15-2.美弥子、クリーム色の子兎を愛でる。



 少々大きめな石の上に、一匹の子兎が伏せてる。


 クリーム色の毛を持つ垂れ耳さんで、大きさは私の二倍程。首の後ろで緑のリボンをたなびかせつつ、目を瞑って日光浴を楽しんでるようだ。



 己の肉垂にくすいを、枕代わりにしながら。



「な、なんて立派な……」


 ふらふらと吸い寄せられるように近付いてく私。

 じっと熱い視線を送ってたからだろう。クリーム色の垂れ耳兎は、徐に片目を開いた。親分を彷彿とさせる目付きで、私をじろりと見下ろす。



「あ、あの、初めまして。私、美弥子みやこと申します。あの、その……す、素敵な肉垂ですねっ」


 子兎は、微動だにせず私を見据える。


「あの、突然なのですが、あなたのその素敵な肉垂を、マッサージさせては頂けませんか? あ、勿論、決して下心なんかありませんので。誓って本当ですのでっ」


 真摯に見つめ、熱弁する。



 クリーム色の子兎は、何も言わない。

 ただ、数拍私を見つめると、静かに目を瞑った。



 ……これは、許可が下りたという事なのだろうか。



 ゆーっくりと、子兎が伏せる石へと近付いてく。動く気配はない。嫌がる様子も、警戒する素振りもない。


 子兎を窺いながら、私は石をよじ登ってく。毎日ママの体を上り下りしてるお蔭で、ロッククライミングもお手の物だ。「よいしょ、よいしょ」と掛け声を掛けて、天辺を目指し突き進む。



 と、不意に、子兎と目が合った。



 かと思えば、前足で頭をやんわりと、どつかれる。



 地面へさくっと落とされた。絶妙な力加減だったらしく、痛みは全くない。

 子兎は、また目を瞑って太陽光を浴びる。まるで私の存在など、端から眼中にないと言わんばかりだ。



 成程成程。そうきますか。


 よし。その喧嘩、買った。



 私は、また石を上り始める。そして天辺が近くなると、また前足でやんわり突き落とされた。

 何度も繰り返してく内に、段々掌が痛くなってきた。息も荒くなり、上るペースは落ちるばかり。

 それでも私は諦めない。

 素敵な肉垂を堪能するまでは。



「はぁ、はぁ」


 腕を伸ばし、自分の体を持ち上げる。どこに足を置いて、どこを掴めばいいのか、考えなくとも分かってきた。突き落とされるタイミングも、ある程度読めてくる。

 そろそろだな、と私は、石を掴む力を強めた。足も開いて、踏ん張る。



 すると、私の読みが当たった。上から、前足が襲い掛かってくる。



 けれど、今回は落ちなかった。

 よろめいたけど、耐えてみせたのだ。



「……プゥ?」


 あれ? とばかりに、クリーム色の子兎は私を見下ろす。

 ふっふっふ、どうだ子兎君。君の攻撃は、もう私には効かぬのだよ。

 ちょっと嬉しくて、子兎にどや顔で笑ってみせた。




 そうしたら、今度は顔面を踏まれた。




 今までのやんわりさが嘘だったかのように、私を下へ下へと押してくる。




「う、ぐぐぐ……」


 必死で足に力を入れるも、私の体はじわじわと下がってく。

 子兎は、子供の割に鋭い目付きで、私をじろりと睨んでた。眉間にも皺を寄せ、さっきより明らかに不機嫌そうでございます。



 でも、まだまだ甘いな。肉垂越しに睨まれた所で、全くもって怖くないのだよ。



 寧ろ、好都合ってもんだ。



「っ、ほっ」


 私は、足場を蹴る反動を利用して、片手を離した。すぐさま顔面を踏む子兎の前足を掴む。反対の手も同じく離し、前足を握り締めた。



「ふ、ふっふっふ……漸く、捕まえたぞ……」


 これで勝敗は喫した。にやりと口角を持ち上げる。



 子兎君。君の敗因は、私をただの肉垂フェチだって思ってた所だね。


 友達宅の飼い兎・ミカンちゃんの為に磨いたマッサージスキルは、何も肉垂だけに発揮されるわけではないのだよっ。



「私の本気を見せてくれるわ……っ」


 若干悪役めいたセリフを呟きつつ、私は子兎の前足を、優ーしく揉み始める。もう自分の持てる全てを賭して揉んだと言っても過言ではない。正に、全身全霊を込めさせて頂きました。



