17.美弥子、隣の森に住む妖精達と戯れる。



「チュー」



 聞き覚えのある声に振り返ると、先日会ったゴールデンハムスターが、スキップしながらやってきた。

 その後ろには、三毛柄のモルモットとカピバラ、そしてト〇ロのように真ん丸とした体形のお爺ちゃんがいる。



『――、―――――』

「あ、こんにちは、大トロのお爺ちゃん。お久しぶりです」


 白いお鬚が素敵なお爺ちゃんは、私の傍にしゃがみ込むと、指で優しく頭を撫でてくれた。相変わらずのテクニシャンですな。思わずでへへと顔が蕩けてしまいます。



 因みに、このお爺ちゃんには、大きなト〇ロのようなお爺ちゃん、略して大トロのお爺ちゃんというあだ名を付けてみた。

 因みにカピバラは中トロちゃん、モルモットは小トロちゃん、ハムスターは赤身ちゃんと呼んでる。



 赤身ちゃんと小トロちゃんは、ちょいちょいここへ遊びに来てた。中トロちゃんは三回に一回位、大トロのお爺ちゃんは、今日で二回目。なので、本当に久しぶりな気がします。



『―――――――? ミャ―――――、ミャ―――コ――……ミャーコ――』

「えっ?」


 びっくりして、お爺ちゃんを見やる。

 お爺ちゃんは白い髭を揺らし、もう一回、今度は殊更ゆっくりと、口を動かす。



『ミャーコ――――。ミャーコ――――、―――――?』



 これで合ってるかな? とばかりに、小首を傾げて微笑むお爺ちゃん。



 私の顔は、じわじわと形を変えた。



「は、はいっ、そうですっ。私、ミャーコですっ」


 両手を上げて、必死で頷けば、お爺ちゃんも頷き返してくれた。「ミャーコ、ミャーコ」と何度も繰り返してくれる。



 熊さんの他にも、私の名前を呼んでくれる人がいるなんて……っ。



 嬉しくて、ちょっと涙が込み上げた。

 鼻を啜り、勝手に緩む顔で、お爺ちゃんにお礼のハグをかます。お爺ちゃんの足にしがみ付いて、感謝の気持ちを全身で表してやりましたわ。


 そうしたら、赤身ちゃんと小トロちゃんもお爺ちゃんに飛び掛かった。「チューッ」「プイー」と楽しげによじ登ってくので、私も便乗してやってみた。


 毎日ママの体を上り下りしてるから、これ位余裕でいけると思ったんだけど、いかんせんママとお爺ちゃんでは体型が違う。主にお腹の出っ張り具合が。

 ズボンの上に乗った贅肉が丁度鼠返しのようになって、あっさりと落ちました。下で待機してたカピバラの中トロちゃんにキャッチされ、「ヂュ」と怒られた。



「ごめんなさい、中トロちゃん……」

「チュ……」

「プイ……」


 三人で項垂れると、大トロのお爺ちゃんが苦笑しながら撫でてくれた。慰めの言葉であろう何かを言うと、徐に、足元に生えてる雑草を抜く。少し離れた所にあった雑草も抜き、私達へ見せた。


『――――? ―――――、―――――――』


 よく似た二本の草を指差しながら、何やら言う。葉の形や色、匂いなんかを語ってるようなので、多分二つの雑草の違いを説明してくれてるんじゃなかろうか?



