13.美弥子、隣の森に住む妖精ご一行と遭遇する。
本日も、色んな動物が遊びにきた。毎度お馴染み猫のシロちゃんも、毎度同じく私を持って帰ろうとしては、ママに阻止されてる。
『ほな、さいならー』
とばかりにシロちゃんは尻尾をくねらせると、颯爽と去っていった。
茂みの中へ入ってく真っ白なお尻を見送り、私は腕を組んだ。
前々から気になってはいたけど、彼らは一体どこから侵入してくるんだろう?
雀や鳩はいい。空から降ってくるから。
モグラは地面の下から出てくるし、トカゲもその辺の隙間から入ってくるんだろう。
リス、猫、狸は、まぁ、この一帯を取り囲む壁でもよじ登ってるんじゃないかな。
でも、犬ってどうなんだろう。
壁上りをするイメージがそもそもない。かと言って、警察官的なお兄さん達が使う扉から入ってきてるわけでもない。その辺の茂みから、普通に現れるのだ。
よくよく観察すると、シロちゃんや狸も、同じ場所の茂みに潜り込んで帰ってく。あの辺りに何かあるのだろうか?
私は好奇心に導かれ、シロちゃんが去っていった方向へ歩いてく。四つん這いで茂みの中を通り抜け、また少し進むと。
「あ、あった」
この一帯を取り囲む壁の一部が、壊れてた。
丁度ワンちゃんが一匹通り抜けられる程度の大きさで、高さで言うと、私が二人分位だから、およそ三メートル。まぁ、この世界の長さに換算したら、もっと短いと思うけど。
でも、へー、こんな穴があったんだ。兄ちゃんや姉ちゃんなら、屈めば通り抜けられるかも。
あ、だからたまに子カンガルーの姿が見えなくなるのかな。ここからこっそり外へ出て、密かに遊んでるのかもしれない。
いいなー、楽しそう。私もやりたいなー、と、全く思わないわけではない。
しかし今の私はいかんせん小さい。見知らぬ動物に獲物と間違えられたり、私の存在に気付かない人間に蹴り飛ばされたりするかも。下手したら、大怪我する可能性だって。
「……で、でも、ちょっと位なら……」
ほんのちょっとだけ、外の景色を楽しむ位なら。
そんな言い訳をしつつ、私はそーっと身を乗り出し、穴から壁の外を覗き込んだ。
すると。
「ヂュ」
視界を、茶色が覆い尽くした。
気持ち固めの感触に押され、私は後ろへころんと転がる。
仰向けに倒れたまま、いきなり現れた茶色を見上げた。
首輪を付けた、巨大なカピバラが、いた。
鼻の穴をもひもひと動かし、つり上がった目で私を一瞥する。そうして壁の穴を潜り、固まる私の横を通り過ぎた。
のっしのっしと進むカピバラのお尻を、視線だけで追い掛ける。
と、私の体が、何故か勝手に動いた。
左右の腕を掴まれ、起こされる。
「プイ」
右側には、私のおよそ二倍はあろうかという三毛柄のモルモットが。
「チュ」
左側には、私とほぼ同じ大きさのゴールデンハムスターが、いた。
同じ首輪を付けた彼らは、何やら相談するかのように顔を見合わせる。チューチュープイプイ鳴いたかと思えば、徐に一つ頷いた。
「チュー」
ハムスターに、ひょいっと抱え上げられる。
三毛柄モルモットの背中へ私を下ろすと、二匹はそのままカピバラの後を追い掛けた。背の高い順に並び、一列で歩いてく。
「ちょ、え、な、何?」
いきなりモルモットに乗せて、いきなりどこかへ運んでくとか、この鼠達、一体何がしたいのだろうか? 私達、間違いなく初対面ですよね?
しかし、私の疑問に答える声はない。モルモットは私の戸惑いも気にせず、マイペースに進んでく。ゴールデンハムスターも、頬袋をふくふくと揺らしては、楽しそうにとっとことっとこスキップをするばかり。
その拍子に、首に付けた首輪も跳ねる。
首輪には、高そうな宝石が付いてた。台座もゴツめで、キンキラと輝いてる。
もしやこの子達、いいとこのペットちゃんなのかもしれない。
「ん? あれ?」
つと、目を瞬かせる。
壁の穴から現れたんだから、この鼠達は、てっきりカンガルーの元へ遊びにきたんだと思ってた。でも、どうやら違うらしい。
普段カンガルー達が寛いでる広場も、寝起きしてる建物も、進行方向にはない。あるのは、警察官的なお兄さん達が出入りする扉と、区切るようにそびえ立つ壁のみ。一体どこへ向かってるんだろう。
それに、この並び具合。
まるで、某アニメ映画に出てくる、隣の森に住む妖精の大・中・小みたいじゃない?
