曲げた。

 何人たりとも、聖域に許可なく立ち入る事は出来ない。それはフランクも分かっているだろうに、何故絡んでくるのか。子猫の正体が気になるから探りを入れているのか、それとも興味があるだけなのか。

 どちらにせよ、どうにもならないのだから、意味のない問答を繰り返すのは時間の無駄でしかない。


 子猫も子猫で、何故自分を怖がる。こちらはお前の為に動いているのに、フランクにばかり懐いてみせて。



 納得がいかないと、デイモンの満面が訴える。



「本当、デイモンには困ったもんだべなぁ、みゃ~ころ? 子猫の心一つ掴めねぇなんて、エインズワース騎士団第四番隊隊長の名が廃るってもんだっぺ」

「ピュウゥー……」

「そうかそうか、みゃ~ころもそう思うか。ほれ、食べろ食べろ。これ食って嫌な事は忘れちまおうな」


 フランクが差し出したドライバナナを、子猫は右の前足で掴んだ。左の前足でフランクの指を握ったまま、齧り始める。



 そんな姿を横目に、デイモンは眉間に皺を寄せる。



「……私だって、鬼人族の方言が使えれば、その位……」



 ぶすくれた顔で呟く。それでも子猫が怯えぬよう、明後日の方向を向いて、またむっすりと唇をひん曲げた。



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