14.デイモン、調査結果を聞く。



 薄暗い食堂に、エインズワース騎士団第四番隊の隊員が全員集まっていた。彼らは一か所へ固まって座り、熱心に壁を見つめている。



 そこには、二か月程前に保護した子猫の姿が、浮かび上がっていた。


 しかも、写真ではない。


 映像が、音声と共に、映し出される。



『チュー』

『ピュー』


 ゴールデンハムスターと子猫が、並んで座りながらリンゴを齧っている。夢中で食べ進める小さな二匹の姿に、誰とも分からず溜め息が零れ落ちた。


『美味しいかい?』

『ピャウー』


 まるで返事をするように鳴く子猫。頭を撫でられ、気持ち良さそうに目を細めている。



「か、可愛いっぺ……っ」

「くっそ。やっぱ時代は写真じゃなくて映像か」

「いや、でもあんな高ぇもん、流石に俺らの給料じゃあ手が届かねぇだろ」

「でもよぉ。これ見ちまうとさぁ、いいなーって思っちまうよなぁ」

「あっ、今のすっげぇ可愛いべ。あっという間にトロイ隊長の膝に乗せられて、ちっとびっくりしてるとこ。もう一回見たいっぺ」


 鬼人おにびと族のテディがそんな声を上げると、すぐさま「プイ」という鳴き声と共に、映像が止まった。



 先頭に置かれたテーブルの上で、三毛柄のモルモットが、自分の首に巻かれた首輪型識別タグを弄る。

 宝石を模ったレンズを、前足で器用に左へ回すと、それに伴い映像が巻き戻っていく。



「プイ」


 モルモットが、レンズを押す。すると、映像がまた再生され始めた。流れるように膝へ乗せられた子猫が、きょとんと眼を瞬かせる。



 堪らん、とばかりの溜め息をもう一つ吐き、一同は視線と意識を子猫へ注いだ。



 そんな隊員達を、後ろからデイモンは眺める。

 隣には、白い髭を生やした、魔人まひと族のふくよかな中年男性が、彼の足元にはカピバラが座っていた。


「ふふ、どうだい? 第五番隊特製、新式小型撮影機の実力は?」

「素晴らしいの一言だ。よくこれだけ長い時間、鮮明に撮影出来るようにしたものだな。しかもあの大きさで、音まで記録出来るなんて。流石は第五番隊だ」

「ありがとう、デイモン君。でも、魔道具作家としては、もう少しレンズを小さくしたいんだ。デザイン性も追求したいよね。ほら、首輪にしてはちょっと厳ついというか、可愛くないだろう? カピヴァリオに付けるならまだしも、モルカやハムレットの首にぶら下げるには、どうしても違和感が拭えないからね」


 すると、大人しく座っていたカピバラが、徐に魔人族の男性を振り返る。つり上がった目を細め、物言いたげに見上げた。


「あぁ、ごめんよカピヴァリオ。そうだね。君が付けても十分厳ついよね。今回のテストでいくつか改善点が見つかったから、その部分を直しつつ、君に似合うもっと可愛らしいデザインに作り変えるよ。少しばかり待っていておくれ」

「……ヂュ」


 しょうがないわね、とばかりに、カピバラは撫でてくる男性の手を受け入れた。

 目を瞑って喉を反らせるカピバラに、中年の男性は微笑みを浮かべる。



「……それで、トロイ隊長」



 デイモンが、切れ長の目を男性へ向ける。



「あなたの目から見て、あの猫はどうだった?」



 魔人族の中年男性――エインズワース騎士団第五番隊隊長のトロイは、ゆるりと唇に弧を描いた。




「間違いなく、猫ではないね」



 穏やかに告げられる。




「あの子から、闇属性の魔力の気配がした。君の言う通り、僕の目にも常に二足歩行しているように見えたし、触れると姿が揺らいだ。間違いなく、猫に擬態しているね」

「では……あれは一体、何なんだ?」

「さぁ?」


 デイモンは、小さく眉を顰めた。


「別に、意地悪で言っているわけじゃないよ。単純に特定出来なかったんだ」

「……あなた程の使い手が?」

「僕だって出来ない事位あるさ。闇の魔王なんて大層なあだ名を貰っているけど、所詮は年を食ってそれなりに経験してきているだけだからね」


 ふふ、と楽しげに白髪を撫で付ける。


「あの子、中々やるよ。僕だけでなく、カピヴァリオ達にさえ、片鱗しか悟らせないんだから。同時に気になる事もいくつかあるけど、それを考慮しても大変素晴らしい才能だ。是非ともうちの隊獣たいじゅうにスカウトしたいよ」