『―――――、――――――』

「チュッ」


 つと、赤身ちゃんが嬉しそうな声を上げた。大トロのお爺ちゃんから、二本の雑草を受け取る。

 ひくひくと鼻を動かしたかと思えば、片方の雑草を食べ始めた。もう片方は、ぽいっと捨てる。成程。片方は食べられる草なのね。


 美味しそうにかっ食らう赤身ちゃんを見てると、ついつい唾が込み上げてくる。私は辺りを見回し、それらしい雑草をひっこ抜く。



「大トロのお爺ちゃん。これ、どうですか?」


 雑草を掲げてみせれば、大トロのお爺ちゃんは首を横へ振った。別の雑草を抜き、私の持ってるものと並べてみせる。


『――――、――――――――。――、―――――?』


 お爺ちゃんのふっくらした指が、葉っぱの形の違いを説明するかのように、何度も空中をなぞる。どうやら私が抜いた奴は、食べられないようだ。くそぉ。



「プイ」


 小トロちゃんが、トントンと私の肩を叩く。私が抜いた雑草を受け取ると、器用に葉っぱを千切り始めた。別の落ち葉の上に集めて、くるくると巻いてく。

 筒状に丸めた落ち葉を前足で掴み、口元へ当てた。ほっぺを膨らませ、勢い良く息を吐き出す。


「プイッ」


 千切った葉っぱが、筒の反対から飛び出した。ひらひらと舞い散る様に、「おぉ」と思わず声を上げる。



 その後、皆で改良しながら、誰が一番遠くまで葉っぱをまき散らせるか競争した。

 優勝は、断トツで中トロちゃん。まさか、カピバラの前足が、クラッカーもどきを生み出すとは思わなかった。

 二位は赤身ちゃん。石と枝で簡易投石器みたいなものを作り、てこの原理で大量に撒き散らした。

 三位は小トロちゃんで、最下位は私。私達は同じ筒状にした葉っぱを吹いて戦いに臨んだんだけど、肺活量の差が飛距離に出たようだ。まぁ、そもそも体格が二倍近く違いますからね。そりゃあ差も出るだろうって話だわ。



 それから、中トロちゃんのクラッカーと赤身ちゃんの簡易投石器を触らせて貰ったり、中が空洞になってる茎を使って吹き矢大会をやったりして、大いに遊びました。合間には、大トロのお爺ちゃんの食べられる草・食べられない草講座も開催されたりする。子カンガルー達とは違う方向の遊びばっかで、中々楽しい。



 時折お爺ちゃんにアドバイスを貰いつつ、一頻り遊んだ私達は休憩する事にした。いつもパパ達と寝泊まりしてる建物に向かい、屋根で陰ってる方へと回る。



 さて、座るか、と地面へ腰を下ろそうとすると、大トロのお爺ちゃんに止められた。

 はて? と見上げれば、お爺ちゃんは優しく微笑み、赤身ちゃんを振り返る。


『―――――、――――――?』

「チュッ」


 赤身ちゃんは、とっとこと前へ進み出ると、前足を自分の頬袋へ当てた。徐にぐにぐにと押したかと思えば。



 赤身ちゃんの口から、青い物体がオゲェッと吐き出される。



 まるで手品のように、止めどなく出てくる青。

 それは赤身ちゃんの体を越え、小トロちゃんの体を越え、遂には中トロちゃんの体をも超える程の量となった。



「チュウゥゥゥー……ッぺ」


 最後まで青を吐き切ると、赤身ちゃんは大トロのお爺ちゃんを振り返る。お爺ちゃんはお礼を言うように微笑むと、青い物体を掴んだ。軽く手首を振って、大きく広げる。


 ふわりと膨らみ、ゆっくりと地面へ落ちてく青は、どうやらブルーシートだったようだ。

 敷かれたシートに、早速中トロちゃんが乗り上げる。続けて大トロのお爺ちゃん、小トロちゃん、赤身ちゃんと、シートに腰掛けていった。



『―――、ミャーコ――――』


 呆然と立ち尽くす私を、大トロのお爺ちゃんは手招く。赤身ちゃんと小トロちゃんも、おいでおいで、とばかりに前足を振った。


 私は、恐る恐る、ブルーシートに足を乗せる。滑らないよう、つるつるした表面を慎重に進んだ。お爺ちゃん達の元へ到着すると、その場に腰を下ろす。



 あ、お尻が生暖かい……。



 これは、あれか。やはり赤身ちゃんの温もりなのか。

 まぁ、赤身ちゃんの頬袋から出てきたんだもんね。ずっと抱えてたら、そりゃあ体温も移るってもんだわ。


 それは、いいんだよ。別にさ。




 でも、それよりもっと気になる事があるのですが。




「チュ?」


 私の視線に、赤身ちゃんは不思議そうに振り返った。何? とばかりに小首を傾げる。



 その拍子に、ちょっと平べったく潰れる、柔らかそうな頬袋。



 明らかに、ブルーシートが入るような大きさをしてない。



「……どうなってんの、それ?」


 疑問しかない頬袋に、そっと手を伸ばした。ふくふくした触り心地が癖になる程気持ちいい。ついつい優しく揉んでしまう。

 けれどいくら揉んだ所で、やはりブルーシートが入るような空間は見つからない。


「チュチュチュ」


 赤身ちゃんは、擽ったそうに体を捩る。そうして、お返しだー、と言わんばかりに、私の顔を前足でぐにぐにと押してきた。



 ……うん。



 疑問は尽きないけど、まぁ、可愛いからいいか。



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