12.デイモン、猫について考察する。



 夕方。

 コーヒーを貰いにデイモンが食堂までやってくると、とあるテーブルに第四番隊の隊員達が集まっていた。

 各々顔を緩めながら、何かを見て盛り上がっている。



「あ、デイモン隊長。お疲れ様ですだ」


 お疲れ様でーす、と一斉に挨拶をされ、デイモンも頷き返す。


「どうしたんだ、お前達。こんな所に集まって」

「それはだべなぁ……ほれ」


 と、第四番隊一の巨体を持つテディは、体格に見合う大きな掌を差し出した。

 そこに乗っていたものを見て、デイモンは切れ長の目を小さく開く。



「これは……写真じゃないか」


 セピア色のカンガルー達や隊員、第四番隊の隊舎などが写っている。



「だが、どうしてこんなものがあるんだ。写真機なんて高価なもの、うちの隊の備品にはなかっただろう」

「へへ。実は、皆で金出し合って、買っちまったんだ」


 鬼人おにびと族らしい尖った八重歯を見せながら、テディは黒い塊を持ち上げた。


 テディの両手から少々はみ出る程の、携帯用写真機だ。


「おらの同期が、第五番隊に所属してんだ。あそこは諜報や潜入関係だけでなく、魔道具の開発なんかもやってっぺ? んで、最近になって、今使ってる奴よりもっと小せぇ写真機が完成したらしいんだべよ。だから、今の写真機と入れ替えんだーって言っててな? だったら一つ譲って貰えねぇかなーって思って、そんで頼んだら、この通り」


 太い眉を下げ、テディは嬉しそうに笑う。


「中古だからーっつって、結構安く譲って貰えたんだべ。ま、携帯用って言うにはちっとばかしデッケェけんど、でも色々記録すんのには便利だし、何より、こーんな姿も残せんだから、いい買い物したっぺよ」


 テディは、一枚の写真を摘まみ上げた。



 そこには、ボウイとレディに挟まれて、昼寝をしている黒い子猫の姿が映っていた。

 他にも、マリアの袋から顔を出している所。パーシヴァルの鼻に押されて転がっている所。子カンガルー達と一緒に砂遊びをしている所など、二か月前には考えられない光景が広がっていた。

 顔も明らかにリラックスしていて、ここでの生活に大分慣れてきたと窺える。



 良かったと思う反面、デイモンには、どうしても気掛かりな事があった。



「……なぁ、テディ。ここに映っている猫だが、どう思う?」


 棒が刺さった砂山を、子カンガルー達と取り囲んでいる写真を指差す。


「楽しそうだなぁって思うだ。チビっ子達と大盛り上がりだったべ。おらも、ちっとばかし混ぜて貰ったんだけんど、いやーこれが中々奥深くって。考えなしに砂を取ると、あっという間に棒が倒れちまうんだっぺ。下手すりゃあ、たった一回でパタンだ」

「ありゃあテディが悪いよ。いくら攻めるにしても、あんな一気に取らなくても」

「いやー、猫っ子に勝つにゃあ、あれ位しねぇとって思ってよぉ」

「それで負けてちゃ意味ねぇじゃねぇか」


 照れ臭そうに頭をかくテディに、隊員達から笑いが湧き起こった。



 そんな中、デイモンだけは、じっと写真を見つめている。



 猫がテディに勝った。


 、だ。


 その事実に、何故誰も疑問を抱かないのだろうか。



 そもそも、猫という生き物は、そこまで賢く、手先が器用なのだろうか。



「……」


 デイモンは、猫が映る写真を全て確認する。



「……なぁ、お前達」

「ん? 何だっぺ、デイモン隊長?」

「前にも聞いたが、この猫は、何足で歩いているように見える?」


 指された写真に、隊員達はどこか温かな眼差しを浮かべた。


「俺には、四足で歩いているように見えますよ」

「おらも。四つん這いで、こうやってぽてぽて歩いてるよう見えるっぺ」

「まぁ、マリアによじ上る時とかは、一瞬後ろ足で立ち上がったりするけどな」

「それから、届きそうで届かない位置にある餌を取ろうとする時とかな」

「……そうか」


 デイモンは、ちらと指差した写真を見やる。



 やはり、デイモンの目には、二足で歩いているようにしか映らない。



 この差は、一体何なのだろうか。




「……擬態」




 ぽつりと呟かれた言葉は、隊員達の声にかき消された。



 闇属性を持つ者は、自分の姿を他のものに見せ掛ける事が出来る。特に野生動物は、そうして獲物を捕まえたり、強敵をやり過ごしたりするのだ。


 その際、擬態したものの仕草や特徴を真似するのだが、年若い者や知識の乏しい者は、擬態したものらしからぬ行動をとってしまう事がある。また、相手が自分よりも魔力を多く保持していた場合も、擬態の効きが甘く、結果擬態を見破られる事があった。



 もしもあの猫が、猫に擬態していたのだとしたら。




 一体あれは、何なのだろうか。




「あ、そうだ」



 つと、隊員の一人が手を打つ。



「折角だからさ。猫の飼い主探しのチラシに、この写真も載せないか?」

「あぁ、そりゃあいい。絵よりも数倍分かりやすいな」

「飼い主も、自分の猫だってすぐに気付くかもしれねぇし」


「だけんど……飼い主が見つかったら、もう猫っ子とは会えなくなっちまうなぁ……」



 しん、と音が消えた。

 隊員達は、浮かべていた笑顔を消し、写真に写る子猫を眺める。



「……でも、まぁ……それが、猫の幸せに繋がるなら、な?」

「そう、だな。やっぱり、こんなむさ苦しいとこより、飼い主のとこの方がいいもんな」

「おいおい、むさ苦しいってなんだよ。むさ苦しい代表みてぇな顔してる癖に」

「むさ苦しい代表ってなんだよこらっ」


 笑い声が、また湧き上がる。

 だがどこか空々しい。



 何とも言えぬ空気に、デイモンはわざと咳払いをする。


「取り敢えず、チラシに使っても良さそうな写真が撮れたら、私の元まで持ってきてくれ。だが、しばらくは絵のままでいくと思うぞ。チラシ代も馬鹿にならないからな」


 隊員から、了解の返事が返ってくる。

 どことなく、ほっとした雰囲気が漂った。


「それと、写真もいいが、仕事はきちんとやってくれよ。撮影に夢中になって、業務を疎かにしたら、没収もあり得るからな」

「えーっ!」

「デイモン隊長、そりゃあ横暴だべっ」


 そうだそうだ、と口々に主張する隊員を、デイモンは軽くあしらう。


「まぁ、そういうわけだから、お前達、各々肝に銘じるように」


 じゃあな、とデイモンは踵を返した。



「あ、デイモン隊長」


 不意に、テディが呼び止める。身を乗り出し、デイモンへ大きな手を差し出した。




「その写真、置いてくだよ」




 デイモンは、ゆっくりと振り返った。

 その掌には、子猫と子カンガルー達が遊ぶ写真が、まるで隠すかのように握られている。



「……」


 デイモンは、無言でテディの手へ写真を置いた。



「後、ズボンのポケットの中の奴もだ」



 デイモンの眉間へ、静かに皺が寄る。だが何も言わず、制服のズボンへ突っ込まれた手が、テディの掌をペチンと叩いた。

 数枚の写真と共に。


「はい、あんがとよ。お疲れ様ですだ」


 お疲れ様でーす、と送り出され、デイモンは渋々テーブルから離れた。カウンターでコーヒーを受け取り、仏頂面で食堂を後にする。



「……いいじゃないか、一枚位」


 そう言って、人知れず背中を丸めた。



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