と、すると、この子達の行く先には、主人公の姉妹とか、猫のバスとかがいるのかしら。
なんだか、わくわくしてきた。
私は好奇心に駆られるまま、モルモットの歩調に合わせて揺れる。
しばらくすると、また壁が見えてきた。そこにも穴が開いていて、カピバラ達は潜り抜けてく。
普段過ごしてる広場を抜け、見知らぬ場所を進んでく。どこなのか分からない。ちょっと不安で、モルモットの毛皮を指で弄った。
三毛柄の毛はさらさらしてて、非常に触り心地がいい。ついつい夢中で撫でてると。
「ヂュ」
唐突に、カピバラが止まった。自ずとモルモットとハムスターも、歩みを止める。
一体どうしたんだろう、と私は顔を上げ、次いで、目を見開いた。
目の前に、ト〇ロ的な体型のお爺ちゃんが、いる。
日当たりのいい縁側のような場所で、のんびりとお茶を飲んでた。
『――、―――――――――――。――――』
白いお鬚を揺らして、ゆるりと微笑むお爺ちゃん。カピバラは、縁側へよじ登ると、「ヂュ」とお爺ちゃんの横に腹ばいとなる。
「チュー」
「プイー」
ゴールデンハムスターと三毛柄のモルモットは、私を連れたままお爺ちゃんの足元へとやってくる。
お爺ちゃんは、おや、とばかりに目を丸くし、彼らと私を見比べた。
『――、―――――――――。―――――、――――――――?』
するとハムスターは、「チューチュー」と前足を振った。それから、お爺ちゃんの足を叩き始める。
『――――、―――――。――、―――』
差し出された皺のある掌に、ハムスターが飛び乗った。続けてモルモットも乗ると、お爺ちゃんの手はゆっくりと上昇する。
あっという間に縁側へ到着した。
一足先に縁側へ上ってたカピバラは、四つ割りにされたリンゴを前足で抱えてた。寝そべったままもしゃもしゃ齧ってる。
私は、ゴールデンハムスターにちょいっと抱えられると、モルモットの上から降ろされた。
「あ、ありがとう、下ろしてくれて。モルモットちゃんも、乗せてくれてありがとう」
そう言って頭を下げれば、三毛柄のモルモットは、お気になさらずー、とばかりに尻尾を振る。
ハムスターも、いいって事よっ、みたいな感じで前足を上げると、一目散にお爺ちゃんの太ももにしがみ付いた。リンゴくれっ、とばかりに何度も鳴く。
お爺ちゃんは、細く切ったリンゴを差し出した。途端、ゴールデンハムスターは、えー、これだけ? と言わんばかりに前歯を出す。
『――――、―――――。―――――――?』
何を言ってるのかは分からないが、お爺ちゃんの口調と雰囲気から、「これ以上はあげないよ」と宥めてるんだと思う。モルモットも、そうだそうだ、とばかりに、ハムスターの頬袋を突く。
「チュー……」
若干不満そうにしつつも、ハムスターは細切りリンゴを食べ始める。
前歯が奏でる小気味いい音とふくふく揺れる頬袋に、お爺ちゃんはほっこりと微笑んだ。それから、私とモルモットにも、細切りリンゴを差し出す。
「あ、どうも、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、受け取った。一口頬張れば、甘酸っぱい味が広がる。うん、美味しい。
お爺ちゃんと鼠一行の間に座り、外を眺めながら仲良くリンゴを頂いた。
『――――――?』
美味しいかい? とばかりに、お爺ちゃんが指で優しく私の頭を撫でる。
「はい、美味しかったです。ご馳走様でした」
そう言って笑えば、お爺ちゃんは一層目元を緩めた。「そうかそうか」とばかりに頷き、私を両手で掬い上げる。あまりにも自然な動作だったので、反応する暇もなかった。
気付けばお爺ちゃんの膝に乗せられ、頭や背中を撫でられる。
うーん、正に猫になった気分です。しかも中々の撫でテクニック。なんだか力が抜けていきます。初対面なのに、ずっと昔からお爺ちゃんちの子だったような錯覚も覚えます。
そのせいか、ついつい遠慮もくそもなく、ト〇ロそっくりなお腹に凭れてしまいました。
丸っとした見た目通り、贅肉のぷよんとした感触が堪りません。背中を包む肉布団に、思わず息を吐いてしまいます。
「……あ」
つと、思い付いてしまった。
初めて会った人にいきなりやるのは、流石に不味いかなとは思う。でも、こんなに懐の深そうなお爺ちゃんだ。猫もどきの多少の無礼は、許してくれるのではなかろうか。
ドキドキしながら、お爺ちゃんを見上げた。返ってきたのは、包容感満載の笑み。
よし。
私は、ゆっくりと寝返りを打った。背中を預けてたお爺ちゃんのお腹に、正面から抱き着く。
そして大きく息を吸い、込み上げる高揚感と共に、叫んだ。
「ト〇ロッ! あなた、ト〇ロって言うのねっ!」
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