22-2.デイモン、小さな失態を犯す。



「あ、そうだそうだ。俺、お前に会ったら聞こうと思ってたんだ」


 フランクはグラスを置くと、青い瞳を、何故か弓なりにする。



「お前、第四番隊で保護してる猫に嫌われてるらしいじゃん?」



 デイモンは、固まった。



「テディがさ、言ってたんだよ。『なんであんなに駄目駄目なんだっぺか』って。お前、何やらかしたんだ?」

「…………いや、何も」

「何もって、そんなわけねぇだろ。何かしらやってないと、猫もそんなビビらねぇだろうが」



 いや、本当に何もしていないんだ、とデイモンは肩を落とす。

 何もしていないにも関わらず、何故か異常に怖がられているのだ、と。



「そもそも、私は嫌われているのではなく、怯えられているんだ。怯えられているから、避けられているだけであって、決して嫌われているわけではない」

「……それ、自分で言ってて、悲しくならねぇ?」


 デイモンは、何も言わずにエールをちびりと飲む。深い溜め息を吐き、徐に俯いた。


「何故なのだろう……私は私なりに、考えて行動しているつもりなのだが」

「あー、まぁ、あれだよな。お前、昔から何かしようとすると、顔が強張って凄い事になるからな」

「……凄い事とはなんだ。凄い事とは」

「いや、だって凄いとしか言いようがねぇんだもの。俺達が初めて真剣を使っての実践訓練をした時とかさ、もうこーんな顔で剣握り締めて。正直俺、組手と見せ掛けて殺されるんじゃないかって思ったぜ? アンブローズも、最初の頃は『デイモンって、アタシの事嫌いなのかしら』って悩んでたし」

「……それは、申し訳なかったとしか言いようがないが」

「きっと猫の前でも、こーんな顔してんじゃねぇか? だから良かれと思ってやった事が、猫には伝わってないんじゃねぇ? 分かんねぇけどさ」



 心当たりがないわけではない。

 デイモンは口を閉ざし、考え込む。



「でも、そう考えるとその猫、なんか面白いよな」

「……何が?」

「いや、だってさ。動物って、ぶっちゃけ人の美醜なんか関係ないだろ? どんな美人だろうとどんな不細工だろうと、向こうからしたら等しく人間なわけだし。なのにその猫は、デイモンの顔が強張って恐ろしい形相になってるって、ちゃんと把握してるわけだ。そういう事って、あんまりなくないか?」


 確かに、そうかもしれない、と、デイモンは小さく喉を唸らせる。


「テディに言わせれば、中々頭もいいらしいしさ。なんか、あれだな。その猫、ちょっと人間っぽいよな――もしかして、小人こびと族だったりして」



 なーんてな、と続けようとしたフランクの口が、止まった。



 デイモンが、明らかに目を泳がせている。



 グラスを口に付けたまま動かない同期に、フランクは目を瞬かせた。



「………………え、マジ?」

「い、いや……そういう、わけでは……」



 賑わう飲み屋の一角に、不自然な沈黙が流れていく。



「……そう言えば、アンブローズって、森人もりびと族の血を継いでるんだっけ」



 デイモンの肩が、僅かに揺れる。


 ほんの微かな反応であったが、フランクには十分であった。


 グラスを傾けながら、視線はどこを見るでもなく、宙へと向けられている。



 これだから、察しが良過ぎる奴は。デイモンは、苦々しくつまみを噛み締める。

 大方こいつの頭の中では、擬態をする子猫をアンブローズに見せた結果、小人族の可能性が出てきた、という所まで、綺麗に予想出来てしまったのだろう。


 どうにかしなければ、と咄嗟に口を開いた。しかし、今更何か言った所で、フランクが誤魔化されてくれるとも思えない。でなければ、近衛部隊になど選出されてはいないだろう。



 だから、デイモンは何も言わない。


 何も言わなくとも、フランクならば察してくれる筈だから。




 無言でエールを飲むデイモン。フランクも、しばしテーブルに頬杖を付いて、グラスを傾ける。



 かと思えば、不意に、デイモンを振り返った。



「なぁ、デイモン」

「……何だ?」

「今度、その猫見に行っていい?」


 デイモンの眉間に皺が寄る。

 けれど、フランクは笑った。


「いや、やっぱり気になってさ。お前がどれだけ猫に嫌われてるのかって」


 心底愉快だと言わんばかりに、肩を揺らす。


「テディが憤慨する触れ合いっぷりも気になるし、里親探す時に『こういう子なんですよー』って紹介もしたいしさ。ここは一つ、暇な時にでも見てみようかなと思いまして」


 どうよ? と小首を傾げるフランク。

 その顔を、デイモンは真意を測るかのように、じっと見据える。


「あ、なんなら、猫との触れ合い方教えてやるよ。俺の実家の周り、結構野良猫いたからさ。大体分かるんだ。だから、お前にびしっと駄目出ししてやる。そうして、嫌われてるから、無害かもしれない程度にはランクアップさせてやるよ。な? 悪い話じゃねぇだろ?」



 笑う姿は、いつものフランクにしか見えない。

 そもそもデイモンは、何かを察したり、読み取ったりするのは、そこまで得意ではない。フランクが本気で真意を隠したら、恐らく気付けはしないだろう。



 ならば、あえて会わせてみるのも一つの手かもしれない。

 猫の正体も未だはっきりとはしてないのだ。何かしらの手掛かりが掴める可能性は十分にある。



「……いいだろう」

「お、マジか。やった」

「だが、一つ言っておく」


 エールを飲み干し、デイモンはグラスをテーブルの上へと置く。




「私は嫌われているのではない。怖がられているだけだ」




 そこは、絶対に譲れなかった。



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