23.ウィリアム、苛立ちを募らせる。



「――ご託はいい」



 城内にある、とある王族の自室に、苛立たしげな声が響く。



「つまりは、失敗の原因は分からないという事だな?」

「……今の所は、まだ調査中との事です」


 自身の護衛の報告に、若い男は舌打ちを零した。持っていたティーカップを、投げ捨てるように置く。

 男の身に着けているものはどれも一級品で、乱暴な振る舞いも、どこか品の良さを窺わせた。

 肩口で切り揃えられた赤毛が、さらりと流れる。

 鮮やかな赤の下では、金と緑、左右で違う色の瞳が怒りに歪んでいた。わざと音を立てて足を組み、もう一つ舌打ちを零す。


「あれだけ大口を叩いていた癖に……蓋を開けてみればどうだ。現れたのはただの猫ではないか。あれの為にどれだけ金を使ったと思っているんだ。くそっ」

「落ち着いて下さい、ウィリアム様。お気持ちは分かりますが、どうぞお心をお鎮め下さいますよう、お願い申し上げます」

「分かっているっ!」


 ウィリアムは金と緑の目を吊り上げ、重厚な椅子の肘掛けを殴り付けた。



 途端、護衛の足元で待機していた狐が、素早く腰を上げる。

 その拍子に、赤い毛に埋もれたゴールドのネックレスと識別タグが、音もなく揺れ動いた。



「ホワイティ」


 護衛が、狐へ手をかざす。視線も向ければ、狐は静かに身を伏せた。太く大きな尻尾を、一つ波打たせる。



 その様子を、ウィリアムは眉を顰めて眺めていた。頬杖を付き、自分を振り返った護衛を睨む。



「ウィリアム様。今回は残念な結果に終わってしまいましたが、しかし本番さながらの演習だったと思えば、何の問題もありません。

 幸い例の件は、外部へ一切漏れておりません。私の手の者や協力者が調べた限りでも、同様の結論が出ております。なので、心置きなく次回に挑めるでしょう。あの研究者達にも、今全力で原因の追究とその対策を考えさせておりますので、今暫くお待ちを」

「……暫くとは、どれ程だ」

「具体的な数字は答えかねます。ですが、彼らも現状をよくよく理解しておりますので。ウィリアム様の期待に、必ずや答える事でしょう」


 和やかな顔で受け答えする護衛に、ウィリアムの眉間の皺は、少しずつ深くなっていく。


「ですので、ウィリアム様。どうかお心をお鎮め下さい。そうして、普段と変わらぬようお過ごし下さい。焦るお気持ちもあるかと思いますが、だからと言って、無闇に動いては事を仕損じてしまいます」

「……分かっている」

「くれぐれも、よろしくお願い申し上げます。特にアーサー様への対応は、慎重になさって頂けますように。こちらでも極力顔を合わせぬよう調節致しますが、それでも避けられぬ場合がございます。その際は、表情や言葉の選択に、細心の注意を――」

「分かっていると言っているだろうっ!」


 ウィリアムは、テーブルに乗っていたティーカップを鷲掴んだ。感情のままに、護衛へと投げ付ける。




 すると空中で、カップが突然燃え上がった。



 一瞬で跡形もなく消えたカップと炎に、ウィリアムは目を見開く。




 ウィリアムと護衛の間に、いつの間にか狐が立っていた。


 赤い毛を逆立て、ウィリアムを見据える。


 その眼力に、ウィリアムは無意識に、身を後ろへと引いた。




「ホワイティ」




 和やかな声に、狐の耳がぴくりと揺れる。



 素早く踵を返し、護衛の足元に身を伏せた。



 今はもう凪いでいる赤い毛を見下ろし、護衛は困ったように微笑んだ。


「申し訳ございません、ウィリアム様。この子はボール遊びが好きでして。誰かが何かを投げると、遊んで貰えると勘違いして、仕事中でも飛び出してしまうのです。しかも興奮すると火を出すものですから、いくつボールがあっても足りません。困ったものです」


 ウィリアムは、何も言わない。息を吐き出し、肩に入っていた力を抜く。


「私の方から今一度躾ておきますので、どうか寛大なご処置を」

「……ふ、ふん。所詮は畜生か。目障りだ。さっさとそれを連れて出ていけ」

「畏まりました。失礼致します」


 頭を下げ、護衛は狐を連れて部屋を後にした。

 残されたウィリアムは、歯を噛み締める。たかが狐如きに怯えた自分に、怒りがまた込み上げた。


「それもこれも、あいつのせいだ……っ」


 頭に浮かぶ兄弟の顔を、睨み付けた。



 たかだ先に生まれただけで、偉そうにして。


 たかだ二属性しか魔法を使えない癖に、周りから評価されて。


 三属性を持つ自分を差し置いて、王太子などと名乗って。



「くそっ」


 今に見ていろ。

 必ず引きずり落として、お前の持っているものを、全て奪い尽くしてやる。



 その為には。



「必ず成功させなければ……っ」




 この国で禁止されている、史上最低最悪の魔法。



 悪魔召喚を。



 ウィリアムの拳が、また椅子の肘掛けへと叩き落とされた。



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