「ヂュ」

「おや、カピヴァリオ。君もそう思うかい? モルカもハムレットも、随分と気に入っているようだったからねぇ。これは本格的に検討してみようかな」

「……あれは、まだ保管期間が過ぎていないので」

「そうかい。なら、保管期間が過ぎたら教えてね。里親として立候補させて貰うよ」

「……拾得者の了解が取れるのなら、考えよう」

「取得者、というと、カンガルーのパーシヴァル君か。うーん、難しそうだな。まぁ、一応頑張ってみるとするか」



 と、不意に、カピヴァリオと呼ばれるカピバラが、ぴくりと耳を揺らした。

 つり上がり気味の目が、トロイの足元をちらと見やる。



「チューッ」


 足元に広がっていた影の中から、ゴールデンハムスターが飛び出してきた。トロイの足をよじ登り、テーブルの上へ着地する。



「やぁ、お帰り、ハムレット。首尾の方はどうだい?」

「チュッ」


 ゴールデンハムスターのハムレットは、トロイの腕を前足でトントコ叩く。

 一定のリズムと法則性を持った音に、トロイは何度も相槌を打った。


「成程ね。ありがとう、ハムレット。ご苦労様」


 トロイは、ズボンのポケットから向日葵の種を一粒取り出した。ハムレットへ渡すと、種はすぐさま頬袋へと仕舞われる。そうして、お代わりっ、とばかりにまた前足を差し出された。


「駄目だよ。今日はもう、おやつにリンゴを食べたじゃないか」

「チューウーッ」

「駄目駄目。君、最近また太ってきただろう? これ以上は任務に支障が出るかもしれないからね。しっかり体重管理をさせて貰うよ」

「チュッ、チュッ」

「こらこら、人のお腹を叩かないの。僕の場合は、この体重でもきちんと動けているからいいんだよ。どこかの誰かさんみたいに、天井裏の隙間に嵌って動けなくなるなんて失態もした事はないしね」

「チュ、ウゥゥ」

「これも君の為だよ。まぁ、ハムレットが、カピヴァリオ監修の元、第五番隊名物地獄の新人研修にどうしても参加したいと言うのなら、僕もこれ以上は――」

「チュチュチュチュチュチュチュッ!」


 ハムレットは、勢い良く前足を振る。全身で、間に合ってますっ、と訴えたかと思えば、先程頬袋へ仕舞った向日葵の種を、オゲェッと吐き出した。わざとらしい程嬉しそうに食べ始める。


 トロイは、ふふ、と喉を鳴らし、デイモンを振り返った。



「この子にね、例の猫ちゃんの様子を探ってきて貰ったんだ」

「結果は?」

「行動が猫らしくなかったみたいだよ。不自然を通り越して、最早猫になり切るつもりがないようにしか見えないって。なのに、猫の姿を取っている。非常に不可解だ。何か目的があるのかな?」

「目的……」

「そう。例えば、この不自然さに気付く者を探している、とかね。だからあえて猫らしからぬ振る舞いをしている、とか。まぁ、単純にそうなってしまっただけ、もしくは、そうせざるを得ない事情があった、というのも考えられるけれど」



 デイモンは、眉間に皺を寄せて、考え込む。



「何にせよ、現段階では何とも言えないかな。種族も、擬態している理由も、何故森の中を彷徨っていたのかもね」


 そうか、とデイモンは、小さく相槌を打つ。


「でも、一つ気になる事がある」


 トロイは、デイモンに微笑み掛ける。


「知っているとは思うが、うちの子達は警戒心が強いんだ。加えて気位も高い。何かしらの打算がない限り、他人に気を許す真似はまずしないだろう。なのに、あの猫ちゃんに対しては、随分と緩い対応をしていた。珍しいと言ってしまえばそれまでだけれど、果たして本当に珍しいだけなのかな?」

「……何か、からくりがあると?」

「分からない。でも、滅多にない事が起こった場合、奇跡や偶然である可能性は一パーセントにも満たないと、僕は思っているよ」



 トロイの目が、つと細まった。



「だから、というわけではないけれど。あの子が何者か分かるまで、うちの子を一匹付けたいんだ。いいかな?」

「……それは、監視、という意味か?」

「それもあるし、それ以外もあるかな。まぁ、念の為だと思って貰えればいいから。それと、アンブローズちゃんにも見て貰う事をお勧めするよ」



 アンブローズ、という名前に、デイモンの眉間へ、また皺が刻まれる。



森人もりびと族の血を引くあの子なら、もしかしたら種族を特定してくれるかもしれない」



 しかし、デイモンからの返事はない。

 眉間に皺を寄せたまま、腕を組んで黙り込む。



「まぁ、無理にとは言わないけどね。参考程度に考えておいて」

「……あぁ」


 トロイは微笑むと、視線を前へ向けた。壁に映し出された映像の中で、子猫がトロイのふっくらとした腹へと張り付く。子猫特有の甲高い声で鳴く姿に、隊員達からは小さな歓声が上がった。



「さて。どうなる事やら」



 そう口の中で呟き、トロイはまた一つ微笑んだ。



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