18.デイモン、頭を抱える。



「し、失礼しますだっ」



 エインズワース騎士団第四番隊の執務室に、鬼人おにびと族の隊員・テディが飛び込んできた。その巨体に弾かれた扉が、勢い良く壁にぶつかる。



 デイモンは、書類に向けていた視線を上げ、切れ長な目を瞬かせる。



「どうした、テディ。何か問題でもあったか?」

「んだっ。あ、いや、正確には違うけんどが、で、でもっ、問題っちゃ問題だっぺっ」


 何とも煮え切らない返答に、デイモンは内心首を傾げる。


「今、第五番隊のトロイ隊長と、そこの隊獣たいじゅうの鼠っ子達が、獣舎ん前の広場に来てるってのは、知ってっか?」

「あぁ。事前に報告は受けている」


 子猫を気に入った鼠達が遊びに来ている、と見せ掛けて、子猫の様子を観察する、とトロイから聞いていたデイモンは、別段取り乱す事なく、頷いた。


「じゃ、じゃあ、トロイ隊長達が、広場で何をしてっかも、知ってっか?」

「猫と遊んでいるのではないのか?」

「あ、遊んでるっちゃあ、遊んでんのかもしれねぇけんど……」

「……まさか、トロイ隊長が、猫に危ない真似でもさせていると?」

「あ、いや、そういうわけじゃあ……あー、いやー、でも、危険だって意味じゃあ、そうだべなぁ」



 どうにも意図を掴み切れぬ物言いに、デイモンの眉間へ皺が寄った。「一体どういう事だ」と腕を組むデイモンに、テディは眉を下げる。




「毒草の見分け方を、教えてるっぺ」



「……は?」

「だから、そこら辺に生えてる、毒として使える草の見分け方を、猫っ子に教えてんだべ。それと、その効能とか、どうやって使うのかとかも」



 何を言われているのか、デイモンは理解出来なかった。

 いや、言葉の意味は、理解出来る。

 だが、どうにも頭に入ってこない。


「……な、何故、そのような事態に……」

「始めはな? 食べれる草と、食べられねぇ草を教えてたらしいんだ。そん時は、今日飼育当番だった奴らも普通に眺めてたんだけんど、ちっとばかし目を離してた間に、人間に良く効く毒草の見分け方に変わってたんだと。しかも、どうやって食らわせればいいかとか、その方法なんかもトロイ隊長が説明してな。更には実践までさせ始めたもんで、飼育当番が慌てておらんとこまできたんだっぺ。で、話を聞いて、おらも急いで獣舎に行ったんだ

 ……そしたら話は、もっと大変な事になっちまってたんだべ」

「ど、どうなっていたんだ?」



「……猫っ子が、鼠っ子達と一緒に、そりゃあもう楽しそうに、毒草をまき散らしてたんだっぺ」



 デイモンの表情が、固まる。



「しかも、そこら辺にあるもんを使って発射装置みてぇなのを作って、どんだけ遠くに飛ばせるかを競争してたんだ。他にも、先っぽの尖った草に毒草を擦り付けて、吹き矢みてぇに飛ばして攻撃するってのも、鼠っ子達とやってたっぺ。そんな四匹を、トロイ隊長はニコニコしながら見守ってな。ついでにアドバイスまでしてんだ」



 語られる内容に、デイモンは声が出なかった。



「なぁ、デイモン隊長。トロイ隊長は、猫っ子を自分んとこの隊に入れるつもりなんだっぺか? ありゃあどう考えても、新人研修にしか見えなかったんだべが」

「さ、さぁ、どうだろうな。だが、猫の賢さには感心していたぞ。冗談交じりに、里親に立候補するとも――」

「阻止してくんろ」


 テディは、一層眉を下げる。


「猫っ子の才能が悪ぃ方向に開花する前に、どうにか阻止してくんろ。つーか、今すぐ阻止してきて欲しいっぺ。お願いしますだ」

「いや、お願いしますだと言われても」

「おら達もな? さり気なく止めようとしたんだ。けんど、相手はあの曲者揃いな第五番隊だべ? 偶然のフリして毒草飛ばしてきたり、猫っ子が見てない隙に闇魔法食らわせてきたり、これでもかって位邪魔してくんだ。

 しかも、トロイ隊長は、そんな鼠っ子達を全然止めてくれねぇんだべ。寧ろ楽しそうに煽ったりなんかしてよぉ。もうどうしたらいいか分かんねぇんだっぺ」

「いや、だが、私もまだ仕事がだな」

「た、頼むだ、デイモン隊長」



 ぐす、とテディは、鼻を啜った。



「お、おら、猫っ子には、真っすぐ育って欲しいんだっぺよぉ。なのに、第五番隊に染められてくのを、ただ見てるしか出来ねぇなんて、うぅ……」


 頼むだよぉ、とテディは、デイモンを見つめる。もう一つ鼻を啜り、目元を拭った。



 小刻みに震える巨体に、デイモンは眉を顰める。額に手を当て、深い溜息を吐いた。



 そうして、いつもより数段重く感じる腰を、それはもうゆっくりと持ち上げたのだった。



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