 その心意気が功を奏したのか。


 私の顔面を襲ってた圧力は、いつの間にかなくなってた。



 子兎は、気持ち良さそうに目を瞑ってる。




 まぁ、思わずほくそ笑んじゃいますよね。




 でも、また踏まれちゃうかもしれないので、すぐさま口元を引き締めた。丁寧に丁寧に揉み解しつつ、何て事ない風を装って、少ーしずつ少ーしずつ、マッサージの位置を上げてく。

 自ずと私の位置も上がり、遂には、頂上へと到着した。



 前足の付け根を揉みながら、子兎の首周りのお肉を見つめる。間近で見ると、一層その素晴らしさが窺えた。

 見るからに柔らかく、そして立派な肉垂に、ついつい溜め息が零れてしまう。



「……」


 と、つと、子兎が瞼を持ち上げた。横に座る私を、じろりと見やる。



「あ、どうも、美弥子です。マッサージさせて貰ってます。どうかな? 気持ちいい?」


 子兎は何も言わない。でも、嫌がってる感じもない。マッサージの位置を、前足の付け根から首に巻かれた緑のリボン寄りに変えても、特に反応はなかった。


 私は、密かに唾を飲み、口を開く。


「あの、次は、首の周りをマッサージさせて貰いたいんだけど、いいかな? 巨乳の人が胸の重みで肩が凝るように、立派な肉垂の持ち主も、その重みで首回りが凝ると思うの。

 凝りはね、老化や弛みを引き起こす原因なんだよ。あなたの素晴らしい肉垂が弛んでしまっては、それはもう人類の損失だと思うんだ。なので、是非とも私にケアを、そう、あなたの肉垂のケアをさせて下さいっ」


 決して疚しい事はありませんよー、と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべる。



 だが、なんのリアクションもない。


 ただただ、睨まれる。



 ……駄目、か。



 自分でも分かる位、はっきりと口角が下がった。

 でも、しょうがない。誰だって変態丸出しで迫られたら、そりゃあ触られたくはないだろう。肉垂以外に触れただけでもありがたいと思わなきゃ。欲をかいては、良い事なんて何もないぞ、自分。



 しょうがない、しょうがないんだ。そう自分に言い聞かせてると。




「……プゥ」



 不意に、子兎が身じろいだ。


 親分そっくりな目付きで私を見据えると、ゆっくりと瞬きをする。




 そして、徐に垂れ耳の先を、くいっと動かしてみせた。



 まるで、こいよ、と顎をしゃくるかのように。




「……そ、それは……いいって事、かな?」


 マッサージをしても、と言外に言えば、特に返事は返ってこなかった。



 代わりに、鋭い眼差しが、瞼の下へと隠される。



 動かなくなった子兎へ、そーっと手を伸ばした。機嫌を損ねないよう、嫌がられないよう、細心の注意を払いつつ、そーっと、肉垂を、触る。




 途端、私の顔は、蕩けた。




 な、何なんだこの感触は。

 子供らしいふわふわ感もありつつ、大人特有の弾力もあって、更には私の手にフィットする。

 まるで私の為に誂えられたようなむっちりとしたお肉。

 親分のでっぷりとした貫禄溢れる肉垂には及ばずながら、そのぷりぷり感は若者らしい張りに満ち溢れてる。



 そう。

 例えて言うならば、お皿の上で蠱惑的に波打つ、プリンの如き滑らかさ。



「はぁー……素晴らしくぷりぷりだねぇー。ぷりんぷりんのプリンちゃんだねぇー」


 うっとりとした溜め息が止まらない。手の動きも止まる事なく、首回りのお肉をこれでもかと揉み揉みしてく。


「プリンちゃん、どう? 気持ちいいー?」

「……プゥ」

「そうなのー? プゥなのー? じゃあ、こっちはどうかなー?」

「……プゥ」

「そうなのー。プゥなのー」


 そうして私は、ママに回収されるまで、只管プリンちゃんのお肉を揉みしだきまくった。

 綺麗なお姉さんにも会えたし、いやー、今日はいい日だったなぁ